第12話 織田&鬼塚 もう一つのリーグ
セ・リーグが思いもよらない接戦でシーズン終盤を戦っている頃、パ・リーグは既に福岡コンコルズが優勝を決めていた。
だがクライマックスシリーズに進出出来る三位争いは、最後までもつれた。
一ゲーム差で三位なのは、北海道ウォリアーズ。
このよりにもよって最後に残された試合に、勝つか引き分ければ、三位が確定する。
だが対戦相手の千葉ロックマリンズは、勝てばゲーム差0ながらも、勝率で上回ることが出来る。
同点で迎えた九回の裏、ツーアウトながらランナー二塁。
千葉の打席に立つのは、既に今年の首位打者が確定している織田。
ヒットはもちろん長打も打てる、今最高に他のパのチームからは嫌われているバッターだ。
(クリーンヒットがないと、帰ってこれない)
単に出塁するだけなら、この状況ならば簡単だ。
だが織田がヒットを打たずに単に出塁してしまえば、ランナーは一二塁となり、簡単にアウトが取れるようになってしまう。
出塁に意味はない。
それは向こうも分かっているので、織田との勝負はゾーンを外して行われる。
どこぞの化け物とは違うので、織田は腰の回転だけで、外のボール球をヒットにするような芸当は出来ない。
フルカウントからの10球目は、明らかに外れた。
さすがにそれに当てにいくことは出来ず、織田は四球を選ぶ。
ランナー一二塁になったものの、一点さえ入ればいいというこの状況では、状況は良くなっていない。
むしろゴロのアウトが取りやすくなったという点では、勝利への道は一歩遠のいた。
ここで千葉のベンチは動く。
出塁率はそこそこで小技の使える二番に代打である。
「ここで使うか」
このところはサブとして使われることが多かったが、代打として出場した場合、打率の割には打点が付く。
つまり打つべき時に打っている鬼塚である。
優勝を決定する打席に、プロ二年目の若手を使うというのは、かなりの冒険である。
ただ鬼塚は打率に比して出塁率がいい。
その見た目からして、内角の際どいところに投げるピッチャーが少なく、外角だけだと四球での出塁になるのだ。
鬼塚まで歩かせれば、満塁となって三番に回る。
織田を歩かせるのとは、全く意味が違うのだ。
(そのあたり分かってるのか?)
織田は鬼塚のことは、高校時代はほとんど意識していなかった。
最後の夏を終わらせた白富東の選手であるが、とにかくあそこは大介の打力が凄まじかった。
だが名徳と戦った時は鬼塚は四番に入っていたし、同じチームになってから二年目である。今年はほぼ一軍に帯同しているし、スタメンで出たことも多かった。
鬼塚のバッティングは、しぶとくてしつこい。
際どいところには食らいついていくし、甘く入れば叩く。
この状況で必要なのは、内野を抜けるか外野の前に飛ぶヒット。
しかしさらにその条件を、有利にしておくべきだろう。
ベンチに許可を仰いだ織田は、二塁ランナーと鬼塚にもサインを送る。
ダブルスチールだ。
危険度は高いが、ランナー二人は俊足で、初球から走ってくることはさすがに想定していないだろう。
もしこれが二三塁になれば、内野安打でもエラーでも、必ずホームに帰って来られる。
そして実際、この作戦は成功した。
緩慢な始動をしたピッチャーに対して、ランナー二人が初球スチール。
それを気配で察したピッチャーは外に外そうとするが、外しすぎて暴投寸前、キャッチャーがギリギリでキャッチする。
そこから三塁へも二塁へも投げられず、ランナーが進んだだけとなる。
ボールカウントも一つ増えて、バッター有利の状態となる。
鬼塚は再度集中し、次の一球に備える。
あるいは北海道は、ここからでもリリーフを投入するという選択もあっただろう。
だがカウントが悪い状態で登板するピッチャーというのは、やはりメンタルの異常な強さが要求される。
外しすぎたボール球の後は、甘く入ることが多いだろう。
変化球で来るか、あるいはとにかく低めに来るか。
鬼塚は変化球は捨て、低めに絞る。
来たのは、低め。
アッパースイングで軽く合わせる。ボールはセカンドの頭の上へ。
