第40話 ウルズ×ゾロの頼み
暫く2人で話をしていると、ハロルドが部屋を訪れた。
いつもの格好とは違い、女性物の晴れ着に身を包んで髪には花を飾っている。
それもそのはず。新しい管理主の発表と共に、ゴーシュとハロルドの婚約が正式に発表されたからだ。
ハロルドはその晴れ姿で、祝福に来た客の応対に当たっていた。
ハロルドを男性だと思っていたバーチの住民達は、婚約発表で実は女性なのだと知り、二重の衝撃が走った。
発表後の町は一時騒然としたが、今はお祝いムードに包まれて違う意味で賑やかだ。人通りが多くて町全体が明るい。
「おめでとうございます、ハロルドさん」
ウルズとアイシャが改めてハロルドに祝福の言葉を贈ると、ハロルドは頬を染めて会釈をした。
ハロルドが男装をしていたのは、彼女が政略的なものに利用されたり騙されたりしない様にと、彼女を守ろうとした母と祖母の意向によるもので、人前に出る際の彼女の習慣となっていた。
しかし決して女性としての生活を禁止するものではなく、ゴーシュを含む一部の者達の前では普通に女性として生活していたという。
アイシャとハロルドが話に花を咲かせ、ウルズがそれを聞いていると、管理主になったばかりのゴーシュがやって来た。
ハロルドを捜しているのかと思いきや捜していたのはウルズだったようで、
「ウルズ君、少しいいか?」
ウルズに手招きをして呼び寄せた。
ゴーシュは山賊達から話を聞くなど、さっそく仕事に追われて忙しくしているようだが、その表情はどこか晴れやかで、眉間に皺はない。
「なんですか?」
ウルズが近付いて尋ねると、
「ゾロという山賊が、君と話をしたいと言っているのだが……」
と、ゴーシュがゾロの名前を口にした。
「ゾロが俺に?」
個人的に話をするような間柄ではないが……と、ウルズはゴリラに似たゾロの顔を思い浮かべて眉を顰める。
「君を呼んでくれとずっと言い続けていてね。その声が大き過ぎて、番兵達が酷く困っているんだ。申し訳ないが、一緒に来てくれないか」
用事があり牢のある施設を訪れたところ、番兵達から助けを求められてやって来たのだと言う。
使者を出せば済む話なのだがハロルドの顔を見たかったのだろう、わざわざ管理主邸まで足を運んで知らせてくれたようだ。
しかし恋愛に疎いウルズは、その点をからかう事なく、
「良いですよ、時間はたっぷり有りますし」
頷いてゴーシュの頼みを引き受けた。
その会話を聞いていたアイシャも、
「私も行く」
と立ち上がり、ウルズとアイシャとゴーシュの3人は、ハロルドに留守を任せて屋敷を出た。
山賊達が拘束されている施設に着き、早速地下牢へと向かう。
牢の出入り口に立っている番兵が敬礼をして、
「叫び疲れたようで、今は静かです」
と、ゴーシュに報告した。その番兵の顔が疲れ切っているように見えたのは、ウルズだけではないだろう。
「ご苦労」
ゴーシュは一言労って、階段へ向かった。
足音を響かせながら、地下へと続く階段を下りていく。
人の数が減ったためなのか、地下牢が前に訪れた時よりも少し静かで肌寒く感じた。
(ここであんな事あったやなんてな……)
騒動を思い出しながら歩く。
今回はアイシャも付いて来るようで、階段を下りても残るとは言わなかった。
ぐったりと横になっている山賊達は、牢の前を歩くウルズ達を目で追うだけで、声を出す元気すらないようだ。
その様子を見て、
(どんだけ煩かったねん)
ウルズは心の中でゾロにツッコミを入れた。
ゾロの視界にウルズの姿が入ると、ゾロはガバッと立ち上がり、鉄格子を両手で掴んでは、「待っていました!」と言わんばかりにウルズに笑いかけた。
「話って何?」
ゾロの前に立ったウルズが早速尋ねる。
ウルズはたいてい見下ろす側なのだが、今はゾロを見上げている。
「あんたに頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事?」
急に何を……と、訝しげにゾロの顔を見る。
場合によっては取り合わずに帰るつもりでいたウルズだったが、ゾロの目がやけに真剣かつどこか焦っているように見えたので、
「……犯罪以外なら、話は聞くけど……」
そう答える。するとゾロは間髪入れずに、
「妹の事なんだが、実は、サンプに近いサクス山と言う山の洞窟で、俺の帰りを待っているんだ」
食い気味に話し始めた。それを聞いて、
(そういや、そんな感じの事言うてたな。てか、なんで洞窟?)
