後日談 アイシャの誕生日
第1話 ウルズ×大忙し
アイシャの誕生日の前夜––––つまり、ルイセを保護した日の夜。伯爵家からの帰り道、ウルズは月を眺めながら歩いていた。
(……やっぱ、丸々は良くないやろ)
ウルズの思う丸々とは山賊の一団を捕まえた報酬金の事で、アイシャと2人で捕まえたものなのに報酬金を独り占めして良いものか……と考えていたのである。
頭の中で報酬の合計金額を弾き出す。
欲しい物を買い、故郷ノースへの帰国費用に当ててもまだ金は残る。しかもサンプの管理主であるアイシャの父親から、バーチからの礼金も後日届く予定だと聞かされていた。
(明日誕生日やし、プレゼントとして渡すか……)
報酬金の代わりにと言うのであれば、誕生日プレゼントとは別に何かを用意するべきなのだろうが、そうするとウルズの意図に気付いて受け取って貰えない可能性がある。なのでウルズは、何か特別な物をプレゼントしようと決めた。
(やっぱりアクセサリーやろうか。けどそこら辺にある様なもんやとアカン。紋章入りのペンダントとか? ……いや、紋章入りのリングを持ってたし、他になんか付け足すなり何なりしやな芸がない)
左手を口元に当てて考える。これは、物事を真剣に考える時のウルズの癖だった。
そして、
(そうや! あるやんか! ホガッタ家ならではの発想が!)
ウルズはアイデアが浮かんで、表情を明るくした。
ウルズの生まれ故郷のノースでは、独自の年月の言い表し方、つまり歴がある。そしてホガッタ家では、その暦で誕生日を示すタトゥーを彫る慣わしとなっていた。
ウルズの場合は、紫水期の蒼龍月生まれで、腕に紫の水を纏う龍のタトゥーが施されている。
そしてアイシャの誕生日は、従姉弟のライドと同じ紫水期の雨月。
そうやってアイシャの誕生日をノース暦に当てはめると、雫形のアメジストが脳裏に浮かんできて、そこから一気にペンダントのデザインが完成した。
こうしてイメージ出来たのは良いが、それらの材料を集めて作るとなると時間がない。
(歩いてる場合ちゃう)
ウルズは、時間節約の為に馬車を捕まえて帰る事にした。
ウルズは家に着くと自分の部屋に直行し、持っていた荷物を床に置いてから、別の鞄に教材一式と筆記用具、着替えを詰め込み始めた。
それが終わると今度は小さめの鞄に報酬金を入れ、先に荷造りしておいた鞄と一緒に抱えて家を出る。
先程捕まえた馬車にその場で待つように頼んでいたので、駆け足で向かう。馬車に戻ると御者に行き先を伝えて、商店街に向かって貰った。
そして商店街に着いて料金を支払うと、今度は雫形のアメジストを求めて宝石店に直行した。
夜の宝石店が昼間よりずっと綺麗に見えるのは、数々の商品がランプの明かりに照らされて輝いているからだろう。ウルズがそう思いながら店の中に入ると、
「いらっしゃいませ」
物静かに店員が挨拶した。
目的の物はないかと、探しながら店の中を歩く。
ガラスケースに飾られている宝石やリング、腕時計などが輝きを放ち、訪れた客の目を引こうとする。が、如何せん時間がない。
「どのような物をお探しでしょうか?」
ウルズが片っ端から見て回っている事に気が付いた女性店員が、営業スマイルで尋ねて来た。
「雫形のアメジストってありますか?」
「ペンダントならございますが、それで宜しいでしょうか?」
問題がないので頷くと、
「分かりました。では、こちらの方へ」
店員は手で示しながら、カウンターに近いガラスケースへとウルズを案内した。
そこには様々な宝石のネックレスが並べられており、ウルズはその中から雫形のアメジストを見つけ出した。大きさもイメージに近いサイズでホッとする。
「これを」
ウルズがアメジストを指さして求めると、
「これでございますね?」
店員はガラスケースから商品を取り出し、再度ウルズに確認を取ってから、カウンターに入って計算し始めた。
「18Gになります」
それぐらいなら、報酬金が入っている鞄を開かなくても財布にある。ポケットから財布を出して18G支払うと、
「18G丁度お預かりします。ありがとうございました。またお越し下さいませ」
店員は頭を下げて、ウルズを送り出した。
ウルズが次に向かったのは、剣に古代魔法語を刻み込んでくれる馴染みの鍛冶屋だった。
この街ではその店でないと古代魔法語を刻んで貰えず、ウルズにとって無くてはならない存在だ。
「その店でないと」と否定的な言葉で表現したが、実は非常にラッキーなのである。ウルズが剣に古代魔法を刻み込めているのはひとえに店主の厚意によるもので、対応して貰えないのが普通だからだ。
重い武器を使える魔法使いはいないし、そもそも古代魔法を操る魔法使い自体が少ない。その上、文字自体が難しいと来たものだ。つまり、需要がないだけでなく、彫るのに苦労が伴う代物だった。
ウルズの馴染みの鍛冶屋は最近アクセサリーにも手を延ばし始め、髭面店主の笑顔を見る機会が増えた。
『あなたがデザイナー。この世で1つしか無いアクセサリーを創ってみませんか?』をキャッチフレーズに広告を出したところ好評だったらしく、客が増えたのだとか。
