第4話 ウルズ×ハンス

 校長への報告を済ませたウルズは馬車に乗って、ハンスと共に管理主邸に戻った。

 管理主邸には護送用馬車が用意されており、いつでも出発出来る状態となっていた。

 ハンスは御者台から降りると、

「ウルズさん、少々こちらでお待ち下さい。すぐに出発しますので」

 そうウルズに断りを入れてから、護送用馬車の傍で控えていた3人の兵達に指示を出し始めた。

 指示を受けた兵の内の2人が護送用馬車に乗るのを見届けてから、ハンスが馬車の扉を開けて中に入る。今回の御者は他の兵が務めるようで、御者台の背後にある小窓からその兵の後頭部が見えた。

 そして、乗ってきたばかりのハンスの手には大きな袋があり、

「これ、昼食にどうぞ」

 と、笑顔でウルズに差し出す。

「ありがとうございます。え……と、俺が大食いだと知っていました?」

 ウルズが袋の中を見てハンスに聞くと、

「いえ、シア様が出かける直前に、侍女に頼んだそうですよ」

 馬車に備え付けられてある組み立て式のテーブルを組み立てながら、ハンスは答えた。

「アイシャってお嬢様なのに、機転が利くんですね」

 ウルズが思った事を口にしたところ、しゃがんでいたハンスが頭を上げて、

「シア様はお優しい方ですから、誰に対してもいつも気にかけて下さりますが、機転を利かせるという点においては、普段はそこまでは。きっとシア様は……」

 そこまで言って何を思ったのか、ハンスは急に喋るのをやめて、そのまま口を閉じてしまった。

 続きが気になったウルズが「きっと?」と先を促すが、ハンスに、

「テーブルが使えるようになりましたので、どうぞ召し上がって下さい」

 とはぐらかされてしまった。それ以上聞かないでくれという雰囲気が彼からダダ漏れだったので、ウルズは空気を読ん追球を止める事にした。

 弁当箱の蓋を開ける。

 量もさることながら沢山の品数で弁当箱が埋められていて、益々ウルズの食欲を刺激する。

 豪華な弁当は冷めていても美味しく、ウルズには手が出せない食材が沢山使われていた。

 サクス山に向かっている馬車の中で、外の景色を眺めながら伯爵家の弁当を堪能するウルズ。このような事はこの先一生無いだろうからと、いつもより時間をかけて食べる。

 そして次のおかずを口に運ぼうとして何気なく前を見た時に、ハンスが食い入るようにウルズを見つめている事に気がついた。

 慌てて目を反らし、気づかないフリをする。

 そして、数口食べてからもう一度ハンスの様子を伺ってみると、彼はまだウルズを凝視したままだった。

 アイシャと出会った日の記憶を思い出した後なので、ハンスに見つめられると少々気不味い。というのも7年前、迷子になったアイシャを必死に捜していたのが、目の前で座っているハンスだったからだ。

 アイシャの親捜しはしていたが、寄り道し過ぎて時間がかかってしまったという自覚は、当時のウルズにもあった。その間のハンスの気持ちを考えると、8歳の頃の話でも申し訳ない気持ちになる。

 ウルズは居た堪れなくなり、

「騎士様って御者をするもんなんですか?」

 と、ハンスの剣に施されてある、騎士の章らしき装飾に視線を移して質問する。その質問にハンスも自分の剣に目をやり、「あぁ……」と言ってから、

「サンプは前線基地を兼ねている街だという事は、ご存知でしょうか?」

 穏やかな笑みでウルズに尋ねた。

「そう言えば、そんな話も聞いた事があるような……」

 サンプは最前線に位置する街だが至って平和なので、ウルズは移り住んでから此の方、それを実感した事がなかった。

「そのような土地柄ですので、いざ交戦となっても大丈夫なように、伯爵家には現役の兵が多く居て、中には一人二役といった形で仕事をしている者がいます。僕もその内の1人で、正確にはこれは騎士章ではなく所属を表す紋で、僕はただの兵士なんですよ」

 と返事をしてから、ハンスは簡単に騎士章と所属を示す紋の違いを説明し、

「僕の場合、護衛を兼ねて付き添っている内に、御者もこなすようになったわけです」

 と、御者をしている理由も述べた。

 そんな話にウルズが「なるほど」と頷きながら食べていると、

「ウルズさんはイントネーションが違うようですが、どちらにお住まいだったのでしょうか?」

 今度はハンスから質問が来た。

 その質問にウルズの手がピタリと止まる。が、

「……エイディナ国のノースからです」

 隠しても仕方がないので素直に答えた。ただし7年前の事もあり、何か他意があるのでは?とつい勘ぐってしまう。あのアイシャなら、周りの人達にあの日の出来事を全部話していても不思議でないからだ。

(あの約束だけは言っていませんように)

 ウルズは神に拝まない性格だが、こればかりは拝まずにはいられなかった。

「シア様と話をされている時の言葉遣いは、ノース特有のものなのですか?」

「そうです。ノースは元々は他の国だったんで、エイディナとも言葉遣いが違うんですよ」

「なるほど、そういう事でしたか。僕も1度エイディナに行った事があるのですが、さすが冒険者施設を真っ先に作った国だけあって、威風堂々とした印象を受けました。今でもエイディナでの事をハッキリと覚えています。シア様も大変気に入られて、暫くの間エイディナでの楽しい思い出をよく喋っておられました」

 ハンスはにこやかに思い出話しを語っているが、聞いているウルズは、

(何を? どこまで?)

