第2話 ウルズ×悪い子

「おっちゃん、ごめん!」

 ウルズは鍛冶屋に飛び込むと扉の鍵をかけ、肩で息をしながら大事な鞄をカウンターの上に置いた。

 ウルズの視線の先の作業場からオレーグが顔を出し、

「おぉ、戻って来たか。気にするな、仕上げなければならない仕事があったからな」

 額の汗を拭いながらやって来る。首も汗で濡れているのが一目で分かった。

「で? 何を作るんだ? 防具は必要ないと前に言っていたし剣でもないのなら、他はアクセサリーぐらいしかうちにはないんだが?」

 オシャレに無関心なウルズがアクセサリーを買うとは思っていないようで、はて?と眉を動かす。

「そ、そ。そのアクセサリーが欲しいんや。出来れば今日中、遅くても明日の夕方までに」

 と、ウルズが人差し指を立てて答えれば、「本気だったのか!?」とオレーグは驚きの声を上げた。ただし驚いたのはアクセサリー購入ではなく、時間の方。

 ウルズは顔の前でパンッ!と手を合わせ、

「無理を言うてるんは分かってる。でも明日が期限なんや。こんな事頼めるんは、おっちゃんしかおらへん!」

 と、頼み込んだ。

 オレーグは、そんなウルズに目をやりながら隣にやって来て、

「なんだ、いつにもなく真剣じゃないか。彼女へのプレゼントか? そうだよな……ウルズももうすぐ16歳、彼女の1人や2人や3人は出来る年頃だな」

 髭を撫でながら感慨深そうに頷いた。そんなオレーグに、

「1人はともかく2人や3人はあかんやろ」

 と、ウルズは笑い、

「彼女やないんやけど、女の子にっていうんは合うてる」

 と告げた。すると急に、

「何? じゃ、片思いの相手か?」

 オレーグが興味津々といった体で、ズイッと身を乗り出して聞いてきた。

 ウルズは間違いを正そうとしたが思い留まり、口を閉じる。オレーグは恋愛話が好きなのかもしれない、そう思ったからだ。

 そういえば、この店主は頻繁に『彼女は出来たか?』と聞いてくる。ここは『そうだ』と言った方が都合が良さそうだ––––。

 ウルズはそう判断すると、

「そうなんや、俺な、やっと好きな子出来たねん……」

 表情でバレないように俯いてから、嘘の話を言って聞かせた。

「依頼の間にか?」

 更に身を乗り出すオレーグ、狙い通り話に食らい付いてきた。

 この鍛冶屋の店主が熱いハートの持ち主なのは知っていたが、恋愛話が好きなのは今初めて知った。

 ウルズは、意外に思いながらも俯き加減で頷いてみせ、

「そう、一緒に依頼をこなした子」

 と、返事した。

 勿論、嘘をついている事に心が痛まないわけではない。これでも一応心の中で手を合わせている。手を合わせながら吐いているのだ、嘘を。ウルズには、ずる賢い所があった。

「その彼女の誕生日が明日やって分かってん。やから、明日会う時に渡したいんや。そこら辺の売ってるヤツやなくて、世界に1つだけの……」

 と、さり気なくこの店が使っているキャッチフレーズを交える。

 ウルズはずっと俯き加減で喋っているのだが、それがオレーグに真実味を与えたらしく、

「分かった、みなまで言うな。他ならぬウルズの願いだ、協力させてもらうぞ」

 優しくウルズの肩に手を置いた。その言葉に笑顔で顔を上げ、

「ありがとう、おっちゃん!」

 ウルズが礼を言う。これは演技ではなく、笑顔も本心から出たものだった。

 それがオレーグの目には『好きな子に明日プレゼントを渡せる』と喜んでいる様に映ったらしく、笑顔でウンウンと頷いている。

 その優しい目つきにウルズの胸が痛み、

(ごめんやで……騙したりして)

