第7話 ウルズ×ゾロの妹
洞窟は、入り口こそ屈んで歩かなければいけない程に低かったが、中に入ると割と広い空間が広がっていた。
ランタンで辺りを照らして見てみると、そこには大小のゴミが沢山あり、不法投棄現場のよう。その中に古い鍋や水を貯めているバケツ、焚き火の跡などがあって生活臭が漂っていた。
ウルズとハンスが立ち止まって部屋を見渡していると、
「出てってよぉ~」
どこからか、例の可愛らしい声が聞こえてきた。
「おぉい、どこやぁ。兄貴に頼まれて来たんやけど?」
一体どこに隠れているのか、ゾロの妹の姿が見当たらない。
「知らない人は悪い人だもん! お兄ちゃんが言ってた! 帰れぇ!」
洞窟内なので声が反響する。それでも発生源を探り、
(こっちからか)
そう思って横を見ると、ウルズもハンスも通れそうにない小さな穴がそこにあった。
「……小型なんか? 妹は……」
ウルズの中の、ゾロの妹像が訂正されていく。小さくしてもゾロの言う「可愛い」の域には程遠いが。
「兄貴にお前の事頼まれたんやって。出てこぉい」
そう穴の中へと呼びかけるが、
「嘘だもぉん!」
と相手は聞き入れず、なかなか出てこない。
「なかなか警戒心が強いですね」
ハンスのその言葉に、「ですね」とウルズは苦笑いを浮かべた。
先に入った兵達の事もあり、余計に警戒心を強めたのだろう。ゾロの妹は、呼びかけでは出て来そうになかった。
「しかし、こっちには餌……やなくて、食いもんがある」
そう言ってウルズは、果物が入った容器の蓋を取った。
それから穴に近付いて屈み込んでから、
「果物あるで、ほれほれー」
と、蓋でパタパタと扇ぎ、果物の魅惑的な香りを穴の中へと送り込んだ。
すると、
「ちょうだい!」
穴から小さな手がニュッと出てきた。肘まで外に出し、手の平に食べ物が置かれるのを待っている。
その腕は細く、ちょっとした拍子で骨折してしまいそうだ。兵達の言葉の意味を、ウルズとハンスは理解した。
ウルズはカットされたリンゴをその手に持たせ、引っ込むのを見届けてから、
「出てきたら、全部あげてもええんやけどなぁ。あー、うまっ! ハンスさんもどうです? 出てけーへんみたいやし、俺らで食べちゃいません?」
そう芝居を打つ。ウルズの意図を汲んだハンスも、
「それもそうですね。やぁ、これは美味しそうだー。……うん、甘くて美味しいなぁ!」
と、ウルズに合わせて演技をした。……下手なのはご愛嬌という事で、目を瞑ってあげて欲しい。
その下手さに演技だとバレたかと心配したが大丈夫だったようで、小さな体が勢いよく穴から飛び出して来た。
『…………』
ウルズとハンスがゾロの妹を見下ろす。
「……普通の女の子ですね」
ハンスが呟いて、ウルズが頷いた。
ウルズとハンスを見上げているゾロの妹は、痩せているのもあるがゾロとは正反対の小柄な少女で、動物に例えるならゴリラではなくうさぎだった。
「ゴリラの妹がうさぎやったとは……」
世の中は分からないものだと首を横に振るウルズに、
「イメージとしてはそうですが、どちらも人間ですから」
手配書でゾロの顔を知っているハンスが、軽くつっこみを入れた。
パチパチと瞬きをするゾロの妹は、裾が擦り切れ所々破れている汚い服を着ており、ドロドロでぶかぶかの靴は、右はスニーカーで左は革靴と滅茶苦茶だ。
肌は薄汚れ、伸びっ放しの髪は絡ってゴワついており、少々臭い。
ゾロの妹は、見ていて不憫になるぐらいに見窄らしい姿をしていた。
「10……11歳くらいでしょうか?」
ハンスが、ゾロの妹のおよその年齢を口にすると、
「13だよ」
と、本人が答え、
「嘘やろ!?」
ウルズが驚きの声を上げた。自分の弟と同い年には到底見えなかったからだ。
ウルズは、果物を欲しそうに見上げてくる少女をしげしげと見つめては、
「なんていうか……、うん、護送用の馬車はいりませんでしたね」
とハンスに言い、ハンスも、
