第16話 来年へつなげる
パ・リーグの今年のシーズンは、ジャガースの圧倒的な強さによる優勝で、早々に終わった。
だが試合自体は消化試合であっても、各種タイトルなどはまだまだ決まっていない。
それにクライマックスシリーズに出られる三位争いも、ぎりぎりまで決まらなかった。
主力選手の交代の時期にあたり、どうしてもちぐはぐな試合が多かった福岡コンコルズ。
三位にてどうにかクライマックスシリーズの出場を果たしたが、終盤に主力が離脱して、プレイオフでもそれが響いた。
マリンズはついに、クライマックスシリーズのファイナルステージに到達した。
だが戦前の評価は、一方的なものであった。
元々マリンズは12球団の中でも、特にファン数の少ない球団として知られていた。
織田が入って打ちまくって、かなりの人気を博したものの、それでもまだリーグ最下位。
二年連続で最下位になった時は、PLの方が強いとか横浜の方が強いとかのノリで、白富東の方が強いと言われたりしたものだ。
(あの頃は確かにそうだったな)
実際に白富東と戦った織田は、はっきりと断言出来る。
さすがに四勝した方が勝ちというならマリンズが勝つ気もするが、先に三勝で勝ちであれば、おそらく負けていた。
織田がプロ一年目の時の白富東は、高校野球史上最強とも言われるチームであったのだ。
そこからチームの状態が上向いてきたのは、これまた白富東の影響と言えようか。
水野、梶原、鬼塚が入ってきたシーズンから、マリンズの成績は上向きだした。
最下位からAクラス入りの三位、そして次の年も三位で、今年はついに二位。
首位のジャガースからはかなり離されていたが、それでも二位である。
監督が代わったとか、ドラフトで取った選手が成功したとか、色々と理由はある。
織田が首位打者と最高出塁率、二つのタイトルを取ったのも大きい。
やはりタイトルホルダーがいる球団というのは、それだけで強く思えるものだ。
大卒即戦力と言われた、クローザーの木場とスラッガーの蘇芳。
この二人が外国人と共に、大きく働いてくれた。
ただ織田が見る限りでは、やはり影のMVPは鬼塚かな、と思う。
今年はレフトで二番、137試合にスタメン出場した。
欠場したのはフライを捕って頭を打ち、数日のドクターストップが出た試合だけである。
打率はほどほど、出塁率は優秀、そして犠打が多い。
何気にリーグで一番の犠打を打ったのが、今年の鬼塚である。
あとはフェンスに当たりながらでもフライを捕る発するプレイが目立つので、ひょっとしたら織田と共に、ゴールデングラブ賞も取るかもしれない。
数字以上に目立つ選手がいると、ファンも期待をしだす。
そして期待されれば、選手たちもその気になるというものだ。
そんなわけでクライマックスシリーズのファイナルステージでは、ジャガースを相手に下克上を狙っていった。
ただ今年のジャガースの打線は、えげつなさすぎるのである。
最多安打のタイトルを取ったアレクであるが、首位打者と最高出塁率でも二位と三位であった。
このアレクを筆頭に、ジャガースの打撃陣は、特に打率において、パの打撃十傑の中の打率部門に、五人が存在しているのだ。
なおこの五人は全て、二桁のホームランを打っている。そして二桁の盗塁を記録している。
高打率と高機動力による、ピッチャーと守備の意識をズタズタに切り裂く猛獣。
それが今年のジャガースであり、悟が加入したことによって、これは完成したと言っていいかもしれない。
もっともこれが、そう何年も長く続くわけもない。
福岡の再建はこのオフにも完了するであろうし、パの他の球団はおおよそ、順位に関係なくある程度の手応えをこのシーズン終盤には感じていた。
クライマックスシリーズのファイナルステージに出ただけで、満足している者はいないか。
誰も満足してはいないが、早々に優勝を決めていたジャガースと違って、マリンズにはそれなりに疲労が蓄積しているのだ。
ピッチャーはローテが一人抜けているし、野球もあちこちを痛めている者がいる。
ただしあとわずかと思えば、どうにか耐えられる。
「まあ無理だな」
織田はその熱狂の中で、一人冷静であった。
今年ここまでこられたからと言って、来年も同じような、あるいはそれ以上の成績を残せるとは限らない。
今年勝てないのなら、来年は未知数だ。
せめて今年勝てたなら、勝利経験を上積みすることは出来るが。
あちこちを痛めた選手たちが多い。
ジャガースはそれに対して、充分な準備期間があった。
ただ野球に限らず戦争であっても、満身創痍の集団が、準備万端の集団に勝つことは珍しくない。
入団五年目、既に主力となっている織田である。
その彼から見てジャガースというのはどういうチームか。
一番から五番までが織田であり、中には織田より長打力がある者がいる。
殴り合いになれば、絶対に勝てない。
ならばロースコアに持ち込むか。
センターの守備範囲なら、気合でアウトにするつもりの織田であるが、ジャガースは外野の手前にぽんと落とす選手が多いのだ。
ジャガースのメインスタジアムにきて、練習をして体をほぐす。
そこそこ近い関東圏なので、マリンズの応援もいそうではある。
しかし相変わらず、アクセスには不便な場所である。
公園の中にあるスタジアムは、ドームではあるが壁は一部がない。
ある程度は空気の対流はあるが、風の影響は多くない。
ここで多くて七戦、ジャガース相手に戦うわけか。
同じリーグであるので、お互いに慣れた感覚はある。
だがもしも戦力的に格上のジャガースに勝算があるとしたら、戦場の霧の多いマリスタでの試合が良かった。
あそこは海に面しているので、風の影響という不確定要素が強い。
それでもさほどの影響ではないだろうが、そういったところにまで期待しなければ、チーム力の差は覆せないだろう。
なんだかんだ言って、陰のMVPともチームメイトが感じている鬼塚も、試合前の練習に入る。
高校時代は白富東で四番を打っていたが、ホームランを打つのではなく、打点を重ねていくタイプだ。
プロ入り後はあまり高校野球に注目する余裕もなかった織田であるが、鬼塚が四番を打っていたのは知っている。
ただし白富東は、三番打者最強論で回っていたチームであった。
四番はもちろん打力もであるが、それよりも新しいチャンスメイクとして使われていたのだ。
マリンズにおける鬼塚は、まさにチャンスの拡大と、後ろにつなげるチャンスメイクの能力に長けている。
それでいて長打も打てるのだから、シンプルに厄介な選手である。
ただその打撃力は、特に打率の面ではそう傑出したものではない。
もっとも確実な得点が織田の出塁からのプレイの多いマリンズとしては、やはり二番に鬼塚がいて、着実に進塁打を打ってくれるのは助かる。
ドラフト一位指名で取った即戦力の大卒も、それなりの数字を残してくれた一年であった。
あとは同じく大卒の社会人が、クローザーとしてかなりの成績を上げた。
おそらく来年以降は、もっと強くなっていく。
(まあ今年もここから優勝するつもりなんだろうが)
マリンズは故障者が多いが、それでも勢いはあるのだ。
ただ織田は怪我をしないことを重視して、プレイしている。
MLBに行く。
織田にとってそれは、もう夢ではない。
ヒットが打ててフォアボールが選べる、俊足の外野手。
それにそこそこの長打付きとなれば、かなりの需要があるだろう。
今のMLBは長打力を重視しすぎのようであるが、出塁率の高いバッターは必ず需要がある。
そして足があれば、外野を広く守れるのだ。
MLBのスカウトは、マリンズの試合も良く見ているのが分かる。
順当に考えれば、あと二年ほどでポスティングすればいい。
身売りのような感じもするが、その金があればマリンズも、補強が出来るというものだ。
なので織田は、売値を上げるために頑張っているというわけである。
そのついでに、優勝もしたいl。
高校時代はついに、甲子園優勝は果たせなかった。
プロでもマリンズにいる限りは、難しいと思っていた。
だがこの三年の成績を見れば、案外不可能でもないと思えてくる。
あの金髪ヤンキーが、チームのカラーを変えた。
いい効果だけではなく、悪い効果もあった。
だが地元の出身である鬼塚が、チームにファンの注目を集めてくれたのは間違いない。
織田という個人の選手のファンはいたが、個性の強い二人がいることで、人気の好循環が生まれている。
MLBの前に優勝を。
チームに勝利をもたらす選手が、一番勝ちの高い選手だ。
それは織田も同じ考えである。
現在のマリンズのエースとなりつつあるのは、これまたまだ高卒三年目の水野である。
帝都一のエースとして、高校時代にはやはり甲子園に出場を果たした。
それがアレクのいた白富東に阻まれ、やはり優勝は出来なかったわけだが。
大阪光陰の覇権が終わり、白富東の覇権が終わり、ようやく高校野球には常識的な姿が戻ってきた。
おそらくあの時代のおかげで、野球のファンはかなり増加したはずである。
マリンズも不人気球団とは言いながら、確実に集客は伸ばしている。
あとは今年二年目の大卒ピッチャーが、クローザーとしてかなりの実績を残しているのも大きい。
二イニングも投げられない、クソザコ体力ではあるが。
第一戦では、その水野が先発であった。
だいたい全体的に、ジャガースはマリンズよりも戦力は豊富だ。
と言うか福岡コンコルズが世代交代に入りつつある今、一番戦力が揃っているチームかもしれない。
ここでもまた白富東の力が強い。
特に先頭打者のアレクは、打てると思った球はボール球でも打っていく。
そのため首位打者と最高出塁率のタイトルは逃したが、最多安打のタイトルを獲得している。
(たぶんあいつもゴールデングラブ賞取れるんだろうな)
そんな一回の表、織田の打ったボールはレフト前。
そう思ったのにショートが追いついて、ジャンピングキャッチした。
ヒット一本損したとも思うが、とにかくこいつも要注意なのである。
白富東のもう一人のメンバー。白石大介の後継者とも言われた、水上悟。
なんで公立にあんな選手が集まるんだ、と織田は不思議に思ったものである。
どちらかというと打力よりも、守備力が重視されるポジション。
それなのに打てて、しかもそれが長打になる。
打力と走力が大きく取り上げられるジャガースではあるが、実はセンターラインも相当に強い。
これに勝つにはやはり、個人の力だけでは足りないのだ。
この年のパのクライマックスシリーズファイナルステージは、ジャガースの圧勝に終わった。
それでも一勝は出来たことが、マリンズにとっては幸いであったと言うべきか。
敗北が決まった後に、なお悔しさで顔を歪めていた選手たち。
一人で冷静でありながらも、その激情には充分に共感出来る織田であった。
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