「越えろ~!」
ベンチもスタンドも、同じ声が響いた。
セカンドのグラブの先に当たって、そのまま地面に落下。
三塁ランナーが帰って、サヨナラヒット。
そしてこれで、クライマックスシリーズ進出の三位確定である。
昨年と同じく三位での進出。
一位の福岡や二位の埼玉に比べると、総年俸の少ない千葉としては、立派なものであろう。
長めのインタビューを終えた後、さすがに優勝したわけではないのでホテル貸し切りのパーティーなどはしないが、少し大きめのお疲れ回はするとのこと。
試合よりもむしろその後のインタビューなどが、精神的に疲労したものである。
クライマックスシリーズに進出したからには、日本一への可能性は残っている。
だが実際のところ、千葉にとっては現実的ではない。
シーズン終盤まで、実は三位で北海道を上回っていたのだ。
だがその終盤にローテピッチャー二枚と、スタメン二人が離脱。
その戦力で戦っていたため、ギリギリでの通過となったのだ。
クライマックスシリーズまでに、スタメン二枚は戻ってくるが、ピッチャー二枚は今季は無理だと言われている。
少ないピッチャーでどう戦うか。
ファーストステージはともかく、ファイナルステージを勝ち進むのは不可能だ。
三位までは勝ち残ったものの、千葉のシーズンはまさにおまけである。
選手たちはアピールチャンスをもらっただけと考えるべきだろう。
とりあえず丸一日はお休みの選手たち。
練習の虫の鬼塚も、さすがに日課の素振りとジョギングぐらいで、負荷のきついトレーニングはしない。
まあほとんどの選手は、そういったものさえやっていないのだが。
ほんのわずかの休息で、千葉は戦力をある程度回復出来る。
だがピッチャーが欠けたのが大きすぎる。
ファーストステージの埼玉相手には、どうにか勝てるかもしれない。
だが福岡相手には無理だ。ピッチャーが足りないし、さらに一勝のアドバンテージがある。
これに勝つのは、戦力的に無理なのは、誰だって分かっている。
せめて高校野球のトーナメントのように、一発勝負ならまだ分からないのだが。
それとは別に、千葉は久しぶりにタイトルホルダーを出した。
今季打率0.357の織田が、首位打者となったのである。
リーグ内では盗塁数も二位、安打数も二位と、完全にチームではなくリーグを代表する選手に育ってきたと言っていい。
これまでもいい成績を残してはきたが、今年さらに躍進したのには、やはりWBCの影響があったからか。
オープン戦中に行われたWBCは、確かに白石大介劇場的な面はあった。
だが各国のトップ、特にメジャーリーガーのピッチャーとの対決は、織田に自信を付けさせた。
自分はメジャーに行く。
明確になった目標、実体験したメジャーレベルのピッチャー。それが織田の新しいモチベーションとなった。
タイトルホルダーのための記者会見では、それに言及するマスコミもいた。
球団としてはせっかくのスター選手に、そうそう簡単に出て行ってもらっては困るのだが。
「将来はどうなるか分かりませんが、まだ日本ではやり残したことがありますから」
織田が欲しいのは、優勝だ。
高校時代にはワールドカップで優勝し、自身もベストナインに選ばれた。
だがあの大会は大介と直史の活躍があってこその結果である。
自分の貢献度が低かったとは言わないが、いなくても優勝は出来たのではないかと思う。
もっとチームを引っ張る、絶対的な選手になりたい。
ポストシーズンのプレイオフで、しっかりと結果を出し、チームを勝利に導く。
それぐらいの力を手に入れてから、メジャーに挑戦したい。
WBCでも活躍したため、MLBの球団から注目されていることは知っている。
選手のタイプとしても、巧打の俊足外野手で、ホームランバッター偏重のメジャーでも、絶対に必要なリードオフマンなのだ。
一年目から一軍でプレイしていた織田が、FA権を得られるのは八年目。
海外FAだとさらにもう一年かかるが、織田としては七年目でポスティングを球団に依頼するつもりだ。
球団としても国内FAでは人的補償をとっても織田に匹敵する選手になるはずはないし、海外FAを取ってからアメリカに行ってしまえば、何も恩恵がない。
だから七年目でポスティングというのは、球団にとっても妥当なところなのである。
四年目のシーズンが終わり、キャリアハイの成績を残し、タイトルも取った。
あとはこのまま三年間、状態を維持し続ける。
その間にどうにか優勝はしておきたい。
MLBは球団が多いので、ワールドシリーズで優勝するというのは、純粋にひどく難しい。
優勝の重みが日本とは違うのだ。
自分が引っ張っていくぐらいのつもりで、チームを優勝に導く。
そのために必要なのは、どういったピースなのか。
残りの三年間の間に、それが埋まってほしい。
高校時代には甲子園で戦った仲の織田と鬼塚だが、若手の中ではかなり仲がいい。
鬼塚のような反骨精神は、織田もしっかりと持っている。
今は無駄に敵を作らないようにしているが、先輩だろうとコーチだろうと、納得のいかない指示は聞かない。
選手にとってコーチというのは、アドバイザー程度に思っておくべきなのだ。
コーチの言うことを聞いて成績を落としても、そのコーチの評価は下がることになるが、織田の評価を戻してくれるわけではない。
そんな織田と似ていて鬼塚も、トレーニングメニューなどは自分で作る。
正確には外部に委託していて、コーチの指示などは参考程度にするのだが、最終的な責任は自分にある。
プロ野球選手というのは、個人事業主なのだ。
球団に雇われているように見えても、実は単に契約をしている期間、そこで働くだけ。
特殊な契約形態であるため、球団の一員と見られているが、一匹狼であるのだ。
そんな二人は織田の車にのって、千葉から東京に遊びに来たりする。
実際はそこまでのものでもなく、単に食事をしながら話でもしようというものなのだが。
「お前もそろそろ寮出るのか?」
「そうっすね。ほぼ一軍定着しましたし」
高卒選手は四年間は寮暮らしというのが基本だが、一軍の選手ともなると、それがどれだけ無駄なのかは分かる。
千葉の選手寮は埼玉にあるのだ。
そこから千葉の球場まで通うとなると、時間の無駄が大きすぎる。
その間に練習するなり体を休めるなり、やるべきことはいくらでもあるのだ。
「俺と同じマンション来るか? 確か空いてる部屋あったはずだけど」
「いやいや、まだ年俸が違いすぎるでしょう」
そうは言うが鬼塚も、来年はかなり年俸はアップするだろう。
そしてスタメンで出られるようになれば、さらに活躍の機会は増える。
鬼塚はなんだかんだ言って、攻・走・守の三つのうち、全てに欠けたところのない選手なのだ。
打率も打席数の割には、0.268と打っていて、出塁率はさらに高い。
そのくせバントなどの小技も使えるので、二番あたりになるのではないか。
来年の話となると、ドラフトは避けて通れない。
「お前の後輩、引っ張ってこいよ」
「出来ればそうしたいけど、俺にどうにか出来る問題でもないでしょ」
「あいつか西郷か、野手としては二人が目玉になるだろうな」
「ピッチャーはどうです?」
「それなりにいいピッチャーは多くても、これぞという出玉はないんじゃないか?」
来年と再来年、ピッチャーでもしもこの二人を取れたら、一気に覇権を握れるかもしれないという人材がいる。
直史と武史の佐藤兄弟だが、直史はプロには行かないと宣言し、武史も希望球団以外は行かないと言っている。
織田でもあそこまで、はっきりとしたことは言っていなかった。
まあ直史はプロ野球に今後関わることもないと考えているため、ああいう断言の仕方が出来るのだろうが。
千葉マリンズは少しずつ強くなっている。
織田の入団した時などは、リーグ最下位のボロボロ球団だったのだが。
しかし今は間違いなく再建の時期、チームが強くなっているのを感じる。
福岡と埼玉は二強であるが、常に強くある球団にも、波はあるはずなのだ。
「お前もそろそろ車買うか?」
そしてトヨタ車を勧める、愛知生まれの織田であった。
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