第14話 長屋の医者(6)誤食

 垣ノ上と文太は、ねこまんまで源斎の死因を話していた。織本や富田などの常連客も聞いている。

「ありゃあ、間違ってスズランを食っちまったらしいな。ギョウジャニンニクとよく似てるそうだ。ぬか床の中に根が漬けてあったし、流しに茎と葉が残ってた」

 それに、富田が訊く。

「ギョウジャニンニクは、精がつくあれですよね。スズランは、あの綺麗なかわいい花でしょう?」

「ああ。かわいいが、猛毒らしいぜ。でも、とにかく似ているらしい。

 それと、他にも毒のあるものが見つかってな。反対に、雑草としか言えないものまで」

「雑草?」

 八雲が首を傾けて見せる。

「ああ。どうもあいつは、適当にそういうものを薬と称して売ってたらしい。この間死んだ安兵衛のところにあった薬にも、どうやら毒のある植物が混ざっていたらしい」

 それに、全員がざわめく。

「インチキだったってわけですかい、旦那」

「酷えな」

「留吉はどうなったんだ?あいつに高い薬を進められて、娘のハナちゃんが、14だってのに岡場所へ行く決意をしたとか聞いたぜ」

 常連客が騒ぎ出すのに、文太が言う。

「ハナはでえじょうぶだ。留吉は別の医者に診てもらって、空気の綺麗なところで養生すれば治るって言われたらしい」

 それで口々に、良かった良かったと安堵した。

 そして、各々帰って行った。

 織本は帰りがけに、

「お主ら……いや、いい」

と言って、帰って行った。

「何だろう?まあいいか」

 八雲は見送って、誰もいなくなった店内のテーブルを拭き始める。

「昼はこれでおしまいだ」

 疾風は暖簾をしまった。

 それで、狭霧が口火を切った。

「危険かも知れないよ」

 2人は、キョトンとした。

「何が?」

「あれを採りに行った時、気付かれなかったけど、見たんだ。久磨川衆の、兄ちゃんの1つ上のやつ。凪だった」

 2人は瞬時に、緊張した。

「ここがバレたのかしら?」

「たまたまかも知れないけど……わからないな」

「行商人の格好をしてたよ。あれは、つなぎを付けに来たのかな。それとも、探しに来たのかな」

 かつては織田信長にも使えた集団だったが、数も減り、今の主は小藩だ。里と江戸藩邸を定期的に行ったり来たりして命令を受けたり報告をしたりしているのだ。

 しかし3人が里を抜けた時は、主は播磨の近くだったので、連絡はもっぱら藩の方と取っていた。

「情報が入って来ないからな。

 気を付けていよう。万が一の時は、やるか、場所を変えるか」

 疾風が言って、八雲と狭霧は頷いた。


 久磨川の里では、首領が報告を聞いていた。

「そうか。

 で、八雲達の方はどうだ」

「遺体は見つかっていませんし、足取りもつかめていません」

「病で体を弱らせていた狭霧を連れているんだ。そうそう早く移動はできない筈だぞ」

「はあ。遺体が海に流れてしまった場合は見付からないので、もしかすると」

 首領は考え込んだ。

 息子は、八雲を逃がした事で、イライラとしている。

「行先は長崎で間違いはないだろうからな。

 長崎行きの船はどうだ」

「それらしい人物は」

 息子は、ガンと膝を叩いた。

「もう着いたんじゃねえか?狭霧を殺させないためにあいつらはここを抜けやがったんだ。何としても長崎に行くはずだ。長崎に人を送ろうぜ、親父」

 それでも首領は考えていたが、やがて、はっと目を見開いた。

「まさか、それは嘘だった?」

「はあ?熱も下がらなかったし、食べ物も受け付けなかったし、ふらふらしてやがった。おばばも、まさか仮病だったら気付くはずだし」

「いや、わざと病になって、それを自分でコントロールしていたとしたら?」

「そんな事、できるわけが……」

 しかし、見習いの教師役だった男が重々しく口を開く。

「狭霧は薬草の知識にも秀でていました」

 シンとした空気が流れた。

「では、どこへ向かう?」

 答えたのは、教師役の男だった。

「反対側。東」

「江戸、か?」

「舐めた真似をしやがって」

 首領の息子が、いきり立った。



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