最終話 ウルズとアイシャ×依頼終了

 出発の朝。

 バーチ管理主邸で待機している馬車の前に、これから出発するウルズとアイシャ、それから見送る側のリット、ハロルド、ゴーシュ、使用人達の数人が立っていた。

「どうか、お受け取り下さい」

 ハロルドがウルズとアイシャにそう言うと、後ろに控えていた侍女の1人が前に歩み出て、ウルズに大きな袋を渡した。

 帰りの旅費と弁当を用意してくれたらしい。弁当はウルズの食欲を考慮して作ったと分かる大きさで、ウルズが笑顔で礼を述べると、侍女は顔を赤らめて後ろへと下がった。

 アイシャはそれに気が付いてウルズを見たが、ウルズには気付いた様子もなくリット達に礼を言っている。

「今回は本当にお世話になりました。礼は後日、正式な形でさせて頂きます。どうか、気をつけてお帰り下さい」

「こちらこそ、色々ありがとうございました。お元気で」

「またお会いしましょう」

 ウルズとアイシャは、リット、ハロルド、ゴーシュの3人と別れの挨拶を交わしてから馬車に乗り、見送られて管理主邸を出発した。


 リットが手配してくれた馬車は、アポロ経由でサンプまで送り届けてくれるらしく、順調に行けば4日でサンプに着く予定だ。そして2日目の昼に予定通りにアポロの街に到着した。

 貴族街の道路は綺麗に舗装されており、沿道に植えられた花は街を彩り、立派な屋敷が立ち並んでいる。

 そして貴族街と呼ばれるだけあって、巡回中の警備兵の姿があちこちで見かけられた。

「やっぱ、金持ちはちゃうなー」

 そんな感想を漏らしている内に目的地に辿り着き、馬車がゆっくり止まる。

「順調やな」

「そうだね」

 ウルズとアイシャは馬車から降りて玄関先に立つと、ドアに付いているドアノッカーでノックした。

 コンコンコン。

 ノックの音が鳴る。

 誰もいないのか返事はなく、2人は顔を見合わせた。

 貴族街だからと言って貴族しか住めない場所ではなく、金持ちも住んでいる。そして必ずしも使用人が居るわけではなく、おそらくこの家も使用人が居ないのだろう。

 その後も何度かノックをして声もかけてみるが無反応で、

「留守なのかな?」

 ウルズとアイシャはどうしたものかと話し合いを始めた。

 馬車は借り物なので、こちらの都合で返す日が遅れるのは気が引ける。なので、何時まで粘るかという検討をし始めたところ、どこからか子供の笑い声が聞こえて来た。

「もしかしておるんか?」

「あっちにいるみたい」

 アイシャはそう言って振り返り、声のする方へと数歩歩くと、大きめの声で呼びかけた。

 すると30代の女性が家の影から顔を出し、ウルズ達を見るなり、

「何かご用ですか?」

 とやって来た。

 その手には、4歳ぐらいの女の子の手が繋がれており、女性は少し訝しげにウルズ達を見つめた。

「こんにちは、私達はシティン国立冒険者学校の生徒で、今日は依頼で来ました」

 アイシャが代表して伝えると、

「依頼?」

 冒険者学校の依頼と聞いて、女性は表情を緩めた。どうやら学校の行事を知っているようだ。

「マリー・ユークリッドさんですか?」

 アイシャが女性に尋ねると、女性は「いいえ」と首を横に振り、

「マリーはこの子ですのよ」

 と、母親にぴったりくっついている金髪の少女を示した。

「そうでしたか。お母様ですか?」

「ええ」

「マリーさんへお届け物です。こちらご確認いただけますか?」

 アイシャがそう伝えると、ウルズは持っていた箱を差し出した。

 山賊の手で包装紙は破られてしまったが、バーチに向かう途中で包装紙を買い、ウルズが新しくラッピングしなおした物だ。おまけにリボンもかけてある。

 女性は箱を受け取るとその封を開けて、箱の中から手紙を取り出して読み始めた。そして、

「あらあら……やだわ、お父さんったら。個人のお届け物に生徒さんを使うだなんて」

 困った風に声を上げると、

「落とさないようにね」

 しゃがんで子供に箱を渡し、中身を確認させた。

 箱の中には可愛らしい人形が一つと、人形の付属品が何個も入っていて、マリーが嬉しそうにニコニコ笑う。

  母親は、娘の頭を撫でてから顔を上げると、

「ごめんなさいね、父がこんな事を頼んでしまって」

 申し訳なさそうに謝った。

 その言葉で、

「あ……」

 と、ウルズが校長の名前を思い出す。

『ベルク・ユークリッド』

 それがウルズ達が通う、シティン国立冒険者学校の校長の名前だ。

 アイシャも依頼主が校長だと分かり、驚きの表情を浮かべた。

「では、サインしましょうね」

 生徒手帳には「依頼確認欄」があり、依頼が無事に済めばそこにサインを書いてもらう決まりとなっている。

 ウルズ達は生徒手帳を渡し、サインを書いて貰った。

「わざわざありがとうございました。ほら、マリーちゃんもお礼を言いなさい」

 母親に促されて、人形を抱いたマリーが可愛らしくお辞儀をする。

 ウルズ達は「どういたしまして」とマリーの頭を優しく撫でると、母娘に挨拶をして馬車に戻った。


「長かったね」

 サンプに向かって走る馬車の中、アイシャはリュックサック熊を腕に、外の景色を眺めながら感慨深く言った。

「ほんまやな。ちょっとしたお使いのはずやったのにな」

 ウルズも笑って同意する。

「大変な事もあったけど、良い事もあって、楽しかったぁ。一番良かったのは、ウルズに会えた事かな」

 アイシャはそう言って、ニコッと満面の笑顔をウルズに向けると、

「……よくそんな事、平気な顔して言えるな」

 ウルズは眉を顰めてスッと視線を逸らした。照れ臭くなったのだ。

 そんなウルズに、アイシャがクスリと笑う。

「魔法を見せてくれるって話、忘れないでね」

「あぁ……」

「それから、ゾロさんとの約束もね」

「分かってるって」

 アイシャは、少しぶっきらぼうに返事をするウルズの青灰色の瞳を覗き込もうとしたが、素早く横を向かれてしまった。

 ただ長期間一緒に過ごして来たからなのか、ウルズのその態度は不機嫌から来るものではないと分かり、アイシャがクスクスと笑う。

「なんやねんな」

 ばつが悪そうな顔をしてアイシャを見るウルズに対し、

「なんでもないよー」

 今度はアイシャが笑いながら反対側を向いた。

 身分を気にしないウルズと知り合った事、カミューのいる魔法科へ行きやすくなった事––––。

 他人からすればちょっとした変化だが、アイシャにとっては大きな変化だった。

 今まで以上に、毎日が楽しくなりそうだ––––。

 アイシャはこれからの学校生活を想像して、胸を躍らせた。



第一章 終わり。

第二章 後日談 『ゾロの妹』に続く。

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