第17話 恒例の年末

 栄光のU-18ワールドカップ優勝メンバー。

 毎年参加してくる者が増えたり減ったりするが、なんとなく続いている都内での忘年会。

 地球の裏側のリーグに参加していて、今回は日本にいない者もいる。

 そしてこれまでに参加はしていなかったが、やはりプロとしては頑張っていたのに、ついに戦力外になった者もいる。

 もっともすぐに拾われていたのは、幸いと言うべきであったか。


 これまでは東京の大学だったのが、地方球団に指名されて、参加できなくなった者もいる。

 たとえば西郷は早稲谷時代は参加していたが、大阪のライガースに指名されたため、今年は出席していない。

 その中での参加メンバーは以下の通り。


 神奈川グローリースターズ 玉縄 25先発9勝9敗 防御率3.24

 東京タイタンズ 本多 26先発17勝5敗 防御率3.47

 東京タイタンズ 小寺 打率0.277 本塁打4本 38打点

 東京タイタンズ 立花(大卒) 一軍成績 打率0.211 9打点  二軍成績 打率0.298 本塁打14本 54打点

 大京レックス 吉村 20先発10勝6敗 防御率2.88

 埼玉ジャガース 高橋 48登板2先発 1敗24ホールド 防御率2.88

 東北ファルコンズ 榊原 22登板15先発5勝5敗3セーブ 防御率3.12

 東北ファルコンズ 酒井(大卒) 打率0.265 本塁打4本 23打点

 福岡コンコルズ 実城 打率0.239 本塁打17本 49打点

 千葉マリンズ 織田 打率0.345 本塁打11本 55打点 首位打者 最高出塁率

 千葉マリンズ 武田 打率0.251 本塁打19本 51打点 スタメン32試合出場


 この中で最も給料が高くなったのは、当然ながらタイトルホルダーの織田である。

 それも首位打者に最高出塁率のダブル受賞である。

 まだ若いが、それでも年俸は二億に到達した。

 超一流選手の証である。

 だが最多安打はアレクに取られたし、あちらはトリプルスリーにあと一歩であった。

 一番でありながら自由に打っていったアレクと、一番としての打撃に専念した織田の違いである。


 タイトルは取れなかったものの、今年完全に覚醒したと言えるのは、タイタンズの本多であろう。

 同期のピッチャーの中では一番のポテンシャルと言われながらも、なかなかその実績がついてこなかった。

 しかし今年は勝利数でリーグ二位、勝率でリーグ五位、奪三振でリーグ三位と、完全にエースとしての成績を残した。

 去年も充分に働いていたが、今年でようやく完成形が見えてきたと言ったところか。


 この中では先発しかしていないのに、防御率が3を切っている吉村がすごい。

 ただし今年もまた恒例の怪我で、完全に一年間のローテを守ることは出来なかったが。

 玉縄も打線の援護が少なかったり、不運なところはある。

 だがやはり本多のように、調子に波はあっても、イニングを食えるピッチャーは、タイタンズでは強いのだ。


「で、大浦はどこって?」

「台湾のリーグだってさ」

「てかあいつ、野手転向した方がいいんじゃねえの?」

「つってもパだったから、もう随分とバッティングなんて練習してないだろ」

 神戸に入団した大浦は、サウスポーとして期待されていたが、初年に少し怪我をしたせいもあって出遅れた。

 そこから出遅れを取り戻せず、あせって怪我をするという悪循環であったらしい。

 それでも二軍成績は残していたのだが、今年で戦力外通知。

 早すぎる決断のような気がするが、チームとの間で確執もあったのかもしれない。


 トライアウトに参加して、ここでも健在っぷりを示した。

 まだ23歳の若さであるのに、どこも取らなかった。

 ライガースあたりが取ってもおかしくなさそうだったのに。あそこは左が不足している。いや、どの球団でも使えるサウスポーは欲しがっているはずなのだが。

 球団フロントともめたというなら、多少は分かるというものだ。確かに大浦はかなり性格にクセがあった。

 しかし台湾のリーグが目を付けて、年俸の安いリーグではあるが、とりあえずまだ野球選手として生きることが出来る。


 どうしても同期のそういう姿には、しんみりとしてしまう。

 このメンバーは、世界一に輝いたメンバーなのだから。

「世界一と言えば、ライガースの阻止に成功、おめでとうさん」

 ジャガースの高橋は、左の中継ぎとして、日本シリーズでも三登板した。

 四イニングを投げて一失点なのだから、充分な仕事と言えよう。

「てかセ・リーグはどうにか白石止めろよ」

「西郷が入って、ますます止められなくなったからなあ」

「戦力は均衡しつつあるとかいっても、あそこのクリーンナップというか上位打線、めちゃくちゃだろ」


 そんなことを言われても、というのがセ・リーグの面々である。

 玉縄は今年貯金を作ることが出来ず、不本意な一年であった。

 もっとも数字の中身を見れば、打線の援護が少ないことはいうまでもないのだが。

 タイタンズは本多がかなり頑張ったが、結局はプレイオフで止めることは出来なかった。

 先に三連勝して、後一歩であったのだが。

 ただそこで山田を潰したのが、ジャガースの優勝の要因とは言えるだろう。




 酒が入ってくれば、色々と深い話も出てくる。

 中では吉村が、来年のオフに結婚するなどと言ってくる。

 そういえばもう、そういう年齢なのか。

 かつては野球選手は早婚などと言われたが、昨今はそれほどでもない。

 だがどうせならさっさと身を固める方が、家庭内のバックアップもあっていいのかもしれない。もちろん特殊な職業だと、理解してくれる女性に限るが。

