第14話 水上悟 猛獣の成長

 埼玉東鉄ジャガースは去年と三年前、リーグを制覇した強豪球団である。

 特に定評があるのはスカウトの能力で、高卒の選手でも一年目から、ブレイクして活躍することが多い。

 球団の方針としては、出来るだけ若い即戦力を取ってくるというものがある。

 総合的に優れている選手であり、福岡のような一発芸持ちを育成で取ってくるのとは違う。

 確かにどの球団も狙ってドラフトでは指名するのだが、ジャガースの指名した選手は明らかに、活躍する度合いが大きい。


 そしてこの年、ジャガースに一位指名で入ってきたのは、白富東の主砲として甲子園を湧かせた、水上悟である。

 白富東の先輩としては、二個上に中村アレックスがいる。

 ジャガースの打線はそれなりに厚いが、一番か三番を打つことが多い、トリプルスリーに近い選手である。

 一年目から三割、二桁本塁打、30盗塁を記録していた。

 そしてポジションはセンターとして、とんでもなく広い守備範囲を誇る。

 そのアレクと悟が、二人が高校時代に甲子園で打ったホームランは、合わせて20本。

 どちらも高打率でありながら長打もあるという、典型的な好打者だ。


 ジャガースは昨シーズン、止まらない打線と言われる打撃力を構築した。

 高打率高出塁率打者を並べて、連打で相手の心を折る。

 福岡はこれに比べると、ランナーを貯めて一発、というパターンの方が多い。

 どちらが優れているというわけではない。

 選手層に合わせて、戦術も戦略も変えていくべきなのだ。

 ただ福岡の場合は豊富な育成のために、様々な選手がそろっている。

 戦術を一つに徹底できるチームは、おおよそ強い。


 ジャガースは一時期、パ・リーグではなくNPB全体で、圧倒的な強さを誇った時代があった。

 タイタンズにもあったが、それほど一つのチームが強かったのは、あとは福岡ぐらいであろうか。

 そしてこの五年、日本一はセ・リーグにずっと取られている。

 今年こそはどうにか、覇権を奪回したいのだ。




 悟よりも多く甲子園でホームランを打った打者というと、入れ違いで一緒にはプレイできなかったが、白石大介がいる。

 大介は甲子園で30本以上のホームランを打っており、二位の選手に比べてもダブルスコアである。

 しかしながら一年の夏は、甲子園に出場していない。

 それなのにそれだけのホームランを打っているあたり、異常としか言いようがない。


 悟の盛大は、夏優勝、春ベスト8、夏準優勝、春ベスト8、夏優勝という成績で甲子園に五回出場した。

 なお白富東においては甲子園で最も多くプレイしたのは、アレクの世代である。

 夏準優勝、春夏優勝、春夏優勝と、不滅の大記録四連覇を達成している。

 どちらにしても甲子園の通算記録が伸びたのは、チーム自体が強かったからである。

 大介は別だ。あの成績はおかしい。


 ただ悟も充分におかしかった。


 元々ジャガースは、トリプルスリーを狙えるレベルの選手が三人いたのである。

 それがアレクが加わって、四人となった。

 セカンドとサード、そしてレフトだったところに、センターのアレクが加わったのだ。

 そして今度はショートに、打てるショートの悟が入ることになるのだろう。


 機動力でかき回す一番から三番までの得点力が高かったジャガースは、去年から一番から四番までが動き回り、そして五番に長距離砲の外国人を据えることで、凄まじい得点力を誇っていた。