とウルズは気になったが、話が長くなりそうなので質問するのをやめて、
「その妹が、何?」
話の先を促した。
「妹を保護してやって欲しい。あんたは良い人だから、可愛い妹を任せられる。お願いだ、このままでは妹は死んでしまう。俺が食べ物を持って帰るのを、楽しみに待っているんだ」
「可愛い……妹……?」
ゾロのワードに引っ掛かりつつも、ウルズが特徴を尋ねると、
「金髪で、青目で、とにかく可愛いんだ」
ゾロがホクホクの笑顔で、的確なのか曖昧なのかよく分からない返事をした。
(金髪で、青い目の……ゴリラ……?)
腕を組んで、目を閉じる。
ウルズは、金色の体毛をした小型ゾロがリボンを頭に付けてウィンクしている姿を想像し、そのウルズに隠れて話を聞いていたアイシャが、
「妹さんがいたんだぁ……」
唇に人差し指をつけて、ボソリと呟いた。
ウルズは少し迷ったが、彼自身血の繋がった弟や妹、兄弟同然の従兄弟達が沢山いる。したがって、心配するゾロの兄心は物凄く理解出来た。
それに知ってしまった以上、その妹に死なれては後味が悪い。
(しゃーないなぁ)
ウルズはため息を吐いて、ゾロの頼みを引き受ける事にした。
「分かった。その妹を洞窟から連れ出して、温かい食事を与えたらええんやな?」
そうウルズが確認を取るとゾロは真剣に頷き、ウルズに礼を言い、
「俺が帰るまでいい子で待っているように伝えてくれ」
ゾロはウルズに妹を託した。
ウルズは、ゾロからサクス山のどこに洞窟があるのか聞き出し面会を終えると、馬車に戻った。
外は暗くなり始めていて、空には薄らと星が見えていた。
「サンプ近くの山って事なら、依頼終わらせてからやな」
馬車の椅子に座り、ウルズがそう言うと、
「家から馬車出せるよ?」
と、アイシャはウルズを見上げた。
「護送用の檻付いたやつ?」
ウルズが聞くと、
「そういうのが良ければ、そういうのもあるけど?」
アイシャは首を傾げた。
「じゃぁ、それで。ゾロの妹やしな、もしかしたら暴れるかもしれやんし。出来れば人手も借りられたら有難いんやけど」
巨漢で怪力のゾロの妹も、もしかしたら巨体で怪力かもしれない––––。ウルズがそう言うとアイシャは、「大変」と言って神妙な面持ちで頷き、ゴーシュもそれに同意した。そして、
「実は彼が入っている牢は、他の牢と比べて頑丈に作られているんだ。最初に入れた牢の鉄格子を曲げたものだから、急遽あそこに移したらしい」
と苦笑しながらウルズとアイシャに説明し、「だから1人だったのか」と、2人を納得させ笑わせた。
ゴーシュはウルズとアイシャに、
「自分はまだ施設での仕事があるので、先に帰っていて下さい」
そう告げると、外から馬車のドアを閉め、御者に出発するように声をかけた。
そして「参ります」という御者の声を合図に、馬車が走り出す。
お祝いムードに包まれたバーチの町は、家の壁や沿道の所々に飾りが施されており、ポツリポツリと点き始めた明かりがそれらを照らし出した。
元々賑わいのある町だったが、今は更にグレードアップしており、
「今夜は楽しい夜になりそうだね」
アイシャがウルズに同意を求め、
「せやな」
と、ウルズは素直に頷いた。
続く。
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