その鍛冶屋の窓からは光が漏れており、太い腕を上げて壁に剣を飾ろうとしている店主の後ろ姿が確認出来た。
ドアにはまだ『OPEN』と書かれたプレートが掛かっていて、ウルズがセーフとばかりにドアノブを回す。
そして、
「おっちゃん、元気ぃ?」
と、声をかけながら店の中に入った。
その声で振り返った店主のオレーグが、「ウルズ!」
と、目を見開き、
「あんまり帰りが遅いから、一昨日学校に問い合わせたんだぞ! 無事は確認出来たが、心配したんだからな! これからは手紙ぐらい寄越せ、いいな? 怪我は? していないか?」
本気で心配してくれたのだろう。矢継ぎ早に言って、真剣な眼差しでウルズが怪我をしていないかチェックし始めた。
そんなオレーグに、
「心配かけてゴメン。怪我もしてへんし、元気や」
ウルズは両手を広げて、無傷である事を示した。
オレーグは「そうかそうか」と笑顔で頷き、
「で? どうしたんだ、こんな時間に」
そう尋ねると、ウルズはカウンターの上に荷物を乗せてから、
「ちょっと頼みがあって……」
と、オレーグを見つめた。
「今度はどんな文字を剣に刻み込むんだ?と言っても、今日中は無理だがな」
オレーグが壁に掛けた時計に目を向ける。この店は8時が閉店時間で、あと数分で8時になるところだった。
「今日は違う目的で来たんや」
店のドアに掛けてあるオープンプレートを外そうとドアに近付くオレーグの動きに合わせて、 ウルズも顔を動かす。
「今日中か? もう閉店なんだが」
オレーグが扉を閉めてそう言うのに、
「出来れば今日中に」
ウルズが大きく頷く。
「重要な用件か?」
オレーグのその質問にもウルズは頷いて、
「おっちゃんなら引き受けてくれると思って、荷物まで持って来てもた」
笑顔で膨らんだ鞄を叩いて見せた。その様子にオレーグは大きなため息を吐き、
「分かった、分かった。ただし、話を聞いてくだらないと思ったら明日に回すからな」
人差し指を動かしながらそう念を押す。口調こそ呆れた様子であるが、ウルズに向ける彼の眼差しは優しい。
ウルズは礼を言うと、
「詳しい話……の前に、バイト先に挨拶して来ていい?」
外を指さして聞き、オレーグの了承を得てから報酬金の入った鞄を腕に抱いて、バイト先の食堂へと向かった。
食堂に入ると店主に挨拶をして、明後日からまた働くと告げる。
ウルズはそれで終わらせるつもりだったのに、店主が愛娘に顔を出させようとしたので、
「では、また」
と慌てて店を飛び出した。
自慢の愛娘が絡むと店主の態度がコロコロ変わって、非常に面倒くさいのだ。
そうして逃げるように食堂を出たウルズは、もう1つのバイト先である酒場へと急いだ。
酒場・ジェシカは満席に近い繁盛具合で、今日も中は賑やかだった。
カウンターで酒を作っているクールな雰囲気の男性がこの酒場のオーナーで、名前をルーシャスと言う。背が高く、茶色の髪を長めに伸ばして後ろで括っている。
30歳前後に見える彼は女性客にも人気があり、今日もルーシャス目当ての女性客が何人も来ている。
因みにウルズもモテる容姿をしているが、彼は食堂でも酒場でも厨房で働いているのでウルズ目当ての客はいない。
ルーシャスは、ウルズが鳴らしたドアベルに反応して顔を向け、大事そうに鞄を抱えているウルズを見ては、
「それじゃぁ取って下さいと言っているようなものだぞ。何が入っているんだ? 宝か?」
と笑った。
ウルズは、コソコソとルーシャスの前に移動し、
「ほ、報酬金……」
鞄を持ち直しながら小声で教える。
そんな不審なウルズに、
「良かったじゃないか。帰って来るのが遅いから、てっきりドジでも踏んだのかと思っていたぞ」
ルーシャスは笑って冗談を言い、
「色々あったけど失敗はしてへん」
ウルズは胸を張って答えた。
ウルズとルーシャスは普段から仲が良く、ライドの事もよく話す。また、元傭兵のルーシャスからサバイバルなど、冒険に役立ちそうな知識を教えて貰う事もあった。
「座れよ」
ルーシャスに目で椅子を示されたが、
「いや、今日は帰って来た報告をしに来ただけやから、これで」
ウルズはそう断り、そそくさと出入口へと歩き、入って来たばかりの扉を開けた。
しかし、そこで足を止めて、
「ライドがな、事情があってまだ来れやんみたいなんや。あと黒豹拾ったんやって。ええなぁ、俺も黒豹欲しいわ」
振り返ってルーシャスにライドの近況を報告した。近々ライドが来る予定だと以前から報告していたので、ついで言ってみたのだ。
「それは残念だったな。来たら俺も会ってみたいよ、その黒豹にもな」
そう言うルーシャスに、
「絶対に会わせる」
ウルズは手を上げて店を出た。
外の冷たい空気が纏わりつき、寒がりのウルズは身体をブルッと震わせた。
人のいい鍛冶屋の親父が、自分の帰りを待っている。
ウルズは、鍛冶屋へ向かって走り出した。
続く。
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