第3話 ウルズ×プレゼント作り

 鍛冶屋の店主のオレーグが作業場に戻った後、ウルズはペンを持って魔法書をペラペラめくり始めた。

 ウルズがペンダントに刻もうとしている魔法語は、回復・防御系の魔法の効果を増幅させるもの。よって、回復・防御系の章を開く。

 ヤン・クエイントが著者の魔法書なので、本には基本的な名詞と動詞、文法しか載っておらず、それ以外の言葉は授業やクラスメイト達から得た知識から引っ張り出さなければならなかった。ノートを出したのは書き込む為ではなく、この為だった。

 そしてそれらを基に、魔法語の文法に則って言葉を変化させたり付け足したりしながら、魔法語を書き連ねていく。

 そうして出来た文を、今度は別の紙に書き込んでいく。

 角度の違いで全然違う意味になってしまう文字があるので、注意が必要だ。多くの店が魔法語を刻みたがらない理由がこれだった。

 魔法語を書き込んだ事でその紙は、回復・防御系の魔法に反応する魔法の紙となった。

 次に、授業で憶えた防御の呪文を、その紙に向かって唱える。

 すると紙がウルズの魔力に反応して、青白く光り出した。

 唱えながらゆっくり紙に手を近付けていくと、途中で目に見えない魔法の壁によって近付くのを阻まれ、その魔法の壁目掛けて指を弾いてみたところ、硬い感覚が指に伝わって来た。

 その感覚を憶えている内に、ただの消しゴムに対して全く同じ防御魔法を唱え、同じ様に指を弾く。

 たしかに爪に当たった感触はあるが、魔法語が書かれた紙に比べて弱々しく感じる。

 こうして、ウルズが考えた魔法語がきちんと機能している事が証明された。

 実践で使ってみない事にはどこまで増幅さたのか分からないが、何も無い時よりも良いのは確かだ。

 そうやって作業に区切りがついた拍子に、

「ふぁぁぁ……」

 大きな欠伸が出た。

 時計を見ると、いつの間にか1時を過ぎていて、眠たいはずだとまた欠伸をする。

(おっちゃんには悪いけど、仮眠取らせてもらおうかな。けどその前に……)

 小さい方の鞄を開けて、報酬金の入った封筒を取り出した。

 ネックレスを購入した事で財布の中身が少なくなったので、補充しようと思ったのだ。

 しかし、封筒の中身を見た途端に、ウルズの動きがピタリと止まる。

 金額はラディーから聞いていたので知っていたが、実際に現金を目にするとその多さに少し戸惑ってしまったのだ。

(金持ちって……)

 住む世界の違いに頭がクラクラする。

 特に護衛の報酬金が多かった。

(この金、どこから支払われてるんやろか?)

 そんな事を考えている内に徐々に頭と瞼が下がって行き、ウルズは鞄を抱き込むようにしてカウンターの上に伏せてしまった。


 どれくらい時間が経っただろうか。

「ウルズ、ウルズ」

 肩を揺さぶられる感覚が、ウルズを夢の世界から引き戻した。

 顔を上げて重い瞼を開けると、オレーグの髭面がそこにあり、

「あっ!」

 ウルズが身体を起こす。慌てて時計を見てみれば、もう4時を過ぎていた。

「おっちゃん、ごめん」

 申し訳ないと謝ると、オレーグはウルズの頭をポンポンと軽く叩き、「かまわんよ」と許してくれた。

「それより、今から魔法語を彫るぞ」

「分かった……なんやけど、おっちゃんは寝やんで大丈夫なん?」

「一応仮眠取ったから、大丈夫だ」

 オレーグは先に奥の部屋へと向かい、ウルズはペンと紙、それと大事な鞄を持って後をついて行った。

 奥の部屋は、作業場の火の熱気が流れ込んで来ていて少し蒸し暑い。

 その部屋にある作業台の上には三日月形の銀の飾りが置いてあり、スノーマン家の紋章が既に彫られてあった。

「すげーーっ! 器用すぎっ!!」

 その見事な出来栄えを褒めると、オレーグはニヤリと口の端を上げて満足そうに笑い、椅子に座った。

 ウルズは、魔法語を書き込んだ紙を作業台の上に置き、オレーグが置いてくれた方眼用紙に文字を書き始める。

 方眼紙のマス目、縦4横4の16個を使って、注意点を教えながら魔法語を書き込んでく。

 説明が終わると今度はオレーグが、超小型のミノを使って慎重に魔法語を刻んでいった。

 この鍛冶屋の店主は本当に腕が良く、そのゴツゴツとした大きな手からは想像出来ない繊細な技術と器用さを持ち合わせている。ウルズは、オレーグの熱い心と器用さに助けられて来たようなものだった。

 結局魔法語は裏表に彫る事になり、オレーグは小さいにも関わらず、失敗する事無く見事に彫り上げた。


「ばっちりや! ありがとう」

 ウルズが笑顔で礼を言うと、オレーグは「ふぅ…」と額の汗を拭い、

「あとはコレを付けるだけだな」

 ウルズが買って来たアメジストのペンダントを手に取った。

 そして鎖を外してから今彫り上げた三日月形の銀細工に通し、アメジストを付けてペンダントは完成した。

「彼女喜んでくれるといいな」

 オレーグは微笑むと、大欠伸しながら背伸びをした。かなり眠そうだ。

「コーヒーでもいれようか?」

「ああ、そうだな。頼む」

 ウルズはコーヒーをいれる為に、部屋を移動した。

 ヤカンに火をかけるとコップを2個を出して、スプーンでインスタントコーヒーを掬う。

 何度かオレーグに作った事があるので、彼の好みは知っている。山盛りのインスタントコーヒーに、角砂糖2つだ。

 それから沸騰した湯をコップに注ぎ、「いれたで」と、声をかけると、「おう」と返事をしてオレーグが部屋から出て来た。

 そして、

「ウルズ、これ。包んでおいたぞ」

 と、長方形の箱を手渡される。

 ウルズはその包装紙を見て、「なっ!?」と叫びたくなったのを、なんとか堪えた。

 何故叫びたくなったのかと言うと、オレーグが気を利かせてラッピングしてくれたその包装紙が、驚く程センスが悪かったからだ。

 黒の背景に、斜めに走った金色のストライプ、その上にピンクや赤のハートが沢山描かれており、一体どこで売っていたのかと聞きたくなる程のセンスの悪さだった。

「どうだ、想いが伝わりそうだろう? ハートが沢山あるのがまた良い」

 指さしながら鼻高々に言うオーレグに、

「せ、せやな」

 ウルズは愛想笑いで頷くしかなかった。

 箱を鞄に入れて代わりに財布を取り出し、「いくら?」

 と尋ねる。23Gと言われたので、ウルズはわざとお釣りが出る様に支払った。

 そしてオーレグが背中を向けてお釣りを数えている間に、アメジストのペンダントを入れていた包装紙と箱、それから紙袋を鞄に入れた。


「じゃぁ、学校に行くわ」

 コーヒーを飲み終わり、カバンを背負う。それから、

「無茶を聞いてくれてありがとう」

 と、ウルズは再度礼を言い、

「いいって事よ、それより頑張れよ」

 オレーグは、ウインクをして親指をグッと立てた。

 そんなオレーグに、ウルズは苦笑いを浮かべて外に出る。

(今度おっちゃんの好物、沢山買ってこよ)

 そんな事を考えながら、いつもより人通りの少ない朝の道を歩く。

 朝日を浴びながら、しっかりと大事な鞄を抱えて。



続く。

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