第12話 長屋の医者(3)裏の顔
源斎について、疾風が大家に肴を差し入れて聞き込んで来た。
遠州出身で、津村家は代々医者の家系で、その4男らしい。実家で研鑽を積んだという事だった。江戸に来たのは今回が初めてだそうだ。
この時代、医師を名乗るのに、国家試験はない。誰かのところに弟子入りし、勝手に名乗れるのだ。
「まさか、適当なのか、兄ちゃん?」
「無くもないな」
「ただのやぶ。という事は、今後も人が死ぬかも?」
クラリとしそうだ。
「やめさせないとまずいんじゃないかしら」
「お前はやぶだからやめろって言ってやめる?」
「ああ。頭痛い」
しばし考える。
「さり気なく、薬草の本を見せるとか」
八雲が言ったが、疾風が厳しい顔で言う。
「その前に、本人はどう思っているかだ。まっとうに医者として人を助けようと思っているのか。何となくそれっぽくしていれば稼げる、万歳、と思っているのか」
狭霧は立ち上がった。
「覗いてみようか。少しはわかるかも」
狭霧は源斎のところに行った。屋根裏伝いにであるが。
源斎は本を広げていた。医学書ではない。いわゆるエロ本だ。
勿論医者が医学書しか読まないとは狭霧も思っていない。なので、観察を続けた。
「はあ。医者を名乗れば親父や兄貴みたいにすぐに儲かるわけではないんだな。まあ、向こうは由緒正しいお医者様だもんなあ。
江戸まで離れたら、俺が遊びまわってた事を知らないから、医者を名乗ればすぐだと思ったのに。
でもまあ、適当に草とか根っことか木の皮とかを混ぜたりしてりゃ、それらしくなるんだから、いい商売だよなあ。へへへ。吉原とか早く行ってみてえ」
エロ本でその気になったのか、想像して締まりのない顔付きなったので、狭霧は引き上げる事にした。
戻り、疾風と八雲に、
「あれは人を殺す。医者という職業を、適当にしか考えていない」
と言った。
「やるか」
「ええ」
兄弟は方針を決めた。
織本は自宅で盃を傾けていた。
肴は、冷ややっこと浅漬けだ。
(今日の冷や汁は、美味そうだった。武士が食うわけにはいかんのが残念だ)
ねこまんまのメニューを思い出す。
武士には避けなければいけない食品がある。そのひとつがきゅうりだ。きゅうりの断面が葵の御紋に似ているため、徳川を食うとまずいというので、武士はまあ口にしない。
あとは、コノシロ。切腹の日の朝に食べるのがコノシロだから、これも避けられる。
もうひとつはフグ。毒があるので、あたって死ぬかもしれない。なので、武士たるもの、フグの毒で死ぬとは何事かという事で、禁止されている。
(つまらん)
溜め息をついて、盃をあおる。
(そう言えば、ねこまんまの兄弟は、何か気になるな。あそこで事件の話をした後、ほどなく解決したという事例がいくつもある。
どういう事だろう。知らない顔の、隠密周りの小物でも常連になっているのか。
それとも、あの兄弟が……)
気の良さそうな隼太郎、気が強いがややおっちょこちょいで当たり前の女でしかない八重、どことなく小さくて体が弱そうで大人しい左之助。
順番に思い浮かべ、
「まさかな」
とかぶりを振って、否定する。
(ただの町人の兄弟だ。
それとも、そう装った何者かだとでもいうのか?)
笑いかけ、知らず、真面目な顔になった。
「まさか、な」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます