第7話 大原和生 飢えを満たせる方法

 プロ野球で話題になるのは、当たり前だが一軍の試合である。

 だが二軍も目玉の新人がいれば話題になるし、東と西で分けて試合は行っていたりする。

 なぜセとパではなく、東と西に分けているのか。

 単純な話で、金にもならない二軍の試合を、高い交通費をかけて日本全国を移動させるわけにはいかないのだ。


 ライガースは当然ながら、西のチームである。

 広島、福岡、神戸、中京の四つと共に、ウエスタンリーグとして試合を行っている。

 このウエスタンでは、一位指名された高卒選手などがじっくりと体作りを行っていたりして、マニアックな見方をすることも出来る。


 その中の一人、大介と同期で入った大原は、二年目終盤にして、どうにか二軍では確実な戦力となってきた。

「しかしまあ、よくこれをドラ4で取ってきたもんやな」

「スカウト部長肝煎りの案件やったらしいからな。大正解や」

 ある程度は運もあるが、スカウト部長が変わってからは、特に関東から取ってくる選手に当たりが多い。

 まあ元々関東はそういう場所なのだが。


 二年前に一位で取った大介、去年一位で取った真田。

 この二人はチームの主戦力どころか、リーグでも屈指の選手として活躍している。

 特に大介は、上杉レベルだ。

 一人でチームの力を変えてしまうだけの影響力を持っている。


 あとは今の球団のフロントが、選手たちの管理をしっかりとしてくれるようになったのが大きい。

 数年前までのライガースは、外的要因により新人が潰れていくことが多かった。

 そう、タニマチの存在である。

 あれはあれで、ライガースのファンではあるのだが、とにかくタニマチに限らず、ライガースのファンは行き過ぎている者が多い。道頓堀川に飛び込んだり、道頓堀川に飛び込んだり、道頓堀川に飛び込んだり。

