第5話 ウルズ×カミューとミント

 昼休憩になりやれやれと教科書などを片付けていると、

「今日のパーティーの参加人数をシアに伝えに行くんだけど、一緒に行くかい?」

 と、カミューがウルズに声をかけてきた。

 昨日の夕飯から何も食べていないウルズは今すぐにでも昼食をとりたかったが、少し考えてついて行く事にした。そして、誘っていないミントを含めた3人で、剣士科の校舎へと向かう。

 ミントはその場の空気に馴染むのが実に上手く、ウルズとカミューがミントがいる事に疑問を抱いたのは、剣士科の校舎に入ってからだった。


 ウルズ達の魔法科は、学んでいる魔法の種類と学年でクラスが分けられているが、他の学科は副専攻科目と学年で教室が分けられている。なのでウルズ達は、1年のシーフクラスに向かった。

 シーフクラスの教室に着き教室の中を覗いてみたが、直前の授業が他の場所で行われていたらしく、生徒の姿が殆ど見当たらない。

「おらへんな」

「実技の授業だったのかもね」

 そんな話をしていると横を通って教室に入ろうとする男子生徒がいたので、彼を捕まえて尋ねる。すると、

「スノーマンさん? あ、僕あまり親しくないから他の子に聞いてくれるかな」

 そう言ってすぐさま話を切り上げて、そそくさと自分の席に戻ってしまった。その素っ気ない態度にウルズがカミューを見ると、

「ま、いつもの事だ」

 カミューは肩をすくめ、

「せっかく同じクラスにいるのに、勿体ないなぁ」

 ミントが信じられないといった風に、首を左右に振った。

 男子生徒の反応を見てウルズは、モスという町でアイシャがウルズに嫌われるのではないかと不安がっていた事を思い出した。

 クラスメイトからあのような態度を取られているのなら、アイシャが人に倦厭される事を恐れていても仕方がない。そんな事を考えていると、

「あ、あの子に聞いてみよう」

 カミューが、視線を窓際の席に着こうとしている女子生徒に向けた。そして教室に入り、「すみません」とその女の子に声をかける。

 女の子は顔を上げ、垂れ目のカミューを「誰かしら」という表情で見てから、

「あぁ、あなたは確か……、スノーマンさんの所に来ていた人」

 と、指を差した。今日のカミューは金髪なので、すぐに思い当たらなかったらしい。

「アイシャを探しているんだけど、どこにいるのか知らないかな?」

 そうカミューが質問してみたところ、

「さっきは実技の授業だったから、まだ着替えているんじゃないかと思います」

 そんな答えが返って来る。教えてくれた事に対して、

「ありがとう、邪魔したね」

 とカミューは礼を述べると、廊下で待とうとウルズとミントに手で示した。


「僕でも貴族と一緒に食事が出来れば、光栄だって思うんだけどなぁ」

 先ほどの男子生徒の態度を思い出したのか、遠慮とは無縁そうなミントが、「勿体ない」とまた零す。

 そして壁にもたれかかりながら、廊下のどちら側からアイシャが来るのか、時折左右を見て確認していた。

「大丈夫、シアにはちゃんと判ってくれている友達が2人いるから。彼女達とは遊んでいるみたいだよ」

 カミューは数日に一度、休憩時間になるといなくなる時があり、ウルズ達は恋人か寮に置いてあるヤングッズを愛でに行っているのだろうと噂していたのだが、アイシャの所に行っていたようだ。

 そして暫くすると廊下の向こう側から、アイシャが2人の女の子と喋りながらやって来るのが見えた。

 カミューが腕を上げて手を振る。それに気が付いたアイシャが小走りでやって来て、

「お兄さん! ウルズ! それに……えっとぉ……」

 初対面のミントを青い瞳で見つめる。そんなアイシャにカミューが紹介すると、

「はじめまして、アイシャちゃん。よろしくね」

 ミントは人懐こい笑顔で手を差し伸べて、アイシャとしっかり握手を交わした。カミューがミントの「ちゃん」付けに良い顔をしなかったのは、言うまでもない。カミューはミントの鼻に指先を突き付けて、

「シアには、絶対に、駄目だからな」

 区切りながら強い口調でミントを制した。

ミントは町で色んな女の子と遊んでいるので、同じ様な扱いをアイシャにはするなよと釘を刺しているのだ。

 そんなカミューの手をミントは払い除けて、

「分かってるよ。でも話するぐらい良いだろぉ?」

 拗ねた感じで言い返す。

 そんな2人のやり取りをウルズが腰に手を当てて見ていると、

「ちょっと、そこの貴方!」

 アイシャの後ろにいる、アイシャの友達から声が掛かった。

 馴れ馴れしいミントへの苦情かと思いきや、

「貴方、なかなかだわ!」

 そう言うや否やポケットに手を入れて、素早く何かを取り出した。

 ジャッと音を立てて引き伸ばされた物–––。それは、メジャーだった。何かの長さを測る時に使うアレだ。

「サイズ、測らせて頂戴」

 ウルズへの唐突な発言に、ミントがその女の子とウルズを見比べて、

「知り合い?」

 と、ウルズに尋ねる。

 その質問にウルズは「いや」と否定し、一歩後ろに下がってメジャーを持つ女の子から離れた。

 そして、どうすれば良いのかとアイシャを見てみれば、

「彼女達はこの学校に通っているけどデザイナー志望で、お洋服を作ったりしているの。彼女がローネで、彼女がグリエ」

 アイシャが友達の2人を紹介する。

 メジャーを取り出した女の子がローネで、アイシャより少し背が高く、金髪と濃い青色の瞳をしている。

 そしてグリエは3人の中で1番背が高く、ショートカットがよく似合うスレンダーな少女だった。茶色に近い金髪に灰色の目が益々ボーイッシュな印象を抱かせる。2人は幼い頃からの友達で、よく2人で服を作っているのだとか。

