最終話 アイシャ×困惑
ウルズがハンスと共に部屋から出て行ったので、アイシャはルイセと2人でお茶をする事になった。
ルイセは空腹だったようだが、胃が小さいのかすぐに食べるスピードが落ちていき、それに気付いたアイシャが、
「お腹いっぱい? 無理して全部食べなくて良いからね」
そう優しくルイセに声をかける。
暫くすると侍女頭が様子を見にアイシャの部屋を訪れて、アイシャは彼女を中に通した。
「アイシャ様、ルイセ様に泊まっていただくお部屋をご用意致しました」
頭を下げて報告する侍女頭にアイシャが礼を言うと、侍女頭はウルズが使っていたティーカップを片付けようと、テーブルに近付いた。
そして紅茶を飲んでいるルイセを一瞥するなり、
「お茶がお済みになられましたら、ご用意させて頂いたお部屋で入浴して頂いては?」
と、アイシャに提案する。
ウルズとアイシャのおかげで随分マシな姿になったルイセだが、長い金髪は絡まりボサボサで、相変わらず少し臭う。
「そうだね。あと、私の小さい頃の服があったでしょ? それを出してきて欲しいの」
アイシャは侍女頭にそう頼むと今度はルイセの方を向いて、
「あとでお風呂で綺麗にしましょうね」
と、微笑みかけた。
ルイセはその言葉にきょとんとした反応を見せ、
「何、それ?」
と尋ねる。
「温かいお湯を浴びるの。ポカポカ温まって、気持ち良いんだよぉ」
アイシャがそう教えると、ルイセは気持ち良いという響きに釣られて大きく頷いた。
アイシャはお喋りをしながらルイセのオヤツタイムを見守り、再び侍女頭が部屋を訪れた際に、
「行こっか」
オヤツを済ませたルイセと手を繋いで、用意された部屋へと移動する。
用意された部屋は広くて綺麗な客室で、侍女頭はルイセの事を考えてくれたらしく、客室の中でも一番女の子受けの良い部屋を用意してくれていた。
そこは洞窟育ちのルイセにとっては夢のような空間で、
「すごーーい!」
口を開けて、周りを見渡した。
キングサイズのベッドは、ルイセがどんなに寝相が悪くても落ちる心配はない。興味を惹かれたルイセが早速そのベッドに近付こうとしたのだが、
「どうぞ、こちらに」
侍女頭に引き止められて、バスルームに案内される。
バスルーム前では若い女性が2人並んで立っており、アイシャ達に頭を下げている。侍女頭が、入浴方法を知らないだろうルイセの為に手配した侍女達だった。
アイシャは、部屋に興奮しているルイセの手をその侍女達に繋がせて、
「お姉さん達の言う通りにすれば、綺麗になるからね」
優しくルイセの頭を撫でる。
そしてルイセがバスルームに入って行くのを見届けてから、侍女頭に用意して貰った服を確認しようとその場を離れた。のだが、
「ひとごろしぃ~~!!」
ルイセの穏やかでない叫び声と、侍女達の「きゃぁっ!!」という悲鳴が、バスルームから聞こえて来た。
アイシャは何事かと目を丸くして侍女頭と一緒にバスルームに駆け付けると、バンッとドアが勢いよく開いてずぶ濡れのルイセが飛び出して来た。
ドア前に立っていたアイシャはそのルイセとぶつかり、その拍子に服が濡れる。
捕まりたくないルイセはアイシャを見て慌てて進行方向を変えるが、その先には侍女頭が立ちはだかっていて、ルイセは侍女頭にもぶつかって彼女の服も濡らした。
侍女の1人に至ってはシャワーのお湯を浴びたらしく、タオルであちこち拭きながらバスルームから出て来た。
「人殺し!」と叫びながら、混乱した動物のように部屋中を駆けずり回るルイセ。
もしウルズがこの場に居たのなら、「正しく“脱兎の如く”やな」と冗談の1つでも言うのかもしれないが、仕事を言い付けられている侍女達はそれどころではない。ルイセに落ち着くよう声をかけながら、追いかけている。
ルイセは素早い身のこなしで逃げ回り、ベッドやテーブル、キャビネットなど、足を乗せられる場所ならどこにでも飛び乗った。
ルイセに当たってキャビネットから落ちた花瓶を、侍女頭がキャッチして彼女の手と床を濡らす。
こうして伯爵家で、前代未聞のドタバタ劇が繰り広げられた。
お嬢様のアイシャは、まさか入浴でこのような騒ぎになるとは露程も思わず、裸のルイセが外に出てしまわないよう、ドアの前に立っているのが精一杯だった。
