第8話 群雄 プロという世界

 秋のキャンプも終わると、プロ野球選手は真の戦いが始まる。

 そう、契約更改である。

 ぶっちゃけ試合をすることは、あくまで余禄である。いや、一般的にはこちらの方が大切なのだが。

 一年間の給料を決めないと、選手もやる気がなくなるというものだ。


 そんな契約更改の後、毎年恒例になりつつある、ワールドカップ組の集い。

 なんとか今年は、去年参加しなかった面子も顔を出している。

 本多と実城が、シーズン終盤に一軍定着したことが大きい。

 一度落ちた年俸が、なんとか初期値を少し越したぐらいであるが。


 織田はまた成績を伸ばして、パで首位打者争いをした。

 もっとも今年のセの首位打者を考えると、全く笑えないのだが。

「つーか、パに行ってて良かった!」

 正直すぎる感想を述べる織田である。

 確かに今年、セは野手部門のタイトルを、ほとんど一人の選手が独占した。

 他の選手が取ったのは、最多安打だけである。


 しかし、それにしてもである。

「ライガース、また新人王かよ」

「でも柳本さんポスティング申請したし、今度こそ弱くなるよな?」

「去年も同じこと言ってたよな」

「でも日本シリーズの最終戦の継投はやばかった。あそこで真田出してくるか、って」

「外国人どうなるんだ? オークレイとレイトナーは残るっぽいこと言われてるけど」

「黄とロバートソンか。黄は完全に主力だけど、元はメジャー志望なんだよな」

「いや、来年のセンターは問題ない」

 そう断言したのは、後輩つながりで情報が回ってくる大阪光陰出身の福島である。

「毛利が一年目からファームで打ちまくってたらしいから、来年はセンターで上がってくると思う」

「三位指名だっけか。あの年大阪光陰、一位指名が二人に他二人も指名されてたんだよな」


 客観的に見て、大阪光陰が一番強かったのは、真田がいた二年と三年の時だ。

 だがそれでも、一度も優勝出来なかった。

 白富東がいたからである。


 今年のパ・リーグの新人王は、アレクが取るか後藤が取るかで、終盤まで分からなかった。

 大卒組の方が目立った一年目であったが、真に主力級と言えたのはこの二人である。

 いや、シーズンが終わっても分からなかったのだが、クライマックスシリーズでもそれなりの活躍を見せたアレクが、わずかの差で後藤を上回った。

 開幕から七番ライトで入っていたのだが、すぐに一番センターで使われるようになった。

 打率は0.314で11本のホームランを打ち、盗塁は38回も決めた。

 対して後藤は0.278の打率に、28本のホームランを打った。

 おそらく最後の一歩は、守備力であったろう。

 アレクの守備範囲は広く、センターになるライトの時からも、タッチアップを何度も防いでいた。


 


