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増田朋美
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ある日杉ちゃんとジョチさんは買い物に出かけた序に、駅近くのレストランに立ち寄った。レストランは、あまり人はいなかったが、食事をしているというより、勉強をしているとか仕事をしていると思われる人の方が多いような気がする。
二人は、ウエイトレスに案内されて、一番奥の席に座った。杉ちゃんとジョチさんは、コーヒーを注文すると、数分で来てくれた。
「あのう、一寸よろしいでしょうか。こんな事、誰かに聞くものじゃないってことは分かってるんですけど、どうしても、道に迷ってしまって、わからないんです。」
と、隣のテーブルの人が話しかけた。何だろうと思って二人が振り向くと、
「はい。お尋ねしたいんですが、ここの店に行くにはどうしたらいいのか、分からなくなってしまったんです。あたし、元々住んでいる所は沼津なので、この富士には土地勘がないものだからさっぱり。」
と、女性は、スマートフォンを見せた。彼女は、まだ10代そこそこの若い女性で、紺色のブレザーを着て、膝上のスカートを履き、脚は黒いタイツを履いていた。
「何処かで誰かと待ち合わせですか?こちらのお店なら、市民文化開館の裏側ですね。確かに、一寸、出入りしにくいお店ではありますね。」
ジョチさんは、スマートフォンに表示されている画面を見ていった。そこにはレンタルスペース堀井と書かれていた。
「一寸、現場に行ってみないと分からないお店ですから、タクシーをお呼びになった方がよろしいかと思います。一体、なんでレンタルスペース堀井に用事があるのですか?」
と、ジョチさんが聞くと、
「はい。そこでクリスタルボウルのセッションをしてくれる、竹村優紀先生と待ち合わせをしているんです。」
と、彼女は答えた。
「ですが、私もずいぶん馬鹿なものでして、バスが一時間に一本しか走ってないことを知らなかったものですから、約束の時間より、一時間以上間が開いてしまったんです。それでここで待たせてもらおうということに。約束の時間は二時なんですけど。」
彼女にそういわれて、ジョチさんは腕時計を見た。確かにまだ一時間近くある。
「なるほど、竹村さんのクライエントさんだったのか。それじゃあ、僕たちが一緒に連れて行ってあげるよ。竹村さんと僕たちは、知り合いだから、ちゃんと分かってくれるだろう。」
と、杉ちゃんがそういった。
「タクシーを使って無駄なお金を使うより、竹村さんにセッションしてもらって、心を癒す方に、専念した方がいいよ。竹村さん所に行くんだったら、きっと何か問題があるんだろうし。そうだろう?」
杉ちゃんに言われて彼女はいいんですかという顔をした。
「いやあ、気にしないでいいってことよ。竹村さんは、僕らと知り合いだからね。これからも定期的に通うんだったら、こんな不便なところじゃなくて、もっと分かりやすいところに来てもらった方がいいと思うよ。」
「そうですか。ありがとうございます。とても助かります。じゃあ、御願いしたいです。」
と、彼女は杉ちゃんとジョチさんに向って頭を下げた。
「所でお前さんの名前はなんというんだ?僕は影山杉三だ。杉ちゃんっていってね。そして、こっちは、僕の大親友で曾我正輝さん。あだ名はジョチさんで通っている。」
と、杉ちゃんがいうと、
「はい、伊藤と申します。伊藤恵梨香です。」
と彼女は答えた。
「ちなみにどちらの学校へ通われているのでしょうか?珍しい制服だと思ったので、お伺いしましたが?」
とジョチさんがいうと、
「はい。渋沢高校です。」
と彼女は答えた。この時は、その高校の名前を、別に意識してはいなかったのであるが、、、。
「そろそろ、レンタルスペース堀井に行ってみますか。ここからだと、20分はかかりますから。」
と、ジョチさんが腕時計を見て言った。おう、そうしよかと杉ちゃんも言って、急いでマグカップを返却口へ出すと、彼女、伊藤恵梨香さんを引き連れて、小園さんの運転する車に乗り、レンタルスペース堀井と看板のある、小さな家の前でとめてもらった。
「ここですか?」
と彼女が聞くとおり、かなり人里離れた山道の通り沿いにあった。
「ええ。ここです。多分、偏見があって、公共の建物は借りれなかったんだと思う。立派な治療なのに、偏見がまだまだあるね、日本は。」
と、杉ちゃんが恵梨香さんに降りてもらうように促した。
「ありがとうございました。」
と彼女は言って、ひとりでその建物にはいろうとしたが、
「いや、僕たちも聞いていくよ。クリスタルボウルは聞いたあと、しばらく動けなくなるのが通例なんだよ。特に初めて聞く奴はな。」
と杉ちゃんが小園さんに下ろしてもらいながら言った。
「仕方ありませんね。杉ちゃんの意思の硬いのは誰でも知ってますよ。」
ジョチさんは、杉ちゃんに従うことにした。杉ちゃんの方はどんどん車いすを動かして、玄関先へ向って移動してしまっている。
「おーい、竹村さんいる?クライエントの伊藤恵梨香さんがお見えだよ。」
杉ちゃんがデカい声でそういうと、竹村さんが現れた。右手には、クリスタルボウルのマレットを持っていた。
「何ですか。杉ちゃんたちもお見えになったんですね。今日は、伊藤恵梨香さんだけが拝聴されると伺っていましたが。」
と、竹村さんは言った。
「まあ、いいじゃないかよ。ギャラリーは多ければ多いほどいいっていうもんだ。僕たち三人、クリスタルボウルの音を聞かせてもらうよ。」
杉ちゃんがそういうと、竹村さんは、じゃあお入りくださいと三人に中へ入るように言った。三人は、竹村さんの案内で、ひとつの広い部屋に通された。
「じゃあ、伊藤恵梨香さんですね。今日は初めてのクリスタルボウルセッションということで、比較的刺激の少ないアルケミーボウルから初めましょう。クラシックボウルは最も重症な方でないと使わないことになっております。」
竹村さんは、七つの風呂桶のような形をした、硝子の楽器の前に座った。
「じゃあ、演奏を始めますから、皆さん適当に座ってください。眠ってもまったく結構ですから、45分の演奏をお楽しみください。行きますよ。」
「はあい、よろしく。」
と、杉ちゃんがいうと、竹村さんはマレットを使って、クリスタルボウルを叩き始めた。その風呂桶みたいな楽器のふちを叩いたり、マレットでこすったりすると、何とも言えない、お寺の鐘をもう少し西洋風にした音が流れ始めた。アルケミーボウルという、硝子にパワーストーンが混じった楽器という事だったから、音量はさほど大音量でもなく、心地よくリラックスさせてくれるような音であった。
最後に大きな楽器をガーンと叩くと、クリスタルボウルの演奏会は終わった。
「どうもありがとうございます。竹村先生。ありがとうございました。」
と、ジョチさんが皆を代表していった。初めて聞いたクライエントの伊藤恵梨香さんは、アルケミーボウルであってもきつかったらしく、一寸、気分悪そうな顔をしていた。竹村さんが、最初は誰でもそうなりますと言いながら、リラックス効果のある薬草のお茶を差し出し、それを飲んで彼女は落ち着いてくれたようだ。
「すみません。ちゃんと聞くことが出来なくてですね。」
と、恵梨香さんは、お茶を飲み干しながら言った。
「いえ、大丈夫です。クリスタルボウルというのは、そういう楽器ですから。多少苦しくなることもあるでしょう。でもそれは、インフルエンザ予防接種をしたのと同じような感じで、しっかり効果が出た証拠です。」
と、竹村さんが説明した。
「それにしても、このセッションを、現役の高校生の方が受けに来られたのは久しぶりでした。最近、私が相手にするのは、社会人の方ばかりでしたので。」
「あ、ああ、ごめんなさい。まずかったですか?」
恵梨香さんが急いでそういうと、
「いえ、年齢制限はありませんので大丈夫ですよ。ただ、年齢や病気の症状によって種類を変える必要はありますけど。子供さんからお年寄りまで、幅広く施術できます。」
と、竹村さんは言った。
「彼女、渋沢高校だってさ。僕、全然学校のことは知らないが、今時スカートが膝を超す学生は珍しいよね。」
と、杉ちゃんが言うと、竹村さんは心配そうな顔をして、
「あの学校、変な教師がいませんでしたか?」
と、彼女に聞いた。
「変な教師?」
と杉ちゃんが聞くと、
「ええ、噂になっているんですよ。あの学校に子供さんを通わせているお母さまに聞いたのですが、なんでもその教師が受け持つクラスは全員センター試験を受けさせられたとか。」
と、竹村さんは言った。
「はあ何だそれ。別に国立大学とか、一部の私立大学に行く人以外、必要ないと思うけど。」
杉ちゃんが驚いてそういうと、
「ええ、その通りだと思うんです。ですが、その教師が国立の大学へいかないと死に至るというようなあおり方をするので、生徒の中には、そのせいでおかしくなってしまった人も少なくないそうです。」
と、竹村さんが言った。
「ああ、其れ僕も聞いたことありますよ。その学校でひどい目にあった人にお会いしたわけではないのですが、渋沢高校が最近問題視されているのは、教育新聞などで見たことがあります。と言っても、識者の方々が、実際にその教師をとめることができないというのも又問題だと思いますが。恵梨香さんも、その被害に会いませんでしたか?」
ジョチさんも竹村さんに付け加えた。
「ああ、私は幸いにも、進学クラスではないのであまりうるさくなかったのですが、進学クラスの人は、非常に辛そうな顔をしている人もいました。確かに、精神関係がおかしくなったという人も見かけたことがあります。ものすごく辛そうというか、怒りでいっぱいの顔で、進学クラスに入っていった人を、何回か見かけました。その人たちが、何か支えてくれる人がいてくれれば良いなと思うんですけど。そういうひとって、言わないんですよね。本音を言える親友が居そうな感じでもないし、ご家族とかは、どうしているんだろうなってかんがえた事あります。」
と、恵梨香さんが、小さい声で言った。
「そうですよね。確かに傍観は同罪と言いますし。何もできないというのも又つらいでしょうね。でも、あなたも、ひとりの人間なんですし、もし、渋沢高校で、変な教師が何か言いがかりをつけてくるようでしたら、言い訳をしないで逃げてしまってもいいんですよ。別に、それをしたからと言って、あなたが責められるようなことは、毛頭ありませんから。逆を言えば、あなたの人生なんですから、それを台無しにするようなことはしてはいけません。それをしっかり考えてください。」
竹村さんが急いでそういった。こういうひとではなければ、言ってくれない言葉だった。
「そうそう。後悔しないで、自分の人生をしっかり考えてくれ。もし、人生は教師が主役じゃないんだ。お前さんは、十分、生きる権利もあるし、行きたい大学とか職場へ行く権利もあるんだよ。だから、それを間違えちゃいけない。」
と、杉ちゃんが恵梨香さんにいう。
「もし、苦しい思いをして、それを癒す時間をつくりたいと思ったら、遠慮なく、クリスタルボウルのセッションを受けに来てくださいね。」
「そうそう。出来ればさ、こんな山の中じゃなくて、もっと分かりやすい場所でやってもらえないかな。たとえば公民館とか、ホテルの中とか。」
竹村さんがそういうと、杉ちゃんが直ぐに口をはさんだ。
「いいえ、こういう場所でないと、公民館などは、偏見が強くて、なかなか貸してくれないんです。まだ、クリスタルボウルが、人間の精神疾患を癒すためにあるということも承諾してくれないですしね。そうなると手続きが大変なので、こういう理解のある場所でないと、セッションはできないんですよ。」
「まあ、竹村先生のいうことも一理ありますよ。理解のある場所でないと、こういうセッションは難しいと思います。もし、恵梨香さんが大渕までくることが可能であれば、製鉄所の開いている部屋を使ってくれてもいいです。」
ジョチさんは、竹村さんの話しを訂正した。竹村さんは申し訳なさそうに、ありがとうございますとだけ言った。その言葉の裏を取れば、多分、いろんな人から、偏見の目で見られているということだろう。まだまだ、日本の精神世界を扱う仕事は、承認されるのに非常に難しいところがある。
恵梨香さんが、竹村さんにセッションの料金である、五千円を渡すと、ちょうど目の前の道路を消防自動車が走っていくのがみえた。
「あれ、火事かなあ。火事と喧嘩は江戸の華か。それほど火事が多いということだと思うけど。」
と、杉ちゃんがそういうと、又消防自動車が走っていった。勘定してみると、五台の消防自動車が通り過ぎていったのだ。よほど大きな火事ですねと、竹村さんもつぶやく。この建物の隣近所の人も、外へ出てきた。
「はあ、何だ。火事は何処なのかあ。」
と、杉ちゃんが窓を開けると、
「ほら、あそこだよ。煙が出ているじゃないか。あそこは確か、渋沢高校があるところだったはず、、、。」
と近所の人たちがそういうことを言っているのが聞こえてきた。ということは、渋沢高校で火事があったということだろうか。幸いにも、数十分位して、火事が消えたと放送が流れたので、そんなに大した火事ではなかったのかと、杉ちゃんたちはほっと胸をなでおろしたのであった。
いずれにしてもその日は、恵梨香さんを小園さんの車で彼女の自宅へ送り届け、杉ちゃんたちも自宅へ帰った。その時、消火をし終えた、消防自動車とすれ違った。
その翌日の事。杉ちゃんとジョチさんは、買い物に行った序に、渋沢高校に寄ってみた。確かに渋沢高校の一階の一部の部屋が焼けていて、使い物にならなくなっていたが、それ以外の部屋は、何も被害はなかったらしい。まあ、県立の学校だから、古ぼけた校舎で勉強しづらくなっているだろうから、建て直すきっかけになるだろうなと思って、杉ちゃんたちは気にしないで通り過ぎたのであるが。いずれにしても、生徒さんたちは、確かにやりにくいだろうなと思われた。
スーパーマーケットで、杉ちゃんたちが買い物を済ませ、お金を払っていると、噂話が好きなおばさんたちが、何か話している。杉ちゃんたちは、食品を袋に詰めながら、それを聞いていた。
「ほら、昨日例の不良学校で火事があったの覚えてる?なんでも高校に爆破予告が来てたらしいわよ。いたずらだと思って、学校側は取り扱わなかったというけど、まあ、部屋がひとつ燃えた程度で良かったわねえ。」
「それに、犯人の生徒は科学部に入っていたというし、ほんと最近の子供たちは、何を考えているかわからないわよねえ。」
おばさんたちがそういっているのを見て、杉ちゃんとジョチさんは、こういうひとがいるからこそ、竹村さんのような人が、活動することはできないだろうなということと、生徒さんの中で被害者が出ても、逃げることはできないなということを感じた。
「全く、最近の悪い子たちは、命の大切さとか、そういうことを一切考えず、そうやって犯罪的なことを平気でしちゃうもんなのかしらね。全く、学校に爆弾を仕掛けるなんて、そういう情報が入手できることも怖いけど、そうやって実行出来ちゃうことが怖い。」
「ほんとね、ほんとね。まったく私たちも注意するのも命がけだし。ほんと、恐ろしい世のなかになったもんだわ。」
二人のおばさんたちは、そういうことを言いながら、スーパーマーケットを出て行ってしまった。
「全く、無責任な事平気で言いやがって。そういう事いうから、生徒さんたちが怒りを感じてしまうんだ。まさしく、俺たちの怒り何処へ向うべきなのか、という言葉がぴったりだよ。」
「杉ちゃんが、尾崎豊の歌を知っているなんて、初めて知りました。確かにそうかもしれません。これからの日本をになっていくのは、僕たちではなく、渋沢高校の生徒さんであることを覚えてもらわないと。」
杉ちゃんとジョチさんは、顔を見合わせた。ちょうどその時、ジョチさんのスマートフォンがなった。
「はい、曾我です。ああ、そうですか。分かりました。そうですよね。確かに、あんな大火に見舞われて、行く場所がないのなら、利用してくださっても結構だと、彼女に伝えてください。」
どうも、話しを聞いていると、新しく製鉄所を利用したいという人からの電話だったようだ。
「彼女には、新しい高校が早くみつかるといいですねと伝えてください。ああ、でも焦らせてはいけませんよ。自分を追い込ませて、自殺なんてことはさせたくありませんから。そこは、利用者の方ならよくわかる事ではないですか。じゃあ僕も、買い物が終わり次第そちらに行きますから。しばらくお待ちください。」
ジョチさんはそう言って電話を切った。
「一体誰から電話なの?」
と、杉ちゃんが聞くと、
「ええ、利用者さんからです。なんでも伊藤恵梨香さんが、製鉄所を利用したいということで、問い合わせをしてきたようです。」
と、ジョチさんは答えた。製鉄所と言っても、鉄を何とかする場所ではない。ただ、家や学校などで居場所をなくした女性たちが、一時的な避難場所として利用しているだけの事だ。彼女たちは学校の勉強をしたり、資格試験の勉強をする、あるいは会社の仕事をしたり、文学賞に応募するための原稿を書いているものもいる。ほとんどの利用者は女性で、男性が利用することはまれであった。
「そうなんだね。それじゃあ竹村さんにも、製鉄所でクリスタルボウルセッションをしてもらうようになるのかな。」
と、杉ちゃんが言った。ジョチさんはそうですねと言って、直ぐに製鉄所に行こうと言った。急いで杉ちゃんたちは小園さんの運転する車に乗り込んで、大渕の製鉄所に向ったのであった。
杉ちゃんたちが、製鉄所のインターフォンのない玄関を開けると、利用者の女性が、彼らの前に駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
とジョチさんが聞くと、
「ええ、あの、伊藤恵梨香という女性何ですけど。」
と彼女は答える。
「どうも様子がおかしいんです。私が声をかけても返事もしないで泣くばかりなんです。話しを聞いてあげようかと言ったら、申しわけないと言いますし。」
「ある意味、サバイバーズギルドとでもいうのかなあ。」
と、杉ちゃんがジョチさんの顔を見た。
「あの爆発事件を何とかできなかった自分を責めているんじゃないでしょうか。」
ジョチさんは直ぐに恵梨香さんは何処にいるのかと聞いた。すると、今は水穂さんのそばにいると彼女は答える。
「何だよ、水穂さんももうちょっと自分のことを考えてもらいたいよな。また、畳を汚されたら、大変なことになるぜ。」
と、杉ちゃんがため息をつくと、四畳半の方から、又泣き声が聞こえてくる。ということは又畳を汚したなと杉ちゃんたちは急いで四畳半に直行した。やっぱり、水穂さんはひどくせき込んで、吐瀉物で畳を汚していた。
「おい!もう何回畳を張り替えたら気が済むんだ!お前さんも、水穂さんが優しいからと言って、調子に乗ったらだめだぜ!」
と、杉ちゃんがデカい声で言った。ジョチさんの方は、台所から濡れ雑巾を持ってきて、汚れた畳を拭きはじめた。
「恵梨香さんだっけ。もうこの際だからさ、あったこと全部いっちまったらどうだ。これ以上お前さんが泣くと畳が余計に汚れて、張替え代がたまんないよ!」
杉ちゃんに言われて、恵梨香さんははいと言った。
「昨日、科学部に入っている、進学クラスの生徒が、学校の理科室を爆破したんです。きっと、先生が行ったことに耐えられなかったんだと思います!」
「そうか。で、その生徒は、何処に行ったんだ!」
杉ちゃんがいうと、
「はい、警察に捕まって行きました!彼女は本気で学校を爆破する予定だったそうです。私、何も気が付きませんでした。クラスも違ったし。でも、今思えば、何で彼女をとめらなかったんだろうと、自分をせめてしまってなりません!」
と、恵梨香さんは言った。全く高校生だよな、と杉ちゃんもジョチさんも言った。若いからこそ感じてしまうことが沢山あるんだろうと思う。
「大丈夫です。恵梨香さんが悪いわけではありません。それは気にするなと言われてもできないとは思うけど、親御さんが逃げ道を用意してくださったのだから、それに乗ってしまえば良いと思うんです。」
水穂さんが、小さい声でそういった。
「そうか、その女子生徒はなんで学校を爆破しようと思ったのかな?」
泣きじゃくっている彼女に、杉ちゃんは、いらだっていった。
「ええ。何でも学校を爆破した生徒は、進学クラスにいたものの、家庭の事情で就職せざるをえなかったそうです。それで、センター試験を受験しないと担任教師に訴えたそうなんですが、担任教師は、クラスに泥を塗るのかとしかりつけたそうです。」
彼女の代わりに水穂さんがそういうのである。ジョチさんは、畳を拭きながら、水穂さんに少し黙りなさいといった。それと同時に杉ちゃんが、
「鬼畜教師だ!」
と素っ頓狂に言った。
「あーあ、全くよ、そんな奴が教師になっちまうなんて、困っちまうな。まだ、いろいろ感じやすい年頃だ。彼女が学校に爆弾仕掛けてもおかしくないよ。それに爆弾の作り方も、科学部に入っているなら、直ぐ分かっちまうだろ。ほんとは、そいつが黙っていてはいけないんだけどね。誰か、訴えられる存在もなかったのかな。」
「そうなんです。私は、違うクラスだったから、彼女に声をかけることも出来なかったし、でも、こんな大ごとが起こるんだったら、彼女を竹村先生の所に紹介するとかしてあげれば良かった。だって彼女は、何も悪いことしていないのに、一生犯罪者のレッテルを張られることになるんですよ。そんな事、私がさせちゃったような気がしてならないんです。だって、あの先生は進学クラスの人だったら、なりふり構わず国公立大学へ行けって言いふらしてましたもの。それは、私のクラスにもはっきり聞こえました。私は、自分は関係ないと思い込むことで逃れてましたから、ああして行動に移してしまう人が出たんですから、、、。」
「そうだね。」
と、杉ちゃんが言った。
「どうしよう。私、何もできない。もうあの学校には行きたくないと言ったら、父も母もそれは分かってくれて、私を別の学校に行かせようと今、手続きとってくれているんですけど、、、。それも罪深くて。」
と、恵梨香さんは、又涙をこぼして泣くのだった。そうかそうか、と杉ちゃんは言った。
「それはつらいよな。でも、お前さんの人生だってあるんだ。お前さんの親御さんがそうやって対策をとってくれたんだったら、その通りに従ってみるんだな。そして、お前さんの人生の何処かで、この体験を何かに表現できたらいいよねえ。」
「そうですよ。忘れろと言ってもあなたのような感性のいい方なら、忘れられないと思いますから、それを生かして、何かできるように持っていけたらいいですね。具体的に何をすればいいのかは分かりませんが、きっといつか分かる日がくるでしょう。」
ジョチさんは、雑巾で畳を拭きながら、そういったのであった。
「まあとりあえず、お前さんのことは、ご両親に今は任せてだな。ゆっくり心の傷を癒すと良いな。しかし、そんな鬼畜教師は、始末されることもないんだろうな。」
杉ちゃんは、はあとため息をついて、泣いている伊藤恵梨香さんの肩を叩いた。
花 増田朋美 @masubuchi4996
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