「そうですね。彼の資料と報告から、大げさに考え過ぎていたようです」
頷いて同意した。
「ゾロはちょっと帰って来れんようになったんや」
ウルズはフォークで苺を刺し、ゾロの妹に食べさせようと口に近付ける。すると、
「お兄ちゃんはどこへ行ったの!?」
少女はゾロの名前に反応して、ウルズの服を引っ張った。
それから顔の横にある苺に気が付いて、フォークから抜き取ってはさっさと口に放り込んだ。
そんな彼女に、
「お名前は?」
ハンスが身を屈めて優しく問いかけると、
「ルイセ」
モグモグ口を動かしながらルイセは答えた。そんな彼女に、
「ルイセさん、一緒に山を降りましょう。お兄さんが帰るまで、街で待っていましょう。ね?」
ハンスは優しい声音で、諭すように言ったのだが、ルイセは彼の顔をじぃぃぃっと見つめてから、ごくんと苺を飲み込むと、
「やだ、ここで待つ」
ぷいと横を向いて下山を拒否した。
勿論これは予想内の反応で、
「うさぎぃ、山降りたらうさぎが知らんような美味い食いもん、たーくさんあるんやで? 食いたくないんかぁ?」
ウルズが軽く腕を広げて、大袈裟に言う。すると、これまた予想通りにルイセはウルズを見上げて、青い瞳をキラキラと輝かせた。究極の空腹状態にあるルイセには、ウルズの発言はとても魅惑的だったのだ。なのですっかり警戒心を解いて、
「こんなに?」
ウルズの真似をして、両腕をうーんと広げる。
それに対してウルズは、チチチと舌を鳴らしながら人差し指を左右に動かし、
「ちゃうちゃう、もっとやもっと」
と、目いっぱいに腕を広げて見せた。
手足の長いウルズがそうしたものだから、ルイセは「おー!」という顔になり、
「そんなに!? 食べられる?」
益々目を輝かせて、痩せた頬を興奮で紅潮させた。
ルイセの質問に、「勿論」とウルズが答えれば、
「人形もある?」
ルイセは、両手を握りしめて尋ねた。
(こんな環境におっても人形が欲しいとか、女の子はどこにおっても女の子なんやなー)
などとウルズがルイセの質問を微笑ましく感じていると、ルイセは隠れていた穴の中へと入っていき、何かを手にして出て来た。
そしてウルズとハンスの前に再び立つと、大事そうに抱えていたソレを突き出して、無邪気な笑顔で見せてきた。
ソレは、人形とはとても言い難い木彫りの物体で––––、「どれどれ」と見たウルズとハンスは笑顔のままで固まった。
(『人形』の前に『呪いの』が付くヤツちゃうんか、それ……)
長く抱いていたのもあるのだろうが、色はくすんで汚く、形は「不器用か!」と言いたくなるぐらいに歪んでいる。顔を描くために削ったのだろうその箇所には、黒いシミが広がっていた。
描いた目と口が水分により滲んでしまったのは理解出来るが、微かに残っている元の線が闇に浮かぶ顔のようになっていて、異様さを引き立てている。ルイセが人形だと言うソレは、呪術師が欲しがりそうな不気味な物体で、人形の可愛らしさとは無縁の代物だった。
それでもルイセにとっては大事な物のようで、
「お兄ちゃんが作ってくれたの」
と、嬉しそうに自慢する。
そんなルイセを傷付けてはいけないと、
「必要な物はちゃんと用意しますよ」
ハンスは笑顔を崩さずにルイセの肩に手を乗せ、ルイセは、
「行く!」
と大きく頷いて、力強く了承した。その元気な返事にウルズは、
「ほな決まりやな。なら、帰ろ」
そう言ってルイセの口にキウイを放り込み、「ほら」と手を差し出す。
ルイセは本当に下山すると決めたらしく、躊躇する事なくウルズと手を繋ぎ、ニーッと笑いかけて来た。
ウルズも笑い返すが、その痩せた手の冷たさに胸が痛む。
(こんな妹をほったらかしてアホな事して。何やってんのや、アイツは)
ウルズは、心の中でゾロに文句を言った。
続く。
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