 セは最終的に、大阪、神奈川、巨神、大京、広島、中京の順でフィニッシュした。

 日本シリーズに進んだのも、順当に大阪であった。

 パは福岡、埼玉、千葉、東北、北海道、神戸である。

 まさか千葉がクライマックスシリーズにまで進むとは思われていなかったが、どうにか東北には競り勝った。

 もっともプレイオフでは怪我人が続出で、まともに戦える状態ではなかったが。


 不謹慎ではあるが、その千葉の中で武田の顔は明るい。

 去年もそうであったが今年も、正捕手の樋渡が怪我で欠場することが多く、次代の正捕手争いにも、かなりリードしているのだ。

 ライバルの怪我でポジションを奪えるのが、嬉しいのか。

 嬉しい。綺麗ごとは言わない。

 プロ球団の正捕手の座というのは、他にほとんどコンバートも利かない分、ピッチャーよりもよほど競争は激しいのだ。

 充分な試される機会があるだけでも、幸運だと言える。


 プロ三年目が終わり、同期の中には次の契約をしないという選手も出てくる。

 プロ野球選手の寿命は五年ほどとも言われているが、それはあくまでも平均的なものである。

 全く成果が見られず、そして練習に対する姿勢も悪ければ、自由契約という名のクビになるのも無理はない。


 幸いと言うべきか、あの栄光のワールドカップ世代のメンバーは、まだ誰もそんなことになってない。

 このプロ野球株式会社という世界で、どうにかこうにか選手として生きている。

 まだロクに一軍で出場機会のない者もいるが、二軍ではそれなりの成績を残しているのだ。

「なんというか、大学に進んだ佐藤は、賢かったのかもしれないな」

 三年目、ようやく出番の増えてきた実城が呟いた。

 プロ野球の世界で生きていくのは、はっきり言って競争が厳しすぎる。

 どうにか対応出来てきたが、それでもあと二年も元のままであったら、実城であってもクビになっていたかもしれない。


 そう言われると、既に主力となっているメンバー以外は、暗い顔をする。

 いや主力級でも、今年も故障で離脱した吉村などは、やはり暗い顔をする。

「かといって野球以外やる気なかっただろ」

 そう、吉村には本当にそれしかなかった。

 もしも野球がなかったら。そこからして考えにくい。

 野球は吉村の、既に一部になってしまっているからだ。

 これがなくては生きていけないと言えるほどに。


 だがこの空気を、まだプロの世界を知らない西郷が打ち払う。

「男ならあ、やってやるっちゅうしかなかが」

 西郷は大学に行ったことを、今は後悔していない。

 そのままプロへ行っても活躍できた自信はあるが、大学を経由することで、かなり選手としての力は上がったと考えている。

「ナオは、プロんなっても、いくらでも通用するがぁ」

 西郷は直史の、信じられないピッチングを間近で見てきたのだ。




 そういえば、と話題が変わる。

「WBC、打診来たか?」

「俺のところには来た」

「俺も」

「俺は怪我してたから、もうアウトだった」


 織田と玉縄は参加、吉村は辞退である。

「俺も参加する」

 中継ぎとして自分の場所を築きかけている福島も、やはり出場するらしい。


 同じ球団であれば、ある程度は知っている。

 当然ながら日本のエースとしては、上杉が参加する。

 あとは比較的若手が選ばれるのだが、レックスからは西片が呼ばれているらしい。

 あそこは子供の世話が大変でFA移籍をしたのだが、そのあたりは大丈夫なのだろうか。


「キャッチャーはどうすんだ? さすがに尾田さんは出ないだろ」

「まあ北海道の山下さんは決まりだろ、まだ若いし」

「若いなら中京の東さんも若いけど、怪我しっぱなしだからなあ」

「すると……少し年をいっても、田村さん、板垣さん、河原さんあたりか?」

「武田はないのか?」

「さすがにまだ定着もしてないからな」


 武田はまだ正捕手と言えるほど、活躍をしていない。

 それにキャッチャーとして他のエースクラスをリードするには、若すぎるのだ。

 正捕手の高齢化。

 これはその球団でも抱えている問題であるが、それを奪い取るようなキャッチャーがいないのも確かなのである。




 プロの世界というのは、本当に選手の新陳代謝が激しい。

 確かにスーパースターは大金を手に入れるが、その下には無数の屍が積まれているのだ。

 はっきり言ってここまでの世界だとは、思っていなかったのが大半である。

 織田のように成功の確信を持って、実際に一年目から活躍している例外も、いないではないが。


 いや、誰だって最初は自信はあったはずなのだ。

 それが実際にプロの世界に入ってしまえば、ほとんどの選手が自分より上手い。

 そこでどう耐えられるかが、この世界で成功する秘訣なのだろう。

 もちろん無自覚に完全にポジティブなのもありである。


 高校時代は、甲子園にいけなければ死ぬと思っていた。

 それだけの覚悟を持って、練習を重ねてきたはずであった。

 だがプロになると、それはただの感傷だったと分かる。

 プロでは結果を出せなければ、そのままクビになってリアルに死ぬ。

 もちろんある程度は球団職員として採用されたりもするが、その枠は決して多くはない。


 このプロでの引退後のキャリアを積む上では、大卒の方が有利である。

 派閥というものがあって、特に六大学の出であれば、親会社の役員などが同じ大学を出ていたりする。

 そこまで思うと直史の、徹底的な将来性の確保は、立派なものだとしか思えない。


 自信があったのかなかったのか。

 自信とは全く別の次元で、物事を考えていたのか。

 西郷の話を聞くだに、真剣に勉強をしているらしい。

 ただしここ最近は、WBCの壮行試合に備えて、調整が多いらしいが。

「つーか、あいつ選んでクローザーやらせた方がよくないか?」

「クローザーはともかく、普通にリリーフはしそうだけどな」

 プロの一軍にいる者たちでさえ、そういう評価である。


 今ではプロでも一線級の選手となった織田。

 だが最後の甲子園では手玉に取られ、何度か見た試合では、その自分を封じた時よりも、はるかにパワーアップしている。

 高校二年の、球速が遅いと言われていた時でさえ、完璧なクローザーであったのだ。

 今は一つのラインである150kmを投げるようになり、そして成績は空前絶後の大記録を残し続けている。


 直史は、不確実だからプロには行きたくない、というのも確かに本音ではある。

 だがそれよりも明確なのは、自分の想像する幸福な肖像に、プロ野球選手というものが全く想像できなかったからである。

 今の直史がプロで通用しないと思う者は、少なくともここにはいない。

 だがどれだけ優れた選手であっても、一つの怪我で終わってしまうのがプロである。


 プロに来て欲しいな、と織田などは思う。

 今の自分があれと戦って、どれだけの数字を残せるのか試してみたい。

 そして自信がついたなら、MLBにも挑戦できる。

 FA権を得るのは、まだまだ先のことだ。

 それよりも先に、タイトルを取りにいかなければいけない。

 後ろからやってきた、同じタイプの新人王も、同じリーグの中では脅威である。


 プロという恐ろしい世界の中には、確かに栄光がある。

 だが圧倒的に多いのは、挫折だ。

 それに飲み込まれないために、競い合わなければいけない。

 長くなるのか、それとも短いのかは分からない野球人生。

 戦い続ける世界に、男たちは立っている。

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