第5話 ウルズ×バトル

「それ…餌かも…」

 ウルズがトキシービーの氷漬けを指さしてそう言い、

「餌?」

 ハンスが振り返ってウルズを見る。

「ハンスさん、とりあえずここを離れましょう。もし戦闘になったら、ここでは不利です」

 トキシービーを食べる生物は極少数で、シティンに生息しているのはモンスターだった。教科書に「主に集団で行動し、機敏な動きを見せる」と書かれていたのを思い出し、この状況下で遭遇するのは分が悪いと判断したのだ。

 急な提案にハンスは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに同意して来た道に身体を向ける。説明を求めるよりも先に提案に乗ったのは、彼が優先順位を的確に付けられる人物だったからだ。

 来た道を戻るウルズとハンス。

 草木の揺れる音と『クルルルッ』という何かの鳴き声が、背後から聞こえて来た。

 それを耳にして2人は頷き合うと、馬車が待つ道へと急いだ。


 小走りで移動しながらハンスは、モンスターの襲撃に備えるようにと、待機している兵達に呼び掛ける。

 3人の兵達は命令に従って、武器を手に戦闘に備えた。

 ウルズとハンスの背後では絶えず枝葉が鳴っており、確実に尾けられていると分かる。

 音から察するに木から木へと飛び移っているようで、教科書に載っていた通りの移動方法だった。

 道に飛び出したウルズとハンスは素早く後ろを振り返り、素早く剣を抜いて構える。

 木の上にいるのは分かっているので上の方を重点的に見ていると、とある木の枝に植物でない影が有るのを見付けた。

 ウルズはその影をサッと指さし、ハンス達に居場所を教える。そして兵の一人が武器を弓に持ち替えて、影に向けて矢を放った。

 放たれた矢は、枝葉に阻まれて影を射抜けなかったが、影がその場から移動した事で、ついにその姿を現す。

 それはアリクイに似たモンスターで、体長は80cm程。ウルズが予想していた相手だった。

 名前は『ギダ』といい手足がやや長く、5本の指を器用に動かす。長い尻尾は毒が貯められるようになっており、毛は薄く皮膚が見えている。姿を現したギダは毒を貯めているようで、尻尾が丸みを帯びていた。

 そこに貯められる毒は非常に毒性が強く、触れると皮膚がただれてしまう。ギダがトキシービーを捕食するのは腹を満たす為だけでなく、毒の摂取も兼ねているのだろう––––と、教科書に書かれていた。

 ウルズはギダを見据えながら、

「アイツは口から毒を吐くので気を付けて下さい。それから、尻尾を傷つけても傷つけさせてもダメだそうです。傷付いた箇所から毒が噴き出すらしいです」

 と、全員に聞こえるよう声を張って、ギダについての説明をした。

 この様にわざわざ説明したのは、ギダがあまり知られていない存在で、ハンス達も知らないかもしれないと思ったからだ。

 ギダは寒い国の山頂で生息しているので遭遇率が低くく、研究が進んでいないモンスターの一つだった。なので教科書でも、『〜と考えられている、〜だろう』という表現がよく使われていた。

 教科書に載っていた生息地からすると、このような標高の低い場所で遭遇する筈はないのだが……と、ウルズは疑問に思う。

 が、声を上げた事で目を付けられたらしく、それについて考える暇は無くなった。


 ギダがウルズ目掛けて飛びかかる。

 ウルズはそれを迎え討とうと剣を構え直すが、ギダの細長い吻から何かが飛び出したので、咄嗟に身を翻した。

 地面を見ると小さく濡れた箇所があり、毒を吐いたのだと分かる。

 細長い吻から吐かれる毒は予想以上に見え難く、ウルズは再度注意を呼びかける。

 一方ギダは地面に着地すると、猿のような軽い身のこなしで道を挟んだ反対側の木に登った。

 弓を扱っていた兵がもう一度矢を放つが、ギダは違う木に飛び移って石を投げつけてきた。地面に降りた際に拾ったのだろう、どうやら知能もあるようだ。

 兵が石を避けるとギダは場所を変えて、今度は木の実や枝をもぎ取って投げつけてきた。鋭い爪を持つギダだが接近戦を好まないようで、一定の距離を保っている。

 ウルズ達が厄介に感じたのは、攻撃と共に吐き出される毒で、地面など濡れている箇所を見て毒の攻撃に気付く事があり、毒を弾いては危険だと剣での防御を避けるようになった。

 今は少し開けた場所に居るのでギダの攻撃を躱せているが、木に囲まれた狭い場所なら全滅も有り得る。ギダは、そんな戦い方をするモンスターだった。

 兎に角、あの毒の攻撃をなんとかしたい–––。それがこの場にいる全員の思いで、

(要は、あの尻尾から毒が送り出されんかったらええんやろ)