「なかなかいい服を作るよ。この前作ったシアのドレス、シアにとても似合っていたし。将来は良いデザイナーになるだろうね」

 彼女達が作った服を見た事があるらしくカミューがそう補足し、その褒め言葉にローネとグリエが喜んで礼を言う。

 アイシャの2人の友達はデザイナー志望だけあって、センスの良いファッショナブルなデザインの服を着ていた。

「今回の誕生日のドレスも彼女達の作品さ」

 そんなカミューの説明にグリエとローネは笑顔で頷き、今度はアイシャがその2人に、ウルズとミントを紹介した。

 お互い軽く挨拶を交わすと、グリエとローネは、

「私、魔法科の生徒って、もっと暗いんたと思ってたー」

「私も! 帽子にキノコを生やして『ヤン、ヤン~』ってヤン・クエイントの名前を呟いているのかと思ってた!」

 キャッキャッと女の子らしい笑い声をあげて、楽しそうに喋り出した。

 そんな会話に、

「あながち間違えていないけど……ねぇ?」

 ミントが意味深にカミューに意見を求めて、カミューに頭を押さえ付けられてしまった。


 偏見で話が盛り上がっている女子2人をウルズも眺めていると、思い出したのかローネが再び「サイズを測らせて!」と、ウルズに迫ってきた。

 長身で細いが筋肉の付いているウルズの体型が余程気に入ったようで、目付きが怪しい。

「彼女は気に入った相手を見付けたら、誰にでもそうなるみたいだよ」

 カミューは、ローネのお願いを何度も断るウルズに笑いながら説明した。

「で、用件は? 俺めっちゃ腹減ってるんやけど」

 なんとかローネの頼みを断り切ったウルズが、今にも鳴りそうな腹を押さえてカミューを見る。

「あ、そうだった。シア、誕生日パーティーの参加人数なんだけど」

 カミューが本題に入り、クラスメイト全員が参加する事や、放課後の段取りについてアイシャと話し始める。

 その傍らでミントが、ローネとグリエを相手に雑談し始めた。数年来の友人のような馴染み具合を見せるミントを目にしてウルズは、

(こんな僅かな時間でそこまで仲良くなるとか、これはもう一種の才能やな)

 と、呆れるどころか感心してしまい、小柄のミントをマジマジと見つめる。そうして眺めている内に、とうとうウルズの腹が鳴ってしまった。剣士科の生徒達が昼食をとり始め、良い匂いが漂ってきたからだ。

「お腹の人がないてる……」

 アイシャがウルズの腹を見てそう呟いたので、

「腹の中に人はいません」

 すかさずウルズがツッコむ。そんなウルズを見上げてアイシャが、

「私ね、ウルズとお兄さんの分のお弁当を持ってきたの。ちょっと待ってて」

 そう言うと、早足で廊下を戻って行った。

 再び戻ってきたその手には大きな袋があり、重そうに運んでいる。大食いのウルズに合わせた量だと分かる大きさで、ウルズはアイシャの元へと駆け寄ると礼を言って、代わりに持った。

 その様子を見ていたミントが、

「そうだ、一僕らの教室で一緒に食べない?」

 アイシャとローネとグリエを誘う。

「魔法科で?」

「そうそう、こんな機会でないと、魔法科の校舎に入る事なんてないでしょ?」

 ミントは2人に笑顔を向けたまま、軽い口調で続ける。

「魔法科の校舎はこことはまた違う造りの校舎だし、魔法関連の珍しい物も沢山あるしで結構面白いよ。知っての通り魔法使いは体力と力がないから服にも工夫を施すんだけど、そういうのも展示しているし」

 と、ローネとグリエが興味を持ちそうな言い回し方で説得する。

 グリエとローネは顔を見合せて、

「魔法科って気になるけど、色んな意味で怖いっていうか……。たしかに、こんな機会じゃないと近付かないかもね」

「ほら、この前の試合で、負けた人達は魔法科の校舎覗いて来いーってなった時、結局誰も行かなかったしね」

 と頷き合う。

 それを聞いたミントは両腕を上げて、

「ちょっと、ちょっと! 魔法科を罰ゲームの罰みたいに扱わないでくれるー!?」

 おちゃらけた感じで異議を唱え、アイシャ、ローネ、グリエの笑いを誘った。

 ウルズやカミューが誘えば迷わず付いてくるアイシャは勿論だが、ローネとグリエも行く気になったようで、ミントと言葉を交わしてはコロコロと可愛らしく笑う。

 その様子を黙って見ているウルズの隣にカミューがやって来て、

「街でもあんな様子なのかね」

 ミントに聞こえないよう小声で言い、ウルズは苦笑いを浮かべて、「かもな」と答えた。

 今日の魔法科校舎の2階は、間違いなくいつもより騒がしくなるだろう。下の階から苦情が来なければ良いが……。

 そう思っているウルズと、彼を見ていたアイシャの目が合う。

 今日めでたく16歳の誕生日を迎えたアイシャは、いつもと同じ笑顔でウルズに微笑みかけた。



続く。

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