第39話 ウルズ×決着

 剣を抜いたアルトが、ゴーシュ目掛けて階段を駆け上がる。

 警備兵達は止めようとするものの、犯人と確定されていない身分の高い貴族に手荒な真似は出来ないようで、攻撃を防ぐのがやっとの状態だ。

 ゴーシュも警備兵の1人から剣を受け取りアルトと刃を交えるが、捕らえられた時に利き腕を痛めたらしく、痛みで顔を歪めて思い通りに動けずにいた。

 それを察したウルズが階段を登る。

 それでアルトの気を引きゴーシュとハロルドを外に逃がす隙を作ったが、アルトもゴーシュを追ってすぐに外に出た。

 警備兵達としては、アルトを押さえ込む形で捕まえたいのだが、彼の半ば出鱈目に振り回される剣は意外と近寄り難く、しかも剣術を学んでいたのか、牽制のように時折型通りの攻撃や防御を見せた。


 ウルズは、自暴自棄になって完全に取り乱しているアルトに、

「いい加減、観念したらどうなん」

 と声をかけ、それで目を付けられてしまい、剣を振り下ろされる。

 ウルズはその攻撃を受け流し、それにより体勢を崩したアルトが、ヨロヨロと後ろに下がる。それからギロリとウルズを睨み付け、

「黙れっ!! 平民が気安く私に声をかけるなっ!!」

 と、腹の底から怒号を放った。

 それから彼の血走った目が、地下牢の入り口へと向けられる。

 その視線を辿れば、そこには固唾を飲んで見守っているアイシャの姿があり、

(しまった!!)

 ウルズは肝を冷やした。

「アイシャ!」

 ウルズが叫んだのと同時に、アルトがアイシャに向かって走り出す。

 ウルズは頭の中で氷の壁をイメージして、早口で呪文を唱え始めた。

 ウルズの剣が魔力と呪文に呼応して、青白く光り始める。

(間に合うかっ!?)

 焦りながらもウルズは頑張って、すぐに呪文を完成させた。

 が––––

 ウルズは、その魔法を放つに至らなかった。

 それというのも、アイシャに斬りかかったアルトの剣が、刃と刃がぶつかり合う音を立てた直後に宙を舞い、クルクルと回転して地面に落ちたからだ。

 痛みで手を押さえるアルトが見たものは、思いもよらず己の剣で反撃に転じたアイシャの姿で、両刃の細身の剣がアイシャの手元で輝いていた。

 それにはウルズも驚き感心し、

「さすがは剣士科、お見事!」

 剣を鞘に収めて、アイシャに拍手を送った。

「……アルト・エイリン……」

 引き締まった顔ばせのアイシャが、警備兵に押さえつけられているアルトを見据える。

「今回の事は、国王陛下に報告されると心得なさい。陛下から処分が下されるまでは、こちらが指定した場所にて謹慎を申し付けます」

 凛とした態度で言い渡すアイシャには、貴族の威厳を感じさせるものがあり、彼女は剣を鞘に収めてから鞘ごとホルダーから外すと、アルトに差し示した。

 その剣は、騎士の証として与えられる剣と同じ物で、国旗と紋章が施されている。

 その箇所をアルトに見せつけながらアイシャは周囲を見渡し、彼女の長くて赤い髪の毛が風に乗って、マントのように翻った。

「この場は、スノーマン伯爵家のアイシャ・スノーマンが国王軍代理として収めます。アルト・エイリンを管理主邸に連行して下さい」

 アイシャがそう言って警備兵達に指示を出すと、警備兵達はアルトを起き上がらせて、建物へと連れて行く。

 警備兵に囲まれて力無く歩くアルト。

 その姿が建物の中に消えるのを見届けてからウルズが、

「やっと終わったな」

 そう漏らす。

 その声に反応して振り返ったアイシャの表情はいつも通り柔らかく、ウルズを見上げてニッコリ笑ったのだった。



 無事に事件を解決したウルズ達が管理主邸に戻ると、玄関先でリットによる直々の出迎えを受けた。

 重ねて礼を述べるリットに、

「リット様がお話して下さったおかげです」

 アイシャも笑顔で礼を言う。

 そんなリットとアイシャのやり取りを見て、ウルズは帰りの馬車での会話を思い出した。

 帰り道にウルズは、ゴーシュとハロルドの2人から、次期管理主について伏せていた事を詫びられたのだ。

 ウルズに教えなかったのは、ウルズが信頼に足る人物なのか分からなかったから––––との事で、

(それもそうやけど、アイシャが朝に聞いてた話を知ってたら、あんなまどろっこしいやり取りせんでも良かったんやけどな……)

