第8話 ウルズ×衝撃

 護送用馬車は必要なかった––––。

 一度はそう思ったウルズとハンスだったが、今、その護送用馬車の長椅子でルイセと3人で揺られている。

 というのも、洞窟の外で改めてルイセを見てみると、彼女の服が思っていた以上に汚れており、行き道に乗ってきた馬車のシートを汚してしまいそうだったからだ。

 その点護送用馬車は、水洗いが出来る構造のため汚れても問題はなく、結局当初の計画どおり護送用馬車で帰る事となった。

 ルイセはゾロ作の木彫り人形を横に置き、果物が入った容器を膝の上に乗せて、フォークを使わずに手掴みで食べている。余程空腹だったのだろう、馬車に乗ってから無言で食べ続けていた。

「うさぎはこの後どうなるんですか?」

 ルイセの食べこぼしを片付けながら、ウルズがハンスに質問する。

「そうですねぇ……、本来なら施設に入って頂くのですが、ずっと山で過ごしていた彼女に馴染めるか……。まずは最低限の作法や教育を施すところから始めなければいけないかもしれません」

 ハンスの返事は、引き取り先があるか分からないといったものだった。

「施設で教えて貰えないんですか?」

「年齢に合わせた施設へ行く事になるのですが、13歳となると、ある程度の教養を身に付けているのが前提の施設になりますので、一から教えるとはいかないでしょうね。それにルイセさんは……」

 ハンスはそこで一度言葉を切ってから、ルイセをチラリと見て、

「ルイセさんは規則に則った集団生活を送れるのか、それすら危ういレベルかと……」

 と、目を伏せる。

「0歳児~9歳児までを扱っている施設ならウルズさんが仰るような教育をしてくれますが、13歳ですので対象外ですし、もし入れたとしても、小さな子供たちを相手に暴れられては困りますしね」

 そう付け加えるハンスの顔が既に困っており、ウルズが「う~ん」と唸って視線を下げると、果物を食べ終えたルイセが自分の指を舐めているところで、その姿にウルズとハンスはため息を吐いた。


 モンスターとの戦闘とルイセの保護に少し時間を取られたが、一行は夜になる前に伯爵家に戻る事が出来た。

 大人しくなったルイセも馬車から下りて、ウルズ達と一緒に歩く。

 すると、物珍しそうに辺りを見渡していたルイセが、不意にしゃがみこんだ。

 綺麗な花でも見付けたのだろうと、一緒に見ようとしたウルズだったが、

「うわ! 何してんねん!」

 慌ててルイセの手を掴む。

「おいしぃ!」

 機嫌よく笑っているルイセが口に入れてた物––––、それは、伯爵家の通路を彩っている花壇の花だった。しかも食用とは聞いた事のない花である。

「あかん、花は食うな。これは大事に育てられてるやつや」

 ウルズがそう注意すると、ルイセは頬をぷぅっと膨らませた。

「ったく……」

 未練たっぷりの眼差しで花を見ているルイセの背中に手を回し、歩くように促す。

 ウルズはルイセが花壇の花を食べないよう注意を払いながら、ハンスの後をついて行った。


「こらっ」

 管理主邸に入って開口一番、ウルズはまたルイセを叱った。

 花壇が無くなったのでもう大丈夫だと油断したところに、スッとルイセの背中がウルズの手から離れ、

「うさぎ?」

 と目で追えば、ルイセが近くの花瓶に活けてある花を持ち上げているところだった。

「ええか? それを、花瓶に、戻すんや」

 両手を前に出して、言い聞かせるように指示を出す。

 見つめ合うウルズとルイセ。

 少ししてからルイセの手がそーっと下りていき、

「そうそう、ええ子や、ええ子」

 ウルズが小さく頷きながら褒める。が、ルイセはバッと花を持ち上げて、勢い良く口の中に放り込んだ。

「おいしぃ~っ!」

 満面の笑みで叫ぶルイセに、

「あかん言うてるやろ! 花食うな! 飾ってるやつやし、食用ちゃうし、屋敷の人が困るやろ!」

 と叱るウルズ。

 ウルズはまだ花を食べようとするルイセの手を捕まえて、花瓶から遠ざけた。それに対してルイセがまた不服そうな表情を見せる。

 元気で何よりだが、やる事が破茶滅茶だとウルズがルイセに目をやると、今度は彼女の顔の汚れが気になり始め、

「まずは綺麗にしやなな」

 ハンスに濡れタオルを貸して欲しいと頼んだ。

 温水で濡らされたタオルが用意され、早速顔から拭いていく。あっという間にタオルが汚れたので、お湯が入ったタライが用意された。

 嫌がるかと思いきや、温かいタオルは気持ち良いらしく、意外と大人しく拭かれている。

 足を拭く際に左右の違う古びた靴を捨てて貰い、代わりにスリッパを借りる。服も着替えさせたいところだがその用意は無いので、服はそのままとなった。

「シア様がお待ちだと思いますよ」

 一通りルイセを綺麗にしたところで、ハンスがアイシャの部屋に案内すると言ったので、ルイセと2人でついて行く。

 2階に上がり、ハンスがアイシャの部屋のドアをノックしたが返事はなく、

「もしかしたら、寝ているのかもしれません」

 ハンスはウルズにそう伝えると、近くに控えていた侍女に中の様子を見て来て欲しいと頼んだ。

「アイシャ様、失礼致します」

 侍女が声を掛けてから、部屋のドアを開ける。すると、ずっと大人しくしていたルイセが急に前に出て、ウルズの手からスルリと抜け出した。そして侍女と壁の間に身体を押し込んで、部屋の中へと入って行く。

