第47話 さて、神話ならここで、やっと


 さて、神話ならここで、やっと、一息つけるのだが……。俺は六つの型で創り上げた世界が、いまだに時間が止まり、息吹かない理由を知っている。と云うか、まだ世界の始まり以前の世界、時間という概念は生まれていない。


 動きの止まった世界の中で、動くものの気配を感じる。そちらを振り返るまでもなく、俺は動いたものの正体を知っている。


「来たのか?」

「ああっ、この特異点に集まる未知なるエネルギー。このエネルギーに火を点けられるのは俺たちだけだろ?! 別天津神(ことあまつかみ)!!」

 そう呼び掛けられて、俺は声の方を振り返った。

 そこには、俺を鏡写しにした奴がいた。すなわち俺とは逆、右目と右足を無くした俺が立っていたのだ。

「ああっ、お前が居なきゃ、世界が始まらない。そして時計の針も進まない。未知なるエネルギーに導かれこの世界に来るのは俺だけじゃなかった。俺が引かれるようにお前もこの世界にやってくる。俺たちは双子のような対の存在だ」

「俺たち二人で殺し合いを始めよう!! この世界の始まりを始めよう!! さあ仕上げだ!!」

 奴はそう云うと、腰を落とし居合の姿勢を取る。

「七日目、神はお隠(やすみ)れになられた。その神話の真実は……。

無次元の中で量子ゆらぎが起こり、夥(おびただ)しい量の物質と反物質が生成され、そして消滅していった。

 物質と反物質の衝突は、対消滅を起こし質量はすべてエネルギーに変換される。そのエネルギーこそ、無次元から高次元まで、世界(宇宙)を膨張させたエネルギーだ」


 奴の言う通りだ。俺たちは物質と反物質。衝突することで、光の速さの3×10の22乗という超加速で、10のマイナスの44乗秒から10のマイナスの33乗秒の間、まあ、とにかく刹那の間に、量子大の大きさから太陽系の大きさに宇宙を膨張させたエネルギーと引き換えに俺たちは消滅する。

 だが、大人しく消滅するつもりはない。それはアイツも同じ考えなのだろう。居合の構えからは威圧する殺気が漏れている。

 俺も意を決して、つばを左親指で押し、腰を鎮める。

静かにゆっくりと息を吐く。しかし、どこかで息を吸わなければならない。その呼吸の切り替えこそが隙を生む。

 先に息が切れたのは俺。そのタイミングで滑るように距離を詰めた奴の電光石火の居合をかろうじて、鞘から抜けきっていない刀で受け止める。そこからいなして後方に飛ぶ。奴はいなされた勢いのまま、コマのように回転しながら追撃してくる。遠心力による加速に縦横無尽な剣筋は躱すのが精一杯で、鞘から刀を抜く隙さえ与えてくれない。

 連撃でかわし切れない切っ先が、ほほに触れ血しぶきが舞う。

 ならば……、俺も右足を軸にコマのように回転する。そのまま、遠心力で鞘が奴に向かって飛んでいった。思わぬ一撃を刀で払った奴にできた初めての隙。

 この隙に乗じて、回転軸を横にしながら、ひねりを加えて、奴に一撃を加えた。

 渾身の一撃だったのに、奴の額を皮一枚かすっただけだ、それでも、やっと奴の回転を止められた。

 そして、お互いに後方に飛び、距離を保つ。再び、お互いの隙を探るように睨み合った。奴の額からツーッと流れた血を舌で嘗めとり、口角を上げる。

「切っ先が折れていなければ、致命傷だったな」

「たらればなど意味ないな。大体、その傷さえ、貴様の計算された間合いだろ」

 煽り文句と分かっていても、返さずにはいられない。

 やはり、俺と奴との間で駆け引きなど通用しないな。それなら全力でぶつかるしかない。 五分と五分の勝負だ。勝敗は時の運。わずかな踏み込みの違い、そのわずかなタイミングの差が、切っ先が最大速に達するまでのわずかな遅れを生み、前回は俺の刀の切っ先が飛ばされた。

 いや、飛ばされたことで、俺は再びこの世界に帰ってこられたんだけど……。

 あんな偶然は二度とないだろう。だから、今回はこの世に残ることは望まない。


 俺の話が終わるとお互いに最強の構えを取った。奴は腰を低く構えた居合の型、鞘を無くした俺は、切っ先を左斜め下に降ろした地滑りの下段から、剣先を円を描くようにゆっくりと回していく。

「天地創造の刃文、膝の型 時空膨張(ビックバン)「改」!!!!」


 普段なら、鞘の中で変わる刃文が、円を描く刀の動きに合わせて刃文が流れていく。奴からみれば、刀がずれて、分身したように見えることだろう。

 その動きに引き込まれるように、奴は居合抜きをした。その動きは自分の命を的に差し出した俺によく見えた。

 この偃月(えんげつ)殺法は武術的に見れば、無構えの剣と言われるもので、今この場で命を無くしてもいいという虚無の心構えから生まれる無敵の剣の型だ。まさに命を囮に相手の動きを誘導する剣である。しかし、俺とアイツの剣の速さは互角。あのすさまじい剣筋を躱し、俺の剣をアイツに叩き込むのは至難の業だ。

 だが、俺は見えている奴の刀に俺の刀を最高のタイミングで合わせることしか頭にない。だって俺の目指すべき結果は、アイツを倒すことじゃない。奴の目的はそうだとしても……、いや、俺も奴の殺気に押され、自分の命がかわいかったけど……。

 俺の目的は、ミキやヤミをはじめとする一条学園の生徒たちを元に戻す。そのためには、再びこの世界を混沌に戻そうとした斑が展開した波紋領域、六合終焉(ビッククランチ)を相殺するために、刃文領域、膝の型、時空膨張「改」(ビックバン)を完成させる。

 無構えの剣の型が、それらのことを思い出させてくれたんだ。


ガッキィーーーーーーーーン!!!!!!!!!


 奴の天魔返剣と俺の天魔返剣が、寸分違わぬ速さで重心部分が激突した。打ち合った二本の天魔返剣から強烈な光が発せられ、その光はオーロラのようにホールに広がっていく。そんな光を浴びた俺と奴は、光の粒子になって、そのオーロラに流されて霧散していく。


 俺と奴が消えた後には、刃文領域、膝の型、時空膨張「改」の完成を讃えるように、混沌に取り込まれようとしたミキやヤミたちをはじめとする文化ホール内のすべての物は何事もなかったように、混沌の血肉を原材料にして、すっかり元に戻っていた。

 ただしそれまでと違っていたことが三点あった。一つ目は、斑は混沌だった時の記憶を失い、この世界の特異点としての神性を失っていたこと。二つ目は別天津神としてもアマノザギリとしても、その姿がなかったこと。三つ目はミキとヤミ以外は斑が波紋領域、六合終焉を展開した領域に取り込まれた後の記憶がなかったことだ。

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