 と、ウルズの目が半開きになる。思い出されるのは、アイシャを見捨てたとも取れるジュネとの会話だ。

 とはいえ、リット達が伏せた事情も理解出来る。それに仲良睦まじく座っている2人を見ていると、文句を言う気になれなかった。

 ただし気になる点はあるので、そこは聞こうと思い、

「失礼な事を聞くかもしれませんけど、あの人の事を疑わなかったのですか?」

 印章紛失事件にアルトが絡んでいると考えなかったのか?と尋ねる。

 ゴーシュはその質問にバツの悪そうな表情を見せて、

「全く脳裏を過らなかったと言えば嘘になるが、私もハロルドも、アルト殿を信じたかった。信じたいが為に、目を逸らしていたのかもしれない……。私達にとって彼は、師であり同僚であり友人であったから」

 ハロルドは表情を曇らせて俯き、ゴーシュは膝の上で両手を強く握りしめた。それから彼は緑色の瞳を窓の外に向けて、

「その点リット様は表立って言わなかっただけで、私達とは違う考えだったのだと思う。アルト殿が山賊が草原に現れるという情報を持って来た時に、アルト殿だけに対応を任せなかったのは、彼を疑っていたからだと思う。そしてリット様ご自身の兵を派遣しなかったのは、誤った判断を下している私の面目を潰さないよう、私の手で事件を解決させようと算段されたのだと……。君のおかげで、計画通りにはいかなかったが」

 ゴーシュはそう言ってハハハと笑った。ウルズがその言葉に苦笑いで頬を掻いていると、

「いや、すまない。君を責めているわけではないんだ、寧ろ心から感謝している。君にも、アイシャ様にも、リット様にも。本当に、ありがとう」

 ゴーシュは、深々と頭を下げた。

 そのゴーシュは今、ハロルドと並んでリットの後ろで付き従っている。そして、

「さぁ、2人もお礼を言いなさい」

 とリットに促され、2人は改めてウルズとアイシャに礼を言った。そんな光景にウルズが、

「礼はもう充分です。言われ過ぎて、飯を食べる前に腹が一杯になりそうです。俺は食べ物で腹を満たす主義なんで」

 と、左手で腹をさすりながら右手で「もう結構」と示すと、その場に居る全員が声を出して笑った。


 その日もまたウルズ達はもてなされ、翌日の昼、関係者が見守る中でアイシャは管理主任命式にて見届け人を務め、ゴーシュは正式にバーチの管理主となった。

 管理主の印章紛失事件が解決し、ゴーシュがバーチ管理主を引き継いだので、ウルズ達は本来の目的である学校の依頼に戻る事にした。

 翌朝にリットが手配してくれた馬車に乗って、マリー・ユークリッドが住むアポロの街へと向かう予定だ。

 色々あって報告期限を大幅に過ぎてしまったが、リットが一筆添えてくれたので成績に影響する事はないだろう。

 アイシャの部屋で今後の段取りについて話し合い、それが終わるとウルズは、

「なぁ、なんでハロルドさんとゴーシュさんが結婚するって分かったん?」

 出窓に腰をかけて、ずっと気になっていた事をアイシャに尋ねた。

 ソファーに座って紅茶を飲んでいたアイシャは顔を上げて、

「リット様が、次期管理主の発表をする時に、もう1つのお祝い事も一緒に発表しようって思っていたって仰ったからだよ。ハロルド様が女の子だって分かった時に、リット様が仰っていたもう1つのお祝い事は、婚約の事だったんだって思ったの」

「なるほど、リットさんに1人で呼ばれた時にそんな話してたんか。……しっかし、人を陥入れてまで地位なんて欲しいんかなぁ」

 ウルズも金や地位はあるに越した事がないと思っているが、犯罪を犯してまで権力にしがみ付こうとする気持ちは全く理解出来なかった。

「上に立つ者はそれなりの責務を負うべき……」

 アイシャのその言葉に、ウルズが「ん?」と視線を向ける。

「私の言葉じゃなくて、兄様がいつもそう言っているの。権力は、自分の欲を満たしたり人を従わせる為に使うんじゃなくて、弱い者や国を守る為に使うものなんだ……って」

 アイシャはソファーから立ち上がると、ウルズの隣に移動して来た。

 そして窓を開けて、新しい空気を取り入れる。

 中庭に咲いている花の香りが、部屋の空気を清めるように広がっていく。アイシャは目を閉じて、

「良い香り」

 と、胸いっぱい空気を吸い込んだ。

 アイシャが“兄様”と呼んだ人物はカミューではないようだが、その人物がその言葉を実行しているのであれば、人に慕われて上に立っている人間なのだろう。

 目の前にいるアイシャやカミューもそうだが、アイシャの言う兄様は、権力で人を押えつけるタイプの人間ではないようだ。

(貴族にも色んな人がいるんやな)

 人間とはそういうものだと分かっていても、ウルズは何人もの貴族と接した事でそれを殊更実感していた。

 そうして何気なく視線を中庭に移すと、並んで歩いているゴーシュとハロルドの姿が。

 アイシャもそれに気が付いたようで、

「お似合いだね」

 ふわりと微笑んでそう言った。



続く。

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