「うさぎ!」

 ウルズがそう呼ぶもルイセに戻ってくる気配はなく、仕方がないとハンスとウルズは後に続いた。


「ウルズ! あれ可愛い! あれ欲しい!」

 ぽとりとゾロ作の木彫りの人形を床に落として、ルイセがハイテンションでテーブルの方に駆けて行く。

 ルイセの言う「あれ」とは、窓辺の揺り椅子に揺られて眠っているアイシャの事だった。

 白い肌に赤い毛、整った顔立ちのアイシャは、人と接触してこなかったルイセからすると、大きな人形に見えたのだろう。当然、

「あかん、それは貰えやん」

 ウルズが首を横に振ってダメだと伝えるが、

「えぇ~、欲しいっ!」

 ルイセは眠っているアイシャに駆け寄って、ぎゅうっと抱きついた。

 それにアイシャが驚いて、

「な、何!?」

 目をパチッと開けて、慌てて上半身を起こした。それを見てルイセが、

「すごぉい、動いたぁ!」

 と感動し、

「そらそうや、アイシャは人間やからな」

 ウルズはそう言いながら、ルイセをアイシャから引き剥がした。

「ウルズ……? ハンスも?」

 寝起きで状況を飲み込めずにいるアイシャが、ウルズとハンスを交互に見る。

「大丈夫、突拍子のない事するけど、危険はないよって」

 ウルズはルイセは安全だとアイシャに知らせながら、ルイセに木彫りの人形を持たせた。

「誰……? この子……」

 アイシャがルイセを見て、首を傾げる。するとルイセが、

「私、ルイセ!」

 元気よく言葉足らずの自己紹介をした。それに続いてウルズも、

「うさぎは……、ルイセは妹や」

 と、分かる様な分からない様な補足をして、

「妹さん?」

 アイシャの首を反対側に傾げさせた。

 おそらくその反応を待っていたのだろう。ウルズはニッと口角を上げると、

「そ、ゾロのな」

 と教え、

「えぇぇ!?」

 と、アイシャに驚きの声を上げさせた。

 ウルズは、アイシャのリアクションに可笑しそうに笑い、

「行ってみたらこんなんやったんや」

 と、ルイセのパサパサの頭に手を乗せた。

 そんな彼を見つめるルイセの瞳には警戒の色はなく、ウルズに懐いているのが分かる。

 それはウルズにも伝わり、そう感じたのと同時に勝手に口が動き、こう提案していた。

「ハンスさん、もしうさぎを引き取ってくれる施設がなくて、俺でも問題ないなら、俺がうさぎを預かります」

 ウルズの提案に、アイシャとハンスが目を丸くする。

 深く考えずに口走るのはウルズにしては珍しく、そういう点で彼自身も少し驚いていた。とはいえ、言ったことに後悔はない。

「学校やバイト、習い事があるからずっと面倒を見るのは無理ですけど、俺一軒家で一人暮らしやから他に迷惑かける人おらへんし、部屋は余ってる上に空いた時間に色々教えてあげられるから、預かる環境としてはそんなに悪くないと思うんです」

 それを聞いたアイシャとハンスは何度も本当に大丈夫かと確認し、ウルズはその度に大丈夫だと答えた。

 当のルイセは何の話なのか分からず、不思議そうに3人を眺めるだけ。ウルズは微笑んで、ルイセの頭を撫でた。

「もしウルズが預かるとなったら協力するから、お手伝い出来る事があれば何でも言ってね」

 アイシャが立ち上がって協力を申し出て、

「ありがとう。その時は頼むわ」

 ウルズが笑顔で礼を言う。それからハンスの方を向くと、

「今のお話、ラディー様にお伝えして、受け入れ先の有無を含めて検討させて頂きます」

 ハンスは頭を下げて、足早に部屋を出て行った。

 部屋のドアが閉まった後、ルイセがウルズの服をクイクイッと引っ張り、注意を引く。

 ウルズは膝を折ってルイセと視線を合わせてから、

「ん? どうした?」

 と優しく尋ねれば、ルイセはぺたんこの腹を押さえながら、

「お腹空いた」

 と空腹を訴え、身体のサイズに合わない大きな腹の虫を鳴らしては、ウルズとアイシャの笑いを誘ったのだった。



続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る