「え、吉村今実家なんだっけ?」

「そそ。でも嫁さん千葉だから、実家から千葉よりのとこにマンション借りる予定」

「どういう子よ。つーかあんまり出会いがないというか、昔ほどプロ野球選手ってモテないのか」

「いや、モテるだろ」

 織田は彼女を切らしたことがないが、今では野球に集中している。


 吉村の結婚相手は、高校時代のマネージャーであるという。

 一つ年上であるから、まさに吉村が甲子園に連れて行ったということになる。

「「「おお~」」」

 リアル「タッチ」である。


 まだ若く精力にあふれた彼らは、女の話は確かに興味ごとの中でも大きい。

 ただここには、野望を持った者が一人いる。

「俺は来年か再来年、ポスティングするつもり」

 織田の発言に、息を飲む一同である。


 ポスティングはNPBの選手がMLBに移籍するための方法の一つである。

 FAによる移籍よりは、球団への利益も多いため、現在では主流になっている。

 織田は来年が六年目で、一年目からフル稼働しているため、八年目にFA権、九年目には海外FA権が発生する。

 国内FAならまだ人的補償があるが、海外FA権ではそれもない。

 選手がそのまま自球団に残ってもらえるならそれが一番いいのだが、もしもFAで出て行くのなら、ポスティングが一番球団にとっては利益が大きい。


 ポスティングは身も蓋もないことを言ってしまえば、球団による人身売買である。

 違うのはこれが、選手から言い出す身売りということで。

 一時期は高騰していたこのポスティング金額は、一時期最高金額を決められた。

 それがまた解除されそうなのが、ここ数年の動きである。

 織田はそこまで見通した上で、ポスティングを考えている。

 千葉には自分の踏み台になってもらった。相応の礼はしなければいけないだろう。


 織田はNPBだけではなく、国際戦でも充分な実績を残している。

 FAとなる八年目の前、七年目でポスティングにかけて、MLBに売り払うのが、確かに球団にとっても、いずれ出て行くなら一番の売り時である。




 メジャー。

 アメリカのMLBは、日本人選手で活躍するのは、ピッチャーが大半である。

 だが数人はまさにMLBにおいても、レジェンドとなる数字を残している。それは野手においてもだ。

 一般にパワー不足といわれる日本人選手だが、小田はアベレージヒッターで、ゴールデングラブ賞も取っている。

 また肩の力に走力もあるため、5ツールプレイヤーの中では、長打以外は全てを持っている。

 そしてその長打力不足についても、出塁率の高さと走力の高さが、大砲以外での使い方を示している。


 この場にいる選手の中で、メジャーを口に出来る者が何人いるか。

 今年の実績などからすると、本多などは通用するかもしれない。だが織田と違ってまだ数年かかる。

 何よりタイタンズは、あまりポスティングをしたがらないチームだ。

 確かに去年から主力となり、今年はエース格の働きをしたが、一年目や二年目などは、一軍ではほとんど働いていない。

 つまりそれだけFA権の発生も遅くなり、ポスティングの行使にも影響が出るというわけだ。


 他には吉村なども、常に二桁勝利を、貧打のレックスにおいてなしえている。

 しかし今度結婚もするし、何より今でも故障がちだ。

 吉村にとってメジャー挑戦は、現実的な話ではない。

「誰なら成功すると思う?」

「上杉さんだろ」

「でもあの人、日本大好き人間って言うか、そもそもMLBなんてたいしたことないと思ってるだろ」

「じゃあ白石か」

「あいつは……通用するな、確かに」

「WBCだって本当は、あいつがMVPを取ってるはずだったし」

 ならばその大介を差し置いて、MVPに輝いた直史はどうなのか。

「佐藤か……」

 全員の口が重くなる。

 

 直史は結局、大学卒業においても、プロ志望届を出さなかった。

 そして社会人にも行かず、完全に野球を捨てる道を歩んでいる。

 クラブチームでの活躍など、それは直史なら当たり前に出来ることだ。

 しかしそれでも、常に一線で磨かれていなければ、切れる刃物も切れなくなる。


「佐藤は佐藤でも、弟の方はどうなんだ?」

「レックスしか行かないとか言ってたけど、今の時代にそんなの通用するのか?」

「でもあの佐藤の弟だぞ」

「レックス以外なら社会人か……」


 大学野球はプロのリーグに比べれば、さすがにレベルは落ちる。

 だがその中でも圧倒的な球威でもって、奪三振記録を更新し続けている武史は、来年のドラフトの目玉である。

 その特徴を簡単に言ってしまえば、現在存在する日本人投手の中で、二番目に速い球を投げる。

 そしてその球速を別としても、三振を奪う能力は兄よりも上である。


 プロに入って五年、そろそろ高卒組は分かってきた。

 上ばかりを見ていればいいのではなく、下から登ってくる者も、やはり競争相手なのだと。

 上に行くのではなく、今の場所を保つだけでも、巨大な努力が必要だ。

 上に行くことも出来ず、下で何か役割を得ることもなく、ここを保つことも出来なくなれば、そこが引退の段階なのだろう。

 遠い未来の話ではあるが、どんなスーパースターにもいずれは訪れる引退。

 上杉だろうが大介だろうが、そして自分たちであろうが。

 そう思うと最初からこの道に進まなかった直史の気持ちが、勘違いかもしれないがそこそこ想像は出来るようになる。


 直史の進む道は、もう自分たちと交わることはない。

 だが、それが勘違いであったと知るのは、もう少し先のことになる。

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