第11話 急造捕手
場内アナウンスで守備位置の変更を伝えられた村野と新倉は、急いで古家のところに駆け寄る。二人とも困惑の色を見せていた。
「監督! どうして俺たちが交代しなくちゃいけないんですか!」
新倉が古家に詰め寄る。古家は表情を変えずに、言う。
「お前では、能美の力を殺すことになる。だが、お前の打撃はかっている。だから、お前をサードにまわす」
「俺が能美の力を殺している? 今日のピッチングは、ほとんどあいつの責任でしょ!? 四球連発で取られた点の責が、俺にあるって言うんですか?」
新倉は不満と怒りでまくし立てるが、古家は腕を組んだまま喋ろうとはしない。新倉のほうも、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、舌打ちをして防具を外し始めた。
「あのー、監督?」
横で二人のやりとりを見ていた村野が、様子を伺うように手を挙げる。
「どうした、村野」
「いえ、別に俺は監督の意向に逆らうつもりはありませんがね、どうして俺なんです? 確かに控えのキャッチャーの村田は怪我で出られないのはわかってますけど、もっと適役の選手がいるんじゃ……」
村野の当然の質問に対して、古家はやはり表情を変えずに答える。
「勘だ」
「は?」
予想もしていなかった古家の言葉に、村野は拍子抜けしたように目を見開いた。自分の聞き間違いかと思い、古家にもう一度尋ねようとするが、後ろで主審のプレイを急かす声が聞こえてきた。
「どうなってもしりませんよ……」
村野はそうつぶやくと、防具一式を身につけ、マウンドの能美のもとに向かった。
「村野さんがキャッチャーやるんですか?」
「よくわからんが、そういうことらしい。ま、打たれても責任はとれんぞ」
村野は能美の頭をポンと叩くと、
「とりあえず、お前はお前の力を信じて投げろ。今できるのはそれだけだ」
◆
村野は腰を落とし、タイタンズの七番打者、岡田を見上げる。
「よお、今年からタイタンズにトレードされたんだってな」
「ええ。前のチームではお世話になりました、村野さん」
村野は五年前に所属していたチームで、ルーキーの岡田を一年間だけであるが面倒を見たことがあった。トライアウトやトレードで複数の球団を渡り歩いてきた村野の顔は広く、その人あたりの良さから、何人もの選手の世話をしてきている。岡田もその一人だった。
「よかったじゃないか、人気も実力もあるタイタンズに入団できて」
「いえいえ、毎日死に物狂いで練習しないと二軍でも居場所が無いですよ」
「はは、やっぱりそうか。どうりでバッティングフォームが変わってるわけだ」
「え?」
「あんなに頑固者だったお前も、丸くなったもんだな」
不思議そうに村野を見つめる岡田をよそに、村野は穏やかな表情で能美にストレートを要求した。
「ボール!」
しかし、高めをわずかに外れ判定はボール。続く2球目、3球目に投じたストレートも同じように高めに外れ、これでカウントがノースリーとなった。
初回の押せ押せムードに沸き立つタイタンズファン。一方でシャインズファンからはため息や小さな悲鳴に混じって「ピッチャー代えろ!!」という怒声も聞こえてくる。
この完全アウェーの状況の中、村野は落ち着いて岡田を見上げていた。捕手という未経験のポジションではあるが、投手はコントロールのいい能美。さらに、150kmを越えるようなスピードボールがあるわけでもない。捕ることに関しては難しくないことだった。
(よし、コントロールもいつもどおりに戻ってきたな)
村野は打席に立つ岡田の表情を観察する。
(岡田はノースリーからでも打ってくる奴だったっけ。それにこのノーアウト満塁のチャンス……ここはどうしてもモノにしたいはずだな。ここは、少し賭けにでてみるか)
村野が能美にサインを出す。真ん中低めのストレート。その構えを三塁で見ていた新倉は眉をひそめた。
(おいおい、村野さん。そこは岡田の一番得意なコースじゃないですか)
岡田が低めに強い、というのはミーティングでも話した内容だった。去年の岡田の打率が二割四分なのに対して、低めの、それも真ん中低めともなると三割を軽く越してくる。
新倉は舌打ちをして、ベンチの中でじっとマウンドを見つめている古家監督を一瞥した後、マウンドの能美に視線を移した。
(打たれてさっさと交代しちまえ)
村野のサインに能美が首を縦に振る。投じられた4球目は村野の構え通りに向かっていく。岡田がその得意コースを見逃すはずがない。バットを振りぬき、真芯で捉えた打球はぐんぐん伸びてバックスクリーンに突き刺さる満塁ホームラン――――になるはずだった。しかし、岡田のイメージとは対照的に、打球は能美の真正面に転がった。
「能美! ホームに投げろ!」
村野が大声で指示を出す。ボールが能美から村野に渡りワンアウト。さらに村野がすぐさま三塁に送球しツーアウト。
「新倉! 一塁間に合うぞ!」
今度は新倉が一塁に送球し、打者走者である岡田をアウトにする。
一度に三つのアウトを奪う――トリプルプレイの完成に、観客席から大きなどよめきがおこった。
「ナイスサード!」
村野が呆然としている新倉に声をかける。自分がどれだけ能美に投げさせても取れなかったワンアウトを、村野はたった4球で取ってしまった。しかも、トリプルプレイというおまけ付きで。狙ったのか、偶然なのかはわからないが、リトル時代から捕手一筋でやっていた自分が、急造の捕手にこんな形でお株を奪われたかと思うと、悔しい気持ちがふつふつと湧いてきた。
「村野さん!」
ベンチに引き上げようとした村野を新倉が呼び止める。
「さっきのトリプル……あれ、狙ってたんですか……?」
「ん? まあな」
村野のあっさりとした返事に、新倉は思わず奥歯をかみ締める。しかし、村野はハハっと軽く笑うと、
「冗談だよ。トリプルなんか狙ってできることじゃねぇだろ。偶然だよ。ぐ・う・ぜ・ん」
「じゃあ、岡田が打席に立ったとき、村野さんなんて言ってたんです?」
「あぁ、あれか。フォームが前と変わってるな、って言ったんだ。ささやき戦術ってやつか? はまってくれれば儲けモンくらいにしか思ってなかったけど、うまく信じてくれたみたいだな。岡田には悪いことをしたけど」
そう言って村野はがっくりと肩を落としながら外野の守備に向かう岡田を見た。
「まぁ、ゴロを打たせる努力はしたぞ。高めのボール球で目線を上げといて、低めのストライクで引っ掛けさせる……。トリプルは出来すぎだがな」
村野はもう一度笑って新倉に言う。
「俺も昔はそれでやられてたからな」
◆
「いいリードだった。さすがはベテランだな」
「二軍暮らしの長い俺には褒め言葉には聞こえませんよ、それ」
ベンチに戻った村野は、古家の言葉に苦笑しながら腰をおろした。
「能美はこの回で交代ですか?」
「ああ。梅河を準備させてるからな。なんだ、まだキャッチャーしたかったのか?」
「まさか。冗談きついですよ」
古家は「そうか」と言うと、ベンチの端に座っている新倉のところへ向かった。おそらく次の回からはまた新倉がマスクを被るのだろう。不満そうな顔で古家の話を聞いてはいるが、小さく何度もうなずいているのを見ると、交渉は成立しそうだ。
村野は大きく息を一つ吐いた。さっき一回の裏が終わったというのに、すでに体は一試合丸々やった感覚だ。
(慣れないことはするもんじゃないな)
ふと見上げた電光掲示板には、今日二度目の153kmの数字が表示されていた。
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