第45話 ミキとヤミから少し遅れて

 ミキとヤミから少し遅れて歩みを進めていた俺は、本体から切り離されながらも復活した触手に襲われていた。

「くっ、さっきまで、ミキとヤミが最強の盾で守ってくれていたのに……、自分の身は自分で守るしかないか!」

 俺は自分領域の境界を意識してそこに力を籠める。さらに虹色が鮮やかに輝く。牙を剥いて襲い掛かった触手が光に弾き飛ばされ霧散していく。

「よし、いける!! 今度は俺が盾になる」

 苦戦しているミキとヤミに追いつこうと駆けだそうとした俺の左足に激痛が走った。前のめりに転んだ俺。俺の領域に触手が入り込んだ? ありえないだろ?!それだけ自分の境界には自信があったんだ……。

「何が起こった!!」

 自分の左足を見て自分の目を疑った。そこには斑と同じ触手が生えていたのだ。

「そんな、馬鹿な!!」

 顔に向かって襲い掛かってくる触手を手で掴んで引きちぎった。しかし、そんなことは焼け石に水だ。次から次へと触手が生えてきて、左足自身が触手に変わり果てているのだ。

 俺が見ている方にいた堀川さんは触手に包まれ、もはや、顔しか表面には出ていない。さらに、堀川さんから生えた触手は、腰を抜かして動けない烏丸さんに狙いを定め、襲い掛かって烏丸さんは血まみれの半裸状態になっていた。

 堀川さんと烏丸さんに起こった違いって……。スマホからの斑の声とあの電子音か?!

「こんなことが起こるなんて!!」

 嫌な予感がして、ミキとヤミの方を見た。

 ミキもヤミも堀川さんや俺の左足のように体から触手が生え、その触手に手足を絡めとられ、身動きが取れなくなったかと思うと、みるみるうちに触手に包みこまれ堀川さんのように顔だけになって、顔をゆがめていた。

 やっぱり、これは斑が鳴らした音に関係する。斑が指定した領域は、それぞれの体を構成している混沌の破片だったんだ。もし、そうだとしたら絶望的だ。俺たちは元々混沌の欠片でできている。斑の意志を優先する肉体を制御できなくなっている。

 そんなことを考えていた俺は、今度は左目に痛みを感じた。くっ、今度は左目が触手になったのか?! 俺は瞳の中をウネウネと蠢く感覚に脳内を焼くような不愉快な痛みを抱いて、それでも、屈するわけにはいかないと、ふらふらと右足に力を込めて立ち上がった。左手で左目の触手を引き抜いて、足元にたたきつけるとともに、右足で思いっきり踏み潰した。

 別に俺のスマホはなっていない。悲しいことだけど、堀川さんのスマホに俺の電話番号は登録されていなかったわけだ。なのに、ここまでピンポイントで混沌化するなんて、たまたま、俺はミキとヤミと堀川さんのトライアングルの中心で共鳴した斑の波紋領域が強力に展開されたわけだ。


 そう考える俺の頭は、さっき触手で脳みそをかき回されたせいか非常のクリアだ。

 どうやら、左目こそ俺の記憶を封印していた混沌の呪いだったのだ。

 俺が思い出したかった神界の時代を通りこして、それ以前、まさにこの世界の原初、初めて混沌と対峙した時のことを思い出したのだ。

 初めて混沌が産み落とされた次元は無次元だった。そこには無と有の間を無限のエネルギーが行き場を求めて揺らぎの波長を奏でていた。

 その波長が一瞬奏でた揺らぎ……。その揺らぎに揺り起こされた俺がいた。世界を創った源祖の神、人によっては別天津神(ことあまつかみ)と呼ぶ人もいる。

 天地創造(てんちそうぞう)を成し遂げた三柱の総称で、成し遂げた後、そのまま姿をお隠しになった神である。しかし、その正体は混沌の内に秘められた巨大なエネルギーに引き寄せられた別世界の神だ。

 その姿は片目片足の神であり、左足から最古の刀を生み出し、自ら抉り取った左目を砥石がわりに、生み出した刀を研ぎあげ、刃文を刻みつけたのだ。


 俺の記憶が蘇るとともに、左足に纏わりついていた触手が禁忌に触れたように、その形を失い、ドロドロに溶けだし、最後はもやとなって消えていく。

 そして、俺の左足の部分には、虹色に輝く鞘に収まった一太刀が顕現していた。そう、この太刀の銘は……。

「天魔返剣(あまのまがえしのつるぎ)!!」

 俺の呼びかけに俺の手の中に太刀が吸い寄せられた。

 懐かしい柄の手触りに、ゆっくりと鞘から刀を抜き、出来を確認する。今は刃に沿ってまっすぐに走る直刃(すぐは)の刃文(はもん)だ。さらに、刃渡りは太刀の平均的な長さと同じ二尺三寸(約七〇センチ)だけど、刃先には欠けが見られる。

 これは、あいつと切り結んだ時、刃先一寸を飛ばされた痕だ。

 飛ばされた先端は、のちに鍛冶の神が加工して、天魔返鉾(あまのまがえしのほこ)別名天沼鉾(あめのぬぼこ)としてイザナギに渡されたという話だ。イザナギがその鉾で混沌の大地をかき混ぜ、鉾から滴り落ちた雫が淤能碁呂島(おのころじま)となったという伝説があったはずだ。まあ、混沌をどうにかできるのはこの刃(やいば)のみだから当然だ。

 その鍛冶の神の名前が確か天目一箇神(あめのまひとつのかみ)だったが、この神が一つ目一本足の神だったことで、一本たたらという山の妖怪なんかとごっちゃになり、俺まで同一視されるようになったけど……。

 強く言いたい!! 俺のは隻眼だああああっ!! そして、片足だああああっ!!

 一本足のカラ傘お化けのビジュアルと重ねるんじゃないいいいいぃ!!!!

 

 はあっ スッキリした。


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