そしてその珍騒動は、ルイセがくしゃみを連発して動きを止めるまで続いた。
「さ、バスルームへ参りましょう」
「いーーやーーっ!」
連れて行こうとする侍女に抵抗するルイセ。
そんな彼女の不安が少しでも和らげば……と、アイシャが1つ1つ丁寧に説明し、侍女達はそれに合わせて作業を行った。
ルイセ好みのお湯の温度に設定してみたところ、身体が冷えたのもあって心地良かったのか、今度は大人しく洗われてアイシャ達が胸を撫でおろす。
アイシャが、ふかふかのバスタオルで拭いて貰っているルイセを見守っていると、
「絡まった髪は解けそうにありませんし、毛先も相当傷んでいますから、切ってしまいませんか? 私、髪の毛を切るのが得意なので、もし宜しければ私がやりますが」
と、侍女からそんな申し出を受けた。
アイシャも見守りながら髪の毛をどうしようかと考えていたところだったので早速ルイセに相談すると、意外にもあっさりとOKを貰えた。
散髪中に暴れられると危険なので、念の為にどういう物を使い、何をどう切っていくのかを説明する。そして、暴れないとしっかり約束を交わしてから、侍女にカットのお願いをした。
アイシャは、バスローブを羽織って大人しく髪の毛を切られているルイセを確認してから、
「後はよろしくね」
そう侍女達に声をかけ、濡れた服を着替える為に部屋から出た。
そこに、
「アイシャ」
と、彼女の名前を呼ぶ声があった。ウルズだ。
彼はアイシャの元にやって来るなり濡れた服を指さして、一体何があったのかと尋ねてきた。なので、
「実はね……」
と、アイシャが一連の騒動について話しをしたところ、
「それは大変やったな」
ウルズは言葉で同情しつつも、可笑しそうに笑った。
「それで、ウルズの方は何のお話だったの?」
今度はアイシャが首を傾げて、父・ラディーから何の話があったのかと質問する。ウルズは、
「色々話したんやけど、メインはこれ」
とポケットから封筒を取り出し、アイシャに見せた。
「山賊一団の壊滅の件と、アイシャの護衛の件で報酬を貰ったんや。で、アイシャの取り分は……」
どうやらその封筒の中には報酬金が入っているようで、ウルズはアイシャにも分けようと封筒を開けようとした。
アイシャは、そんなウルズの手に自分の白い手を重ねて、
「それは全部ウルズのものだよ。私は父様やおじ様から支払われた、そういったお金を貰うわけにはいかないの」
と、説明する。
「そうなん?」
「うん。だから、気にしないで全部貰って」
アイシャは再度全てウルズが受け取るようにと言って、彼に仕舞うよう仕草で伝えた。
それから2人は一緒にアイシャの部屋に行き、アイシャは着替える為に寝室に入った。
着替え終えて寝室から出ると、ウルズは窓際に立って外の景色を眺めていた。帰るつもりらしく、荷物を肩にかけている。
「もう帰るの? ご飯食べて行ったら?」
アイシャはそう誘うが、ウルズは首を横に振って断わる。
「アイシャん家の弁当、滅茶苦茶美味かったから惹かれるけど、色々行かなアカン所があるから帰るわ」
「……そう……」
長い間一緒に過ごしていたからだろうか、アイシャはウルズと離れるのが物凄く寂しく感じた。
「学校でも会えるんやし、そんな顔せんでも」
気持ちが顔に出ていたようで、ウルズが困ったように笑う。アイシャはそう指摘されて、慌てて俯いた。
ウルズはそんなアイシャの肩をポンポンと軽く叩いて、
「ま、一緒に過ごす時間長かったしな」
と、気持ちを察してくれた。
アイシャは、「ウルズは寂しくないの?」とは聞けず、ただ頷くだけに留まった。
帰る前にルイセに挨拶をしたいとウルズが言ったので、再度ルイセの部屋に向かう。
アイシャが部屋のドアをノックしてから中を覗くと、髪が短くなったルイセと世話をしていた侍女達がアイシャの方を振り向いた。
「うさぎちゃん、似合ってる!」
アイシャはすっかり変わったルイセを見て、思わず黄色い声を上げた。
そしてドアを大きく開けて、
「見てあげて」
と、ウルズにルイセを見せる。
ルイセが着ている服は、アイシャが数年前に来ていたチュニックワンピースで、肩幅も袖の長さも膝丈も丁度良いサイズだ。
そして伸びに伸びていた長い髪は、毛先を外側にカールさせたセミロングヘアになっていて、元気一杯のルイセにピッタリな仕上がりとなっている。
お洒落に疎いウルズでも流石にこの変化は分かり、
「おぉ、うさぎ可愛いやん」
腰に手を当てて、ルイセを褒めた。
2人から可愛いと何度も褒められて、ルイセは満面の笑顔を浮かべた。奮闘した侍女達も満足そうにその光景を眺めている。
ニコニコご機嫌に笑っていたルイセだったが、
「ウルズ、何持ってるの?」
ウルズが大きな荷物を持っている事に気が付いて、指さした。
「あぁ、これ? そろそろ帰ろうと思ってな」
ウルズは答えながら荷物を持ち直し、続けてアイシャが、
「うさぎちゃんも一緒に見送ろうね」
と言って、侍女頭が用意してくれたポンチョをルイセに着せた。
そして、ルイセを間に挟んだ形で3人で並び、手を繋いで外へと向かう。
外はすっかり暗くなっており、空では星が輝いていた。
春とはいえ雪国のシティンの夜はまだ寒く、吐く息が白い。
玄関先でウルズがルイセの手を離してから、
「ここでええから」
とアイシャに言い、
「じゃ、またな」
アイシャとルイセに別れの挨拶をしてから歩き出した。
少しの間大人しく見送っていたルイセだったが、急にアイシャから手を離して走り出し、
「ウルズ!」
と、振り返ったウルズの胸に飛び込んだ。
アイシャもルイセを追って、ウルズの元に駆け付ける。
「どしたん?」
ウルズがしがみついて離れないルイセの頭を撫でながら聞くと、ルイセは顔を上げずに、
「明日も会える? いなくならない? ウルズはいなくならない?」
必死な声でそう尋ねた。
それを聞いてアイシャとウルズが目を合わせる。
ゾロが「すぐに帰って来るから」と言ったまま姿を見せていない事が、物凄くルイセを不安にさせているようだ。洞窟で1人で待っている間は、さぞかし心細かった事だろう。
そう思うと、ウルズとアイシャの胸が痛んだ。
ウルズは優しくルイセの頭を撫でながら、
「アイシャ、明日、絶対に来るから」
とアイシャに言い、それから、
「明日、夜になるけど絶対に会いに来るから、心配すんな」
ルイセの不安を払拭しようと、優しい声音で喋った。
「本当?」
真剣な眼差しで確認するルイセに、
「約束する」
微笑んでウルズは頷く。
「アイシャとも約束したし、絶対に来る。やから心配すんな。いっぱい飯食って、ぐっすり寝ぇ」
それを聞いてルイセは安心したらしく、「うん!」と頷くと、ウルズから離れてアイシャと手を繋ぎ直した。
ウルズはそんなルイセに、
「ちゃんとアイシャや他の人の言う事聞いて、ええ子でおるんやで?」
と言い聞かせた後アイシャを見て、
「ほな、明日な。楽しみにしてるから」
と、再度誕生日パーティーに参加する意思を伝えた。
「私も楽しみ。気をつけて帰ってね」
3人はもう一度挨拶を交わし、アイシャとルイセは見送りつつ一緒に手を振り、ウルズも時々振り返っては、2人に手を振り返した。
そうして完全にウルズの姿が見えなくなってから、
「さ、お家に入ろうか」
アイシャはルイセに声を掛けて、家に向かった。
ウルズが必ず来てくれるのは嬉しいが、ウルズが必ず来ると言ったのは、ルイセの為。そう考えるとアイシャの胸に、複雑な想いが広がる。
そんな自分に気が付いて、
(ダメッ)
嫌な気持ちを振り払おうと、アイシャはルイセと繋いでいた手を大きく前後に動かした。
ルイセにはそれが面白かったらしく、もっと揺らそうと更に大きく手を動かす。
そんなルイセの無邪気な様子に、自然とアイシャの頬が緩みいつもの笑顔になった。
「うさぎちゃんは、食べ物では何が好きなの?」
「もじゃ~っ!」
好物を思い出して弾けんばかりの笑みで答えるルイセにアイシャも釣られて、クスクスと笑う。
「え~? 何それ~?」
「もじゃ、おいしいよ?」
そんなお喋りをしながら、2人は仲良く屋敷の中に入っていった。
後日談 『ゾロの妹』 終わり。
後日談 『アイシャの誕生日』 に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます