後日談 ゾロの妹

第1話 ウルズ×久しぶりのサンプ

 事件を解決し、バーチを出発してから4日––––

 天候に恵まれモンスターと遭遇する事もなく、ウルズとアイシャは予定通りにサンプに帰って来た。

 前もってアイシャがサンプの管理主邸––––つまりアイシャの家に向かって欲しいと御者に頼んでいたので、馬車はサンプに入ると至高神神殿方面に向かって進んだ。

 観光地であるサンプは人も馬車も多く行き通い、相変わらずの賑わいを見せている。その風景が帰って来たという実感を2人にもたらした。


 管理主邸に着くとウルズとアイシャは馬車を降り、バーチからここまで連れて来てくれた御者に話しかけた。御者もまた気さくに返事をして、3人で笑い合う。

 4日間共に過ごしたのもあり、3人は談笑する仲になっており、

「せっかくサンプに来たのだから、家族に土産でも買って帰ろうかと思います。ついでに、バーチまでの客を見つけられたら最高なんですがね」

 御者がそう言って笑うと、セリョ・ル・シード神殿の方に顔を向ける。神殿は離れているが、神殿の外壁はすぐそこに見えていた。

 土産と聞いてウルズが、それなら……と、御者に品揃えの良い土産物店の場所を教える。そして、

「そこらへんは特に観光客が多いから、ひょっとしたら客が見つかるかも」

 と、御者に笑いかけた。

 そして雑談に一区切りついたところで、

「名残惜しいですが、そろそろ失礼します。教えていただいた店に寄ってみますね、ありがとうございました」

 御者が帽子を取って頭を下げ、手綱を握り直した。

「お世話になりました」

「気をつけて帰って下さいね」

「どうかお元気で」

 御者が手綱を操り、馬車が動き出す。

 そうして去っていく馬車を、ウルズとアイシャは手を振って見送った。


 そんな2人の後ろから、

「シア様!」

 と、若い男性の声が掛かる。

 声に反応して振り返ると、門番ともう1人の男性が小走りでこちらに向かって来ているところで、アイシャが笑顔で「ただいま」と手を振った。

 門番が連れて来た男性は、濃い金髪と青い目をした青年で、彼の所作と醸し出す雰囲気は、侍従のそれとは違う。

 門番は「お帰りなさいませ」と一言声をかけると持ち場に戻り、アイシャは男性と軽く言葉を交わした後ウルズの方に向き直って、

「ウルズ、彼はハンスと言って、父様のお仕事の補佐だけでなくて、私の護衛や御者もやってくれているの。ハンス、こちらはウルズ・ホガッタさん。今回依頼で一緒になって、色々とお世話になったの」

 2人に手を向けながらそれぞれを紹介した。

「初めましてウルズさん。よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ハンスとウルズが握手を交わす。そしてハンスから、

「シア様からお話を伺っています。護送車の用意は出来ており、いつでも出発できる状態にあります」

 と告げられた。それを聞いてウルズがアイシャを見ると、

「妹さんは短く見積もっても、ゾロさんと出会った日から1人で過ごしているって事でしょ? だから1日も早い保護が必要だと思って、あの後すぐに手紙を出したの」

 と、アイシャは説明した。

 その気転に「ありがとうな」とウルズが礼を言うと、アイシャは嬉しそうにニッコリ微笑んだ。

「サクス山は、ここから馬車で1時間ほどの距離にあります。保護対象がいる洞窟を捜し出してサンプに連れて帰るとなると……、短く見積もっても4時間は掛かると思います」

 ハンスがおよその時間を割り出して、2人に伝える。

「じゃぁ、校長に報告した後すぐに向かった方が良さそうですね」

「はい、その方が安全で洞窟も見つけやすいかと」

 ウルズはハンスと頷き合って、この後の工程を確認した。

 2人の話が終わるなり、傍で聞いていたアイシャが右手を上げて、

「私も行きたい」

 と参加の意思を示す。が、山の中は危険である事、数人で向かうので人手は足りている事などを理由にハンスから却下され、授業を受けるようにと言われる。

 それでも一緒に行きたいとのだとアイシャは粘ったが、ウルズの、

「ハンスさんの言う通りやと思うで」

 というトドメの一言で、サンプに残る事となった。

 ウルズとしてはハンスの言い分だけでなく、長旅のアイシャを気遣っての発言だったのだが、アイシャはウルズにも却下されてショックで固まってしまい、そんなアイシャをウルズとハンスと門番が慰めた。

 そしてアイシャが立ち直ったところで、

「とにかく中へ」

 と、ハンスが管理主邸の中にウルズを招く。

 バーチの管理主邸も広かったが、サンプの管理主邸はそれよりもまだ広く、飾ってある調度品は高級品ばかり。天井が高く気品を湛える空間が、視界いっぱいに広がっていた。

 バーチの管理主邸で過ごした経験もあり、多少は場慣れしたと自認していたウルズだったが、拝観料を取れそうな建物の中で家に帰って来た感を出しているアイシャにはどうしても違和感を覚え、やはり自分は庶民だと実感したのだった。


 前を歩いていたハンスが振り返り、

「学校には、伯爵家からの依頼という形で許可を頂きましょう。山賊の妹という事ですから、事後処理として許可が下りるでしょう。依頼用の書類を今から用意しますので、少々お待ち下さい」

 と言ってウルズとアイシャに頭を下げると、どこかに行ってしまった。

 そんなハンスを見送るウルズに、

「ウルズ、こっち」

 アイシャが手招きで付いて来るようにと示す。

 ウルズはアイシャの後ろについて幅のある階段を上って行き、2階の長い廊下を歩いた。

 そしてアイシャはあるドアの前で立ち止まり、

「ここが私のお部屋なの」

 そう言ってドアを開け、

「どうぞ、入って」

 と、ウルズを招き入れる。

 ウルズはアイシャに促されるままに部屋の中に入り、自分の部屋の4倍はあるだろう広い部屋を見て、「すげー」と感嘆の声を上げた。

 廊下や玄関ホールは気品を感じる大人好みの内装だったが、アイシャの部屋は家具もレイアウトも可愛いらしく、女の子が喜びそうな部屋だった。

 広く取られた窓からは明るい日差しが差し込んでいて、飾られている花もさぞ満足しているだろう。

 それからアイシャは熊のぬいぐるみや置物が大好きらしく、至るところに飾ってあった。市場で買った三つの熊のぬいぐるみも、ここに飾られるのだろう。

 アイシャは、ドアの前を通りがかった侍女にお茶を持ってくるようにと頼むと、

「学校に行く準備をするから、ここに座って待っていて」

 そう言って大きめの椅子を引いてウルズに示し、自身は隣の部屋に続くドアを開けて入って行った。この部屋だけでも十分な広さがあるというのに、まだ他にも部屋があるようだ。

 ウルズは言われた通りに勧められた椅子に座ると、正面の椅子に座っている大きな熊のぬいぐるみと目が合った。

 大きさは1m程で耳は小さく、目は焦茶色。全体的に小麦色で、首にはループタイがされている。

 大きいぬいぐるみだな––––。

 普通ならその程度の感想で終わるところだが、ウルズはそれだけでは済まなかった。



続く。

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