 それが今度は悟も入れるとなると、どれだけ打てて守れる選手が増えるというのか。

 キャンプの始まりから、悟は一軍に帯同であった。

 他にも帯同している高卒はいる。甲子園で戦った、仙台育成のピッチャー黒川である。


 元々ピッチャーは、高卒でも即戦力で通用する選手が多いと言われている。

 あくまでも比較の問題だが、野手よりは多い傾向にある。

 それはもちろん、ピッチャーがローテだけでも五人から六人、中継ぎに抑えとたくさん必要であるからだが。

 大卒の即戦力と言われる選手も取っていたり、全く知らない選手が下位指名で取られていたり、ジャガースのドラフトは面白い。


 新人の合同自主トレでも感じていたことを、悟は確信した。

 自分はもう、この時点でも既にプロで通用すると。

 ただし、トリプルスリーは狙わない方がいいかもしれない。




 キャンプも半ばになってどんどんとオープン戦が行われていくのだが、中核選手は調子を見られると、むしろもう試合形式では出なくなる。

 悟たち新人は、コロコロと入れ替えをされながら、何度も使われていく。

 この中で結果を出せば、開幕一軍となるわけだ。

 そしてキャンプ入りでは一軍だった新人の中には、途中でもう二軍に送り込まれる者もいる。

 高卒の場合はやはり、まだシーズン全てを戦うには、体が出来ていないと判断されるのだろう。


 悟の場合は体の使い方がしなやかだ。

 現在の野球においては、ショートは一番守備力が必要と言われることもあるポジションで、確かに内野では一番肩が強くないと難しいとも言われる。

 捕球をしてから一塁へ投げるのに、最も肉体をひねる動作が多い。

 セカンドとの連繋も必要であるし、レフトからの中継を受けることも考える。


 センターラインは、センターからセカンドとショート、そしてキャッチャーで構成される。

 このラインが強いと全体的に守備力が高くなる。

 プロの打球は確かに速いのだが、高校野球では金属バットを使っている。

 総合的に見て、悟はどうにか守備では問題なくこなせる。

 これに加えて打力が、悟に求められていたものだろう。


 悟はスタメンで使われると、最初はやはり下位打線に置かれて、それから三番に移った。

 だがすぐに二番に移って、そこが定位置になりつつある。

 甲子園で通算11本、公式戦でも通算40本、高校通算で100本ぐらいはホームランを打っている悟だが、とりあえずプロのピッチャーと対戦すると、相当に狙い球を絞らなくてはホームランは打てない。

 スピードのあるボールには対応出来るのだが、プロはかなりの速さから曲げてくるのが多い。

 それでもやはり悟の中のプロのピッチャーのトップレベルと、高校時点で知りえていたトップレベルにはさほどの差がなかった。

 大学生だった直史が投げに来てくれていたので。

 そしてスピードなら、武史が160kmを投げてくれていた。あの中盤以降は魔球化するストレートを。




 開幕一軍、そしてスタメンの二番打者で、悟はその日を迎えた。

 オープン戦期間の打率は三割代後半を記録し、出塁率は五割近くにもなる。

 ただ期待された長打は、まだスタンド入りがない。


 二番打者がつないでいく二番だったのは、プロではもう前のことになる。

 もちろん選手層や起用法にもよるが、今のトレンドは打てる二番だ。

 本拠地埼玉ドームに、北海道ウォリアーズを迎えて行われる開幕戦。

 一回の表からショートに打球が飛んできて、悟はそれを処理した。

 プロの開幕戦ということでの、緊張は自分の中にはない。


 そして一回の裏は、先頭のアレクがヒットで出塁し、打席が回ってくる。

 バントのサインでも出るかなと思ったが、ジャガースのベンチからは何も指示は出ない。

 ただランナーのアレクからは、走るぞと言ってきているが。


 ウォリアーズの先発には、左が二枚いる。

 エースの小泉と、準エースと言ってもいい島だ。

 当然開幕戦には、エースの小泉が先発として出てきている。

 地元開幕の方に回っても良さそうなものであるが、ちゃんと開幕戦から勝ちにきているのだ。




 悟の打撃を見ていて、正直首脳陣は想像とは違うものだと思った。

 打率は確かに高いが、長打がない。

 ライン際に落として長打にすることはあるし、外野の頭を越えることも普通にあるが、ホームランまでにはまだ至らない。

 似たような体格の大介がホームランを量産していたのとは、悟は違う。

 そもそも大介は高校生活最後の一年、既に木製バットを使っていたのだ。


 確かに体格からして、あまりホームランは期待出来ないのかな、と思いなおす首脳陣である。

 しかし長打力はそこそこあるし、打率と出塁率がいい。

 これでホームランまで期待できる選手など、やはりそうそう出てくるわけではないのだ。


 ジャガースは現在、年間20本は安定して打てる選手が四人と、40本近く打つ助っ人外国人がいる。

 この間で打ってつなぐタイプの二番がいるのは、悪いことではない。

 それにショートの守備を、確実にこなしている。

 このポジションを高卒でこなすのは、かなり難易度が高いはずなのだ。


 今にも走りそうなアレク。

 サウスポーの小泉は、それをしっかりと視界で捉えている。

 確かにアレクは走れるなら走るつもりであったが、大きなリードは盗塁のためのものではない。

 小泉の投げる球種を限定させ、悟に打ちやすくさせるためだ。

 後輩への心配りというものではなく、単純にその方が面白そうだから。

 そしてアレクの期待に、悟るも応える。


 プロシーズン戦の初打席は、レフト前へのクリーンヒットであった。

 一回から連打し、さらに三割打者が続いていくジャガース。

 今年も機動力と連打を武器に、リーグ連覇を狙う。

 そしてもう五年もセに勝たれている、日本一。

 奪還するのはジャガースであるという意識が、選手たちにも浸透している。




 開幕から順調な選手生活を始めた悟。

 まだプロの世界には、完全に慣れたとは言いがたい。

 そんな彼は毎試合のようにヒットを打って、完全に打率は三割を保つ。


 そして五試合目の第二打席には、オープン戦でも打たなかったホームラン。

 ここから悟は少しずつ、長打になる打球を増やしていく。

 この年、三割二桁本塁打30盗塁を記録することになる悟。

 しかしその影響はプロのチームの中では、まだまだ大きなものではないのである。

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