 ウルズは馬が巻き添えをくらわないようにその場から離れて、馬車の後ろに移動した。

 そして、

「ええ加減に降りてこい!」

 と、足元に落ちている石を次々と投げつける。その内の1つがギダに命中し、ギダは再びウルズに狙いを定めて、石を避けながらウルズに接近する。

 そうやってある程度距離が縮まると、ギダは体を上下に動かして木の枝を揺すり始めた。飛びかかるタイミングを計っているのか怒りを表現しているのか分からないが、敵意をウルズに向けているのは間違いない。ウルズも切れ長の目で睨み返し、呪文を唱え始めた。

 使おうとしている魔法はウルズオリジナルの魔法で、ザッカリーにも使った事がある。まだまだ改善の余地のある魔法だが、今使うのが相応しいと判断したのだ。

 ただし魔法の持続性と剣の耐久性に問題があるので、長くはもたない。もし魔法の効果が切れた状態で攻撃してしまえば、高確率で毒を浴びてしまうだろう。

 それでもやろうとウルズは決め、そんな彼をフォローする為にハンスが近くに立った。


 ウルズの片刃の細長い剣が、魔力に反応して青白く光り出す。

 ギダの注意を十分に引きつけたと確信してから、ウルズは後ろに下がって馬車に身を隠した。

 急にウルズが見えなくなったので、確かめたくなったのだろう。ギダは思いっきりジャンプして、ウルズの居た場所に降り立つ。

 ウルズは、ギダが木から離れたタイミングで氷の剣を作り出しており、目の前に降りたギダの尻尾に目掛けてそれを振り下ろす。

「ウルズさんっ!」

 ハンスが焦りの声を上げる。

 ウルズから尻尾を傷付けてはいけないと聞いていたから当然だ。

 しかし、尻尾からは何も噴き出さず、ギダが痛みで身体をくねらせているだけ。

 ウルズは立て続けに同じ魔法を唱えて、再びその背中を斬りつけた。そして間を置く事なく、3つ目の呪文を唱えながら大きく後ろに下がる。

 ギダは苦痛の声を上げながら振り返り、身体に残っている毒をウルズに向けて吐き出した。が、それを読んでいたウルズは横に飛んで、その攻撃を躱す。

 ギダにとどめを刺したのはハンスで、隙を見て走り込み、剣を振り下ろしてギダの身体を斬り付けた。

 傷口から血が噴出したが、ウルズがハンスとギダの間に氷の壁を作り出したので浴びずに済んだ。

 その代わりに……というわけではないが、貫通した形でハンスの剣が氷の壁に囚われてしまい、

 「あの……」

 と、ハンスが自分の剣を指さしてウルズを見ると、

「厚くないから、簡単に抜けると思いますよ」

 ウルズは剣を引き抜くジェスチャーをやってみせ、ハンスもそれに倣って氷の壁から剣を引き抜いた。ウルズが言った通り氷の壁は厚くなく、引き抜いたのと同時にパラパラと崩れ落ちる。

 ハンスは剣を鞘にしまうなり膝を曲げて、ウルズが斬った跡を調べる。その断面は凍り付いていて、だから毒や血が噴出しなかったのだと理解した。

 そんな技を見せたウルズといえば、他の兵と一緒にギダの仲間がいないか周辺を調べている。

 教科書にはギダは集団行動を取ると書かれていたが今回は違ったようで、周囲は平穏な空気を取り戻していた。

「異常ありません」

 兵の1人がそのようにハンスに報告する。

 ハンスは、ギダは珍しいモンスターなので何かの役に立つかもしれないと考えて、死骸を持ち帰るようにと指示を出した。そこにウルズがやって来て、

「ギダは集団で行動するって教科書に載っていましたけど、大丈夫そうですね。もしかしたら、1匹だったからここまで降りて来たのかも」

 と、自分の考えを述べた。

 ハンスは頷いてウルズの見解に同意し、怪我をしていないかと尋ねる。そしてお互いになんとも無い事を確認した後にハンスが、

「ウルズさん、ギダもトキシービーのように、氷漬けにすれば良かったのでは?」

 ふと湧いてきた素朴な疑問をウルズに投げかけた。

 ウルズはそれに対して苦笑いを浮かべ、「う~ん…」と小さく唸ってから、

「それは俺も考えましたけど、あいつ素早く動き回ってましたからね。それに……」

「それに?」

「俺は凄い魔法使いやなくて強い戦士を目指しているんで、出来るだけ剣で戦いたいんですよ」

 ウルズはハンスにそう言うと、ニッと悪戯っぽい笑みを見せた。



続く。

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