第6話 実城新 雑音を払え

 ※ 同日投下のプロ編102話を先に読むことを推奨します。


×××


 美しい軌道の打球が、福岡ドームのスタンド中段に入った。

(間に合った)

 シーズン最終戦、実城の今季第10号ホームランである。


 試合後のヒーローインタビューに呼ばれるのは、これが二度目。

 プロ入り三年目にして、ようやく大器がその片鱗を見せ始めたといったところか。

 同期の中には既にチームの中心選手となっている者もいるが、俗にワールドカップ世代とも言われるこの世代は、一つ上と一つ下にいる、スーパースターに挟まれた世代でもある。

 あるいは残念世代などと言われることもあるが、評価はまだ早すぎるだろうと実城は思う。


 一年目も二年目も、高校時代のようには上手く打てなかった。

 一つ下の大介が、二年の秋からは木製バットを使うようになったのは、プロへ順応するためだったのか。

 だが彼はその飛ばないバットで、誰よりも多くのホームランを量産した。

 木製バットへの慣れというのが、まず一年目に活躍出来なかった原因だと思う。


 二年目は、純粋に経験不足。

 一年間をかけてようやく木製バットのスイングを見つけたが、純粋にプロのピッチャーのレベルに対応出来なかった。

 それでも二軍では、それなりの数字が残せた。

 さすがにハズレなどという言葉を聞くようになったのは三年目。

 特に高卒ルーキーとして、あの化け物が入ってきたのが大きい。

 三冠王などという、打者にとって究極の栄誉を手にし、さらに打率や打点を、半世紀ぶりに塗り替えるなど、圧倒的としか言いようがない成績を叩き出した。


 そして今年は、夢の四割打者。

 化け物などと言う言葉では、まるで足りない。

 ホームランを見たいなら、ライガースの試合へ行け。そんなことが福岡でさえ言われるようになった。


 三年目はシーズン序盤から、実城の調子は良かった。

 二軍での成績はウエスタンで打率10位以内、ホームラン数も五位以内に入っていた。

 だがここでまた問題になってくるのが、守備なのである。


 実城は守備が下手なわけではない。だが左利きで、ピッチャー兼任でバッティングを第一に優先させてきた。

 ピッチャーをやっていない時は、守備負担の少ないポジション。またそこそこの距離をダッシュする外野の経験がなく、ファーストばかりをしていた。

 するとピッチャーをしないプロでは、ファーストに実績のある外国人などがいると、ポジションが奪えないわけだ。

 パなのでDHもあるが、それこそ打撃特化の選手が入ってくる。

 福岡コンコルズは、そういった一芸特化の選手を見つけてくるのが上手い。


 あるいはパの他の球団だったなら、もっと早くから活躍出来ただろうか。

 そういった疑問も浮かぶが、福岡のコーチ陣はしっかりと、実城のバッティングの最適化を進めた。

 そしてチーム自体がそれを許す空気にあった。

 代打として使われるようになって、そこで結果を出すと、ファーストの選手が故障をして、そこに入るようになった。

 復帰まで一ヶ月と言われていたが、それだけの時間が経過しても、実城と交代することはない。

 怪我は治癒している。だが球団は、実城が伸びていく方を選んだのだ。


 実城の年俸は、まともに一軍で活躍していなかったので、二年で200万落ちている。

 本当ならもっと落ちても仕方なかったのだが、チーム事情で使えないということは分かっていた。

 そして外国人選手のパフォーマンスが落ちてきた今は、切り時でもある。

 ここから実城は、球団生え抜きの選手として、打順を上げていく。

 そして打率を上げて、ホームランを打ち、成績を残して年俸を上げていく。


 実質二ヶ月をスタメン、そしてあとは代打で出て、ホームランを二桁に乗せた。

 打率はまだ三割には遠く届かないが、長打は増えている。




 福岡はこの年、リーグ優勝を果たした。

 クライマックスシリーズでは二位の埼玉と三位の千葉の勝者を待つことになる。

 もっともこの年の千葉の躍進は、傷だらけの勝利であった。

 主力がぽこぽこと欠けた中、若手の出番が増えて勝つ。

 しかしその若手もまた、ハッスルしすぎて怪我で離脱する。


 Aクラス入りは出来たが、その勢いもここまでだと思われていたし、事実クライマックスシリーズでも、あっさりとジャガースに敗北してしまった。

 やはり主力の多くが欠けたというのが、こういった一勝の重さが違う試合では大きい。

 だがこれで主力が復帰し、育ってきた若手と競い合うことによって、千葉は強くなるかもしれない。

 監督やコーチの首がつながり、ようやく数年をかけた育成が出来るチームになっていく。

 もっとも北海道や東北も、本当に最後までAクラス入りは難しかった。

 さらに言えば神戸だって、かなり終盤まではAクラス入りの可能性を残していたのだ。


 そして福岡ドームにて、パの日本シリーズ出場を賭けた試合が始まる。

 埼玉ジャガースは今年、クローザーが欠けていると言われている。

 先発のローテでは福岡よりも強力なのだが、一番肝心のクローザーが定まらないこともあり、短期決戦は不利なのである。

 千葉は選手層が薄くなっていて、試合の途中までに勝敗が決まっていたので、ジャガースはあっさりと勝てたということだろう。


 そしてジャガースとのクライマックスシリーズ。

 実城は六番ファーストで、試合に出ることになる。




 今年のパの新人王は、間違いなく中村アレックスである。

 打率0.312のホームラン11本、そして盗塁が49と、特に盗塁王としてのタイトルを取ったことが大きい。

 二年前の織田の成績を、おおよそ半回りほど上回った。

 ホームラン数なら北海道の後藤が上回ったが、それ以外ではアレクが上回っている。

 チャンスではしっかりと打点も積み重ねていくのだ。

 埼玉はだいたい、新人がちゃんと育つことが多いが、これも一年目から結果をしっかりと出してきた。

 夏場にはやや成績が落ちたが、高卒の新人が三割、二桁本塁打、盗塁王というのは恐ろしい成績である。


 福岡ドームで行われた試合は、当然ながらそのアレクが先頭打者である。

 ファーストを守る実城は、高校生の時、関東大会でアレクと対決している。

 確かに凄い素材だとは思っていたが、高校在学中にここまで成長するとは。


 アレクの世代は、白富東は、甲子園で五回決勝に進み、四回優勝した。

 成績だけならSS世代よりも上なのである。

 そんな最強チームで入学からずっと、最後まで一番打者だったのがアレクである。

 岩崎や直史、武史に淳といった、本格派から技巧派、軟投派まで、とにかく色々なタイプのピッチャーに、投げてもらう機会が多かったのが大きい。


 福岡との初戦も、先頭打席で綺麗なヒットを打ち、すかさず盗塁してきた。

 福岡のキャッチャー二ノ宮も、悪いキャッチャーではないのだが。

 埼玉は先取点を初回に取った。


 アレクの評価要素は打撃や走塁もだが、守備も大きい。

 埼玉はセンターラインの中で、センターだけはやや弱かったのだが、アレクの守備範囲は広い。

 それは間に合わないだろうというボールも、スライディングでキャッチしてしまう。

 球場によってはホームランを、強引にキャッチしてしまうということもあった。


 おそらく新人ながら、パのゴールデングラブ賞を取るだろうと言われている。

 外野は他に織田も取るだろうから、残りの枠は一つである。

 去年はセのショートで大介も取っているが、新人の守備力向上が著しい。

 プロは毎年新人が出てくる世界なので、こういうこともないではない。

 

 初戦はそのアレクの活躍もあって、ジャガースが勝利した。

 しかしそこから福岡は、打撃力爆発の試合を展開する。

 ジャガースの投手陣もなんとかそれを抑えていくのだが、打線の援護がなかなかない。

 福岡もピッチャーの枚数はそろっているのだ。


 二番から五番までが、ホームランを20本打っているという重量打線。

 そして一番と、六番の実城も10本を打っているので、パを含めても全てのチームの中で、打撃力は一番なのだろう。

 もっともライガースは、大介が一人で58本も打っているので、それはそれで脅威なのだが。




 プロに入って三年目、ようやく実城は適応したといっていい。

 覚醒ではない。元々これぐらいのポテンシャルはあったのだ。

 一軍の試合では使ってもらえなくても、ウエスタンの試合では出してもらったし、あとは独立リーグが社会人との練習試合もあった。

 レベルの高さに適応するだけの才能は、元々あったのだ。


 このクライマックスシリーズでも、一本塁打の三打点。

 最初の試合を落としたものの、そこから三連勝して、福岡は日本シリーズに進んだのである。


 上杉がセのチームに入って、三年連続で日本シリーズはセが優勝している。

 率直に言うと、ライガースのチーム力は去年よりも上がっている。

 交流戦も去年は全勝したのに対し、今年は一勝二敗と負け越した。

 もっとも今年は埼玉が一勝一敗一分に終わった以外は、全チームが負け越したのであるが。


 それと去年、ライガースは実は日本シリーズでは、足立を使えなくなっていた。それでも勝った。

 今年は外国人をクローザーに据えて、しっかりとシーズンを戦ってきた。

 勝ち星も勝率も、去年よりも上げてきている。

 だがリリーフ陣とクローザーの能力は、去年の方が良かったのではないか。

 特に足立というベテランを失って、外国人に頼っている。

 セーブ機会が減ったということもあるが、防御率は足立よりも悪い。もちろんセーブ機会成功率も。


 ライガースの先発は、FAの柳本、育成の山田、ルーキーの真田と、新しい選手が一気に育った。

 それにやや劣るクラスでも、かなり勝敗のつくピッチングをしている。

 リリーフ陣も強化しているように見えるが、先発に転換した琴山がいるので、わずかに去年より劣るかもしれない。

 ただ柳本や真田は、かなりの完投能力を持っているのだが。


 去年はパの球場から始まったので、今年はセの球場から。

 甲子園球場で、まず日本シリーズは開始される。

 福岡が勝ってから、中六日で日本シリーズは開幕する。

 ライガースは今年は勝ち頭ではなかったが、それでもエースの柳本。

 対する福岡も、今年のパの最多勝投手である武内。

 もっともこの対決は今年の交流戦でも行われ、その時は大介のホームランもあり、ライガースが勝利している。


 予告先発もされ、チケットも売られて、天気の心配もなく、日本シリーズ初戦。

 懐かしい甲子園で、帰ってきたと思いながら、実城は試合を戦う。

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