 改めてそう心の中で謝った。すると、

「ついでに告白したらどうだ?」

 と、オレーグがノリノリで突拍子のない事を言い出し、ウルズを驚かせる。

「ええ!? そんなん無理やて!」

 何度も首を横に振って無理だと訴えるが、オレーグの方はかなり乗り気で、

「そんな事分からんぞ。折角のチャンスじゃないか、恋愛には勢いも必要だぞ。良い嫁さんを射止めた俺が言うんだ、間違いない」

 ワクワクした顔で強く勧めてくる。

 しかし、嘘の上にウルズの経験のない次元の話で、

(うーん、これはどう答えるべきなんやろか……?)

 と、悩む。そうやって悩みながら笑顔のオレーグを見ている内に、頷いた方が作業が捗りそうに思えてきたので、ウルズは1つ大きく頷いて、

「せやな。俺言うてみるわ」

 右手を握りしめて決心がついたかのように振る舞った。勿論、告白するつもりは毛頭ない。

 そんな事を知らないオレーグは、

「よし! 頑張れ!!」

 大きな手でバンッ!とウルズの背中を思いっきり叩き、ウルズの顔を顰めさせた。


「で、どんなデザインだ?」

 ウルズの頭をポンポン叩いた後、紙とペンをカウンターの上に置くオレーグ。そこに、ウルズが思い描いていたデザインを描き出していく。

 来る前に買った雫形のアメジストと太めの三日月型の飾りを合わせた絵で、三日月の上側の端に、アメジストをぶら下げた形の物だ。

「このアメジストは買うてる。こっちの三日月型の銀の飾りもん、この店で見かけたんやと思うんやけど?」

「ああ、あるぞ。と言っても、型に流し込んで創らんといかんが……。まぁ、それを作るのはそんなに時間はかからないな」

 オレーグの説明にウルズは頷き、

「で、中央に……」

 三日月型の一番膨らんでいる部分に円を描いて、

「紋章彫り込んでほしいんや出来る?」

「紋章?」

 オレーグが首を傾げる。

「彼女ん家の紋章。なんか、見本になる本とかない?」

 そう尋ねると、オレーグは本棚から本を取り出し、ウルズに差し出した。

 それはシティン版の紋章の辞書といえる本で、国内の貴族の紋章が紹介されている。

 その本を開き、

「ス、ス、と……」

 ページをめくりながら『スノーマン』の字を探す。そして、

「あった、これや」

 目的の紋章を見付けてオレーグに見せ、またしてもオレーグの目を見開かせたのだった。


「お、おい! 紋章って言うからどこの貴族かと思いきや、スノーマン伯爵家じゃないか!」

 ウルズと本を交互に見るオレーグに、

「そうなんや。身分が違うから告白失敗するやろうけど、ダメ元でやってみるわ」

 と述べるウルズ。

 伯爵家相手なら上手くいかなかったと報告しても、すんなり納得してもらえるだろう。

「で、その紋章の周りか裏に魔法語を刻んで欲しいんよ」

 と、希望のデザインを伝える。話を聞きながら本をジッと見つめていたオレーグは、「分かった」と1つ頷いた後に、

「だけどお前も徹夜だぞ。魔法語はお前がいないと刻み込めないからな。あともう1つ。他の仕事を先に片付けるからな」

 人差し指を立てて言い、ウルズは「了解」と返事した。


 時計に目をやると、10時になろうとしているところで、ウルズは、

「おっちゃん、メシは? まだなら何か作ろうか? あと奥さんに帰れやんって知らせてこよか?」

 ウルズはそう尋ねたが、

「大丈夫。夜用の弁当を食べたし、泊まりがけになるかも知れないと言って朝出かけたから」

 という返事が返ってきた。

「分かった。じゃぁ、俺ここで刻む魔法語調べるな」

 ウルズは椅子に座ると、鞄から紙と魔法書とノートを取り出し、オレーグは「さてと……」と椅子から立ち上って、腕を回しながら奥の仕事場に入って行った。



続く。

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