 このあたりの遮断が上手くいったのは、フロントと言うよりはスカウトや寮長などの、選手の私生活に関わる者たちが努力したからである。

 しかし一番大きいのは、大介がそういったものを嫌ったことだろう。




 タニマチとは、元は相撲取りの後援者のようなもので、それが野球などにも広がっていったものである。

 外国で言う芸術家などのパトロンに近いが、野球界でのタニマチは、だいたい好ましくないものとされている。

 特にライガースなどは、熱狂的なファンが選手を甘やかすことがある。

 数年前はひどかったと言うが、20世紀はその比ではなかった。

 もちろんライガースだけではなく、タニマチは多くの球団に存在する。

 悪いものばかりだけではなく、純粋に飯を食わせてくれるだけとか、そういう者もいることはいる。

 だが若手に夜遊びや女遊びを教えてしまって、プロになって数年でこの世界から消えていく者は多い。


 そもそもタニマチが多いのは、古くからあり本拠地が変わっていない、人気球団である。

 特にセの球団だ。パの球団ははっきり言って人気がない期間が長すぎた。

 祖父の代から支援しているというタニマチもいたりする。

 特に悪質というか、甘やかすのはライガースのタニマチであり、将来のライガースのために頑張れというつもりでいても、選手がそれで勘違いしてしまうこともあるのだ。

 ライガースだけではなく、人気選手には普通にタニマチはいる。

 そして金剛寺レベルになると、ちゃんとその付き合い方も分かっているのだ。


 大介のストイックさは、既に入団の時点で人気があったにも関わらず、そういった者を近寄らせなかった。

 食事よりも女よりも酒よりも、まず野球に飢えていたのだ。

 あと強いて俗なところを言えば、年俸に飢えていた。

 それに本質的な部分では賢い大介は、何よりもまず野球の成績を残さなければ、他の全ては意味がないと直感的に悟っていた。


 そんなわけで大介が練習をするのを見て、自然と若手の風紀が引き締まったということはある。

 球団が大介に対して最大限の配慮をするのは、このためでもある。

 元々野球選手というのは、高校でも大学でも、ストイックな生活を強制されて、それがプロになって一気に開放されてしまう者も多い。

 特にライガースはタニマチの存在もあり、そういう環境が醸成されやすかった。

 タイタンズも実はタニマチは多いのだが、はっきり言ってしまえばライガースよりもお上品なのである。

 なので節度のある遊び方を教えてくれるため、そこまでひどくはならないらしい。


 大介が、そもそもどちらかというと貧しい家に育ったにもかかわらず、ハメを外さずにいられる理由。

 それは、目標と教育によるのだ。

 高校時代セイバーから聞いていた、メジャーリーガーのみならず、アメリカのショースポーツのスーパースターの破産。

 それに白富東自体が、そんな強制的な環境にはなかった。

 あとはセイバーが湯水のように金を使って、平然としていたことによる。

 そしてプロになるのは大介にとっても過程であって、目標ではない。

 上杉と対決する前からいい気になっていて、勝てるはずはないと思っていたのだ。

 ついでに言えば心底、節約暮らしが身についていたからとも言える。

 近所の高級焼肉屋で無限に肉を食うことが出来る。

 それぐらいが大介にとっての贅沢なのだ。




「来年から上がってこれそうか」

「まあ今のライガース、二軍もけっこう強いからな。いい練習になってる」

 同期の大原と、あとは後輩数名を連れて、食事を行う大介である。

 大介はがっつり食うところは選ぶが、高級な店に特に行くことはない。

 虚飾に満ちた世界とは、常に無縁でいたいと思う。


 一応成人したので、ちょっとお高い接待のお店にも行ったのだが、大介はそれに染まらない。

 派手な世界と言うのなら、身近に芸能人がいる。

 別に大介に、三大欲求もそれ以外も、欲望がないわけではない。

 ただ、それよりもずっと、求めるものが大きいだけなのだ。


「真田も来ればよかったのにな」

 後輩三人と大原、全員が年下である。

 プロ野球世界の上下関係は、年功序列。

 成績がどうだとか、プロでの年数がどうだとか、そういうことは関係ない。

 よほどの例外を除いて、年齢が上の人間が偉いので、払いを持たないといけないのである。

 なので大介が連れてくるのは、高卒新人の後輩と、そして同期の大原などになる。


 そして同期の高卒二人については、悪い噂を聞いていた。

 それこそタニマチである。

 先輩でありながら二軍で燻っているような選手はいる。

 そういった者が悪い遊びを教えるのだが、本来なら二軍で燻っている選手に、そんな資金はない。

 だがここで出てくるのが、良くも悪くもライガースを応援している存在だ。


 ライガースの選手の面倒を見てやってるんだ。

 そんな気持ちで、お高い店に連れて行く。

 ほとんど無意識のうちに、見栄を張って。

 大阪人はしまり屋が多いとも言われるが、同時に派手な人間も多い。

 そういった虚飾の人間が、自分を飾る存在が、若手の選手ということなのだ。


 大原の場合は海外育ちであったのと、栄泉がストイックな環境でなかったため、それなりに高校時代も遊んでいた。

 だから変に解放されなかったというのが大きい。

 あの二人はただでさえ育成契約なので、そんな大きな買い物なども出来ない。

 だからこそそういった世界に、簡単に染まってしまうことがある。

「なんとかしないといけないんだろうけどなあ……」

 後輩の高卒に対しては、こうやって健全な店に連れて来てやる大介である。

 だが大卒の同期や後輩に関しては、自分がどうこう言うのは難しい。

「寮長も同じようなこと言ってたからなあ」

 大原としても問題だとは分かっているのだ。




 ドラフトで指名された未来のある選手が、潰れてしまう原因。

 それはもちろん、本人の実力不足に、才能不足。

 あるいは体質が向いていないとか、色々とあるのであろう。

 しかしこういった形で、甘やかされて潰れてしまうのはどうなのか。


 少なくとも遊ぶなら、一軍に定着して主力となってからだろう。

 だがそれでもシーズン中に遊んでいられるほど、傑出した才能があると言うのか。

 それはない。もちろんドラフトで指名されるような選手は、誰だって才能は持っている。

 だが遊んでいてもどうにかなるような、圧倒的な存在など、大介は見たことがない。


 大介の場合は、努力と言うよりは、飢えである。

 もっと野球が上手くなりたい。もっと数字として残したい。もっと理想どおりのプレイがしたい。

 その飢えがある限り、他の欲望とは上手く付き合っていける。

 まあ食事と睡眠は、上手くなるための必要要素ではあるが。


 プロ野球選手のみならず、人間というのはある程度、仕事のために生きていると言っていい。

 仕事以外にも楽しみや人生があると言ってもいいのだが、大介の場合は自分の人生に野球が大きく関わっているので、野球以外にリソースをついやすることの意味が分からない。

 野球をやっていれば自然と、他のスポーツの関係者とも知己になるし、お偉いさんともつながっていく。

 自分の実力があるから、そういった人脈は生まれていくのだ。

 ライガースの選手だからと甘やかされるのは、それは違うだろう。

「大卒の同期らはどうなってんの?」

 そういえば山倉が一時期、調子を落としてはいた。

「ツネちゃんもちょっと引っかかって、慌ててテツさんが引き取りに行ったらしいよ」

 育成の星山田は、そういったところも苦労人である。


 ただ山田という成功例が出てしまったからこそ、育成まで甘やかされることになっているのではないか。

 大介は一軍では、二軍なんてのはプロ野球選手じゃないと、大物選手が言っているのを聞いたことがある。

 それは別に二軍を蔑んでいるとかではなく、プロはプレイを見せてこそプロという意識から出ていると後で聞いた。

 ならば二軍ですらない、育成登録はどうなのか。

 高卒が戦力になるのは時間がかかると言っても、育成契約というのは三年を限度としていて、そこで支配下登録されなければ、他の球団から手を出すことが出来るようになる。

 もちろん成長が見えていたら、もう一度契約してもらうことはあるのだが、成長が見えなかったら。


 大介は、酒も飲まない。

 それにつられて、大原も酒を飲まない。

 高卒の未成年どもには、当然ながら食わせるだけで飲ませない。

 それなのにウーロン茶は、苦いビールのように感じた。

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