 と、心の中で冷や汗をかいて表情が硬い。そんなどうとでも受け取れるハンスの言葉に心を乱されながらウルズは、4種類のフルーツが入っている容器を開けた。

 それからフォークで果物を刺そうとしたのだが、ふとその動きを止めて、フォークをテーブルに置く。

 その様子に、

「どうかされましたか?」

 ハンスが不思議そうに尋ねると、

「捕獲……やなくて、保護する時に使えないかなーと思って」

 頭にリボンを付けた金髪青目のゴリラを想像しながらウルズはそう答え、ハンスも「お腹をすかせているでしょうしね」と頷いた。



 サクス山に入り、ハンスは兵達に気を引き締めるように声をかける。山の中には山賊やモンスターがいるからだ。

 山に入って暫く経ったところで、先頭を走る馬車がゆっくりと止まった。その馬車にはウルズ達が乗っており、ハンスが窓を開けて何かあったのかと尋ねると、

「獣のような鳴き声を聞いたので」

 と、御者台にいる兵が答えた。

 続けて護送用馬車の手綱をとっていた兵も、「私も聞きました」と報告する。

 ハンスは暫く警戒態勢で様子を見るようにと指示を出し、

「モンスターがいるかもしれないと分かった以上、確認を取らずに出発は出来ません。ウルズさんには申し訳ありませんが、お付き合い下さい」

 治安維持の一環として害獣やモンスター駆除も時にはするのだと、ハンスは簡単に説明した。

 ウルズは勿論異論などなく、何か手伝えないかと耳を澄ませて周囲に目を配る。すると、虫の羽音らしきものが微かに聞こえて来た。

『ブーン…』という羽音が次第に大きくなっていき、その羽音から大きめの虫が大量にいると推測できた。

 生い茂る木々に遮られてまだ目視で確認を取れていないが、念のためにウルズは小声で呪文を唱え始め、もしもの事態に備える。

 戦士希望のウルズとしては戦うのであれば剣で戦いたいところだが、モンスターであろうとなかろうと、無数の虫を剣で相手するのはあまりにも効率が悪い。ゾロの妹の事もあるので、退治に時間をかけていられないと判断しての詠唱だった。

「あそこに何かある!」

 兵の1人が、声を上げて指をさす。

 その先に目を向けると、大量の虫が固まって飛んでいるのが木の隙間から見えた。

 それは1m程の黒い塊となって移動しており、そのまま虫の塊が進むと、護送用馬車に行き当たるのは容易に想像出来た。

 攻撃性のある虫だったら厄介だ––––。

 ウルズは唱えている魔法が使えると判断すると、呪文を完成させてそれを放った。

 そして虫の集団は、ウルズの魔法によって氷漬けにされて、その場にドスンと落ちる。

 ハンス達からすれば急に虫の入った氷の塊が出来たものだから、何が起きたのかと目を丸くする。

 ウルズはそんなハンスに「見に行きましょう」と声をかけて、馬車から降りた。

 氷の中が分かる距離まで近付き、先頭を歩いていたウルズの足が止まる。

 勿論氷の中がどのような状態になっているのか想像していたが、思っていた以上の虫の密集具合に、ウルズは顔を顰めて横を向いた。

 実は同じ形の物が密集している状態が、とても苦手なのだ。冒険者を目指す以上は慣れなければ…とウルズ自身も思っているのだが、生理的な拒否反応なのでまだ克服出来ずにいた。

「僕が確かめて来ますね」

 腕を掻くウルズを見て察したハンスが、1人で氷の塊に近付く。

 そして中を確認するなり、

「珍しい……、全部トキシービーですよ」

 と、振り返って教えた。


 トキシービーは一般的な蜂より体が大きく、長い足に黒と赤紫の縞々の腹部を持ち、厳つく不気味な見た目をしている。

 それらに加えて猛毒の毒針を持っている事から、人々から『死神蜂』と恐れられているモンスターだ。

 集団で襲ってくるので攻撃対象となった時点で死を意味するのだが、基本的に温厚な性格なので、巣に近づいたり危害を加えない限りまず問題ないとされている。

 そしてトキシービーが集団で行動するのは、巣を守る時と巣別れをする時で、今はまだ巣別れをする時期ではない。ハンスがトキシービーを見て珍しいと言ったのは、そういう理由からだった。

「トキシー……ビー……?」

 ウルズが掻く手を止めて、ハンスの方を向く。教科書に書かれてあったトキシービーについての説明文を思い出したからである。

 そして、先程の兵達の『獣の鳴き声を聞いた』という証言––––。

「ハンスさん……」

 ウルズが、氷の塊を触っているハンスの名前を呼ぶ。

 そして振り返ったハンスに、

「それ、餌かも……」

 ウルズは、氷の塊を指差して言った。



続く。

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