僕がかみさまになったわけ 。
信じられない光景が広がっていた。事件の後に密かに見に行った教会は荒れ果て、咲き乱れていた青い花は枯れてしまっていたのに、どういうことだろう、これは。まるで、僕が神様だったときのようだった。
芝生の上に、僕を導くようにタイルが敷かれている。僕はそれに従って進んでゆく。
懐かしい青い花が、教会を包み込んでいる。彼らが僕を見ている。そして、彼女も僕を見ていた。
ふわり、と吹いた風が、教会の扉の前に立つ、彼女の金色の髪を揺らす。空色のうつくしい瞳と目が合った。僕に色彩の似て非なる少年が、にこり、と微笑む。
「待ちくたびれたよ。死んじゃうところだった」
「やぁ。元・神様。僕は、君の代わりに神様に仕立て上げられた、ほしのっていう人間だよ。そういえば君の苗字と一緒だったんだ。僕も今知ったよ。何処までも無様だよね」
「僕はねぇ、君のせいで人生ぐっちゃぐっちゃにされたんだよね。僕は本物の神様じゃなかったから、何度も何度も殴られて、何度も何度も蹴られて、何度も何度も犯されて。いつの間にか、私はいなくなった。もう、僕しかいないんだ。ほしのには」
「それなのに、君はどうしてのうのうと生きているの? 僕はこんなにもずったずたにされて、今も眠れないし、悪夢を見るし、友だちもいないし、1人じゃ生きていけないし。君は、神様だろう? 人間らしく振る舞うなよ」
彼女は、ポケットからナイフを取り出して、僕に向ける。銀色のナイフに、間抜けな顔をしている、僕の姿が映っていた。
「ねぇ、償ってよ。ねえ」
「本当なら、このナイフで君の心臓を刺して刺して刺して脳みそと背骨とかごちゃ混ぜにしてただの肉塊にしたいんだけどさ、それじゃあ足りないんだよね」
「どうすればいいか、もうわかるよね、神様?」
「ねぇ、償ってよ。ねえ」
「君のお友だちも、それを望んでいるんだ」
ナイフを僕の首元に当てながら、ほしのは扉を開く。ぎいいい、と音を立てて開いた扉の先には、キャラメル色の沢山の瞳があった。あのチラシを見て集まった人々と、彼女が集めた人々なのだろう。それにしても、随分と多い人数だと思った。
ほしのはすぅっ、と息を吸う。
「皆さん!!!!ここにいらっしゃるこの方こそ!!!!貴方がたの、神様にございます!!!!」
この細い身体の何処にそんな声を出すような力があるのだろう、と思うほど大きな声だった。
そしてその瞬間、歓声が僕を呑み込む。同じだった。あの頃と。
「青花会が解体された後、ここの花は一度枯れてしまった。けれど、残っていた研究者たちが必死に研究を続けて、ここまで復元させたの。でも、やっぱりまだ思い通りにはいかない。だから、君が必要なんだよ。ここで君が拒否したとしても、青花会は、手を替え品を替え、君を襲う。今だって、『聖花会』と名を変えて、ここにある」
彼女が僕の耳元で囁く。感情の失われたその声は、不思議と僕の心の深いところに届いて、静かに絶望させた。彼女の言う通り、青花会は、どうあっても僕を離してはくれないのだろう。
あの青い花が僕の思い通りに咲いてくれることなど、生まれたときからわかっていた。それがどういう風に利用されていたのか。今ならわかる。
「あ、それと、あなたのお婆さん、入院するらしいよ。癌ですって。かなり進行が進んでいるから、あなたが家を離れて、心配することは何も無いよ」
打って変わって、弾んだ声でさらりと絶望を告げ、彼女は僕の元を離れて、少し離れたところに立つ男性の元へと走っていった。
歓声はまだ続いている。あの頃、綺麗だと思っていたキャラメル色の瞳はよく見ると濁っていて、ちっとも美しくなかった。そう感じたことで、僕は確信する。僕はもう、神様には戻れやしないのだと。
諦観の念が僕を包み込んでいたとき、ふと、何かに取り憑かれたかのように叫び続ける群衆の中に、見覚えのあるキャラメル色が飛び込んできて、おや、と目を見開く。その人物はゆっくりと僕の方へ歩んでいるようだった。
「瑞樹くん」
喧騒の中、不思議とその声は僕の耳にはっきりと届いた。
相川さんは僕の前で立ち止まると、その大きな瞳で僕を真っ直ぐと貫いた。
「いいえ、神様」
その瞬間、歓声がぴたりと止む。まるで予定調和だとでも言うように僕は世界から置き去りにされ、微かに見えた希望の光は地平線の下に沈んだ。
「私、瑞樹くんがそんなすごい人だって知らなくって……気軽に話しかけたり、不快な思いをさせて、ごめんなさい。私と話すのももう、これで最後だから」
彼女は少し躊躇って、でも、後ろにいる彼女とよく似た女性と目を合わせると、うん、と頷いて、口を開いた。
「神様は、青い花を使って、何でもできると聞きました。だから、私の弟を……誠を蘇らせてくれるんですよね? そうですよね?」
そして僕は、希望の光は地平線の向こう側に沈んだまま、二度と戻らないことを悟った。
彼女の瞳は狂気に満ち溢れていて、その周りの群衆も同様だった。もはや誰も、僕を見ていない。
この世の始まりとこの世の終わりが混在したような視界の中、ほしのがあの絵の中の天使のように、穏やかに微笑んでいる。
「かみさまの役目はこれで終わり。僕は先に行くよ。じゃあね。さみしいさみしい、ひとりぼっちの神様」
そう言って、ナイフで自らの首を掻き切るところ。僕をキャラメル色の瞳たち。それら全てを拒絶するように、僕は静かに瞼を閉じる。
遠くの方で、何処かの誰かの、耳を劈くような絶叫が響いていた。
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