第36話 ウルズ×地下牢

 その日の夜、ウルズが部屋で過ごしているとハロルドがやって来て、明日ハロルドの立ち会いの下でゾロと面会出来ると伝えられた。

 ウルズは丁度、身元不明の男達の主が一体誰なのか気になっていたところだったので、良いタイミングで来てくれたとばかりに質問する。しかし、

「身元不明……ですか?」

 と首を傾げられてしまった。なので、身元が分かる物を所持していない者が居たと教えると、

「すみません、それは僕には分かりません。山賊以外の者達の身元は、ゴーシュ様とアルト様によって確認されましたので」

 ハロルドはすまなさそうに謝った。

「勿論、普段の取り調べと同様に所持品は調べている筈です。ですが、それは他に何か出てこないかという調べであって、何が足りないのかという取り調べではなく、書類には記されていないかと……。それが何か?」

「いや、意図的に身元を隠していたのかもとか考えてたら、気になってしまって。でも今の話で、アルトさんとゴーシュさんと山賊以外の勢力が無いのは分かりました」

 ウルズがそう答えるとハロルドはハッとした表情を浮かべ、それから兵達は既に釈放した後なのでウルズの疑問についてはもう調べられないと、不手際を詫びた。その上で、

「派遣は内密に行われたと思いますので、目撃者からあらぬ噂が立たない様にと配慮して、身元を隠したのかもしれません」

 そう前置きをし、

「この辺りでは、エイリン家とトウハク家が管理主の為に協力を惜しまないという事が知られていますので、この両家の兵だと知られた場合、事実かどうかは関係なく、管理主主導で何かをしたという噂が流れてしまう恐れがあります。両家の兵は当然国からの要請にも応じて動くのですが、管理主が気に入らない者達や陰謀論が好きな者達は何処にでもいますから……」

 と、フォローとも誤魔化しとも取れる推測を口にした。

 その考えに対してウルズが

「そうですか……」

 と歯切れの悪い返事をすると、

「それでは失礼します」

 ハロルドは頭を下げて部屋から出て行った。


 翌日ウルズとアイシャは、ハロルドとその護衛達と共に、町の警護兵が詰める施設の地下牢に向かった。

 アイシャはリットに管理主邸で待つようにと言われたが、彼女の希望で一緒に来る事となり、今は施設の敷地内をウルズと並んで歩いている。

「こちらです」

 警備兵に案内されて、地下牢に続く湿った階段を下りて行った。

 地下牢は4つあり、ゾロは一番奥にある牢屋に何故か1人で入っていた。そのゾロとペアを組んでいた小男といえば、ゾロの向かい側にある狭い牢に、人の良さそうな男と一緒に入っている。山賊には見えないが、一緒に投獄されている以上彼も山賊なのだろう。

 そして残りの山賊達は、4〜5人ずつ分けられて2つの牢に入れられていた。

 アイシャは、階段を降りた所で足を止めて、

「ここで待っているね」

 と言い、ハロルドが付き添うと申し出てその場に残った。来てみたものの牢屋の様子を目の当たりにして、怖気づいたのだろう。

 アイシャの例の能力を考えると、当然の反応だとウルズは思った。ここには悪意を持つ男達が勢揃いしているのだから––––。

 ウルズは1人でゾロのいる牢に近付いて、「よぉ」と声をかけた。

 すると、指遊びをしていたゾロがその動きを止めて、

「あー、あんたか!」

 相変わらずの能天気さで、ニカッと笑った。ゾロに限っては、このような状況下にあっても悩みなど無さそうだ。

 そんな彼に、

「なぁなぁ、あの箱さぁ、誰かに頼まれて運んでたんやろ? その雇い主知ってたら教えてくれへん?」

 ウルズが早速直球で聞く。

 まどろっこしいやり取りを避けたかったのと、他の山賊達を気にして遠回しに聞いても、ゾロには通じないと思ったからだ。

 ウルズの明け透けな質問にゾロは太い首を傾げて、

「さぁ? 雇い主が誰なのか知らないが、かなりの金持ちらしいぞ。あの箱を届けると金がたんまり入るんだってさ。そしたら妹に美味い物をくれるって、親分が約束してくれたんだ」

 躊躇する事なくペラペラとウルズに教えた。

 普通は金を分け与えられるはずだが、ゾロの報酬は食べ物らしい。

 やはりゾロは、知能の低さとあの怪力を山賊達の良い様に使われていたようだ。恐らく、本来の取り分より安い食料をゾロに渡すつもりだったのだろう。

「報酬を食いもんで貰うとか……」

 ウルズが呆れて指摘すると、

「何言ってんだ、食べ物を持って帰ったら、腹を空かせた妹が喜ぶだろ」

 ゾロが手を握りしめて反論する。そんな彼に、

「金やったら食いもんだけやなくて、服も買えるで。他のもんもな」

 ウルズが考えるまでもない事を教えると、

「あんた、頭いいな!」

 ゾロは心底感心したとばかりに、感嘆の声を上げた。


 そんなゾロに盗賊の頭は誰かと尋ねると、彼は鉄格子に張り付いて正面の牢を指さし、

「あの小さいのがジュネ、で、もう1人が親分だ」

 と、無邪気に教える。

 ウルズが振り返ると正面の牢には、素直すぎるゾロに頭を抱えている2人の男がいた。

 ゾロの話では、ウルズ達と顔見知りの小男がジュネで、良い人に見える男が山賊達の頭となる。なので早速、

「あんたらの雇い主、誰?」

 と、山賊の頭に目を向けて単刀直入に聞いた。勿論、

「言うわけがないだろう」

 と速攻で拒否される。外見に似合わない不機嫌そうな声が返ってきた。

「黙ってたら依頼主が助けてくれるとでも思ってるん?」

 ウルズは立て続けにそう尋ねたが、山賊の頭は鬱陶しそうにシッシッと追い払うジェスチャーをして、

「何を言っても無駄だ。お前に話す事なんて何一つない、早く帰れ」

 と、取り付く島もない。

 外野から野次の一つでも飛んで来そうなものだが喋るのは山賊の頭ばかりで、ジュネに至っては何故か片隅で三角座りをしている。

 その様子も少しばかり気になるが、情報を引き出す為にここへ来たので、山賊の頭の素っ気無い態度にめげずに、ウルズが質問を続けようと口を開く。

 だがそのタイミングで別の来訪者が現れてしまい、取り調べが続けられなくなってしまった。


「おや、アイシャ様。このような所で何をされているのです? あぁ、お連れの方が取り調べに参加しているんでしたね。その事でしたら、我々がきちんと処理致しますのに」

 不意に掛けられた声にアイシャはビクッと身体を震わせて、後ろを振り返らずにウルズの元に駆け寄った。

「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか」

 そう言ったのはアルトで、護衛を引き連れて階段を下りる。その後ろには、ゴーシュの姿もあった。

「自分で自分の疑いを晴らして、早く依頼を終了させたいんです」

 ウルズが理由を述べると、

「なるほど、そのお気持ちよく分かります。冤罪などたまったものではありませんからね」

 アルトは頷いて同意した。そして、階段を降り切ってからは1人で牢の前を進み、

「私共としましても、今回のような悪質な事件を引き起こした首謀者には早く捕まって欲しいので 、迅速に対応するつもりです」

 アルトはそう言ってゾロを見てから、頭がいる牢へと近付く。

 アルトの笑みは相変わらず優しいが、どこか嫌な感じがする。アイシャもそう感じたのかウルズの腕を引いて、アルトを避けるようにジリジリと階段側へと後退して行った。

 ここに着いた時、アイシャは怖がって牢屋に近寄らなかったにも関わらず、彼等が来た途端にウルズの所まで走って来たという事は、アイシャにとってアルトは、山賊達よりも怖い存在という事なのだろう。

(やけど昨日、ここまであからさまに態度に表さへんかったよな。って事は……)

 考えるところがあってウルズは、視線をアイシャからアルトに移した。

 アルトは山賊達を見渡し、山賊の頭と目が合うと笑みを薄めて、

「本当の事を言えば、刑は軽くなりますよ。幸い貴方達はこの件に関して、誰も殺していないのですから」

 鉄格子を握り、説得じみた言葉をかけた。そして一呼吸置いてから、

「お前達の依頼人は、ゴーシュ・トウハクでしょう?」

 と、アルトがゴーシュの名前を口にした。

 それを聞いたゴーシュ本人が、

「何をっ! 私はそんな奴らを雇ってはいない!!」

 アルトの言葉に驚き声を荒げる。

 アルトがスッと腕を前に出すと、彼の護衛達が主を守らんとばかりにゴーシュの前に立ち塞がり、今にも突っ掛かりそうなゴーシュを制す。

「それについては、この者達から聞き出せるでしょう。私が年上で貴方は若いから、次期管理主の座に就けないと危機感を抱いたのでしょうが、馬鹿な事をしたものですね」

 アルトは、冷静な口調でそう言ってから連れて来た護衛に向かって、

「君、彼を屋敷に連れて行きなさい。丁重にね」

 と、素早く指示を出した。

「私ではない!」

 連行に抵抗して腕を引くゴーシュを見て、アルトは抵抗しない方が身の為だと忠告する。

 ゴーシュは険しい目つきでアルトを睨み付けていたが、

「……身に覚えのない事です。この疑いはすぐに晴れるはず」

 疑いを晴らす