第13話 長屋の医者(5)危険
狭霧は1人、目的のものを探していた。ありふれていて、実は毒を含んでいる物。
それは人が思っているよりも多い。
(これでいいか)
春から初夏に可憐な白い花を咲かせる植物だ。今はもう、花はついていない。
それを手折って、そっと紙に包んで懐に入れる。
それから、咲いている別の花を摘む。
そこで、遠くにその人物を見付け、スッと気配を消して身を隠した。
その人物は旅の行商人のような格好をしており、山道を1人、歩いていた。
その彼が行ってからしばらくは身を潜めたままでいてから、狭霧は気配を戻して道を戻って行った。その時には表情も普通に戻っていた。
翌日、源斎の家から、親子が出て来た。そして、長屋の隅に立ち、小声で話し出す。ちょうど狭霧達の家の前だったので、忍びの聴力をもってすれば、内容を聞く事は容易い。
「薬がないと、おとっつあんが死んでしまうなら。あたし、いいよ」
「でも、ハナ。わかってんのかい?岡場所がどういう所か」
「わかってる。心配しないで、おっかさん。岡場所に行けば、ご飯も食べさせてもらえるだろうし、きれいな着物だって着せてもらえるよ。大丈夫。どうって事ないわ」
笑って14ほどの娘が言い、そして、ぽろぽろと涙をこぼし、母親と抱き合った。
何を言われたのか、想像する事はできた。
「許せないわね」
八雲がぼそりと言った。
「自然死か事故に見えるようにしないと。
今晩、仕掛けるよ」
狭霧はそう言って、採って来たその植物を見た。
その晩、狭霧は屋根裏経由で源斎の家の土間へ音もなく降り立った。
用意して来た植物を水甕に入れ、球根の部分をぬか床に押し込む。
チラと見ると、ぬか床に押し込んだものとよく似たものが、刻んであった。ギョウジャニンニクだ。
(これで、娘が身を売らなければならないほどの金を取るつもりか。外道だな)
心の中で吐き捨て、酒を飲んで高いびきの源斎を見た。
(あんたがただの勉強不足ならまだ良かった。でも、これじゃあだめだ。あんたは改心しない)
狭霧はまた屋根裏経由で家に戻った。
翌朝、朝食の支度をするおかみさん達の声で長屋が騒がしくなる前に、いつも通りに狭霧達は朝食を済ませ、店へ行く。
そこで準備を済ませ、朝、昼の営業を済ませると、いつも通りに長屋へ帰る。
「ああ。お帰り」
「ただいま。どうかしたんですか?」
疾風が集まっているおかみさん達に訊くと、大工の妻のウメが代表して口を開く。
「それがさ。源斎先生が、まだ起きて来ないんだよ」
「引っ越してきてすぐに仕事をしてるし、疲れがでたんじゃないかしら」
八雲が言うと、
「医者の不養生ってやつね」
と、皆が笑い合う。
「左之助。先生にそれを持って行ってやろう。独り身だしな。飯も食わずに寝てるかも知れない」
煮物を入れた鍋を指して疾風が言い、狭霧は、
「うん。わかった」
と、源斎の家の戸を叩いた。
「源斎先生」
返事はない。
「おかしいわね」
八雲が皆の見ている前で、戸を開ける。
と、土間に倒れている源斎が目に入る。
「源斎先生!?」
狭霧、八雲、疾風が中に飛び込み、源斎のそばにしゃがむ。
「だめだ。
誰か、番屋へ走ってくれ。
あ、大家さんにもしらせないと」
「あ、あいよ」
慌ててバタバタと、おかみさん達が走り出す。
それを待って、狭霧は水甕の中に入れた植物を出し、ギョウジャニンニクのそばに置いた。そして水の残りは、疾風が念の為に流しに捨てた。
それが終わった時、バタバタと足音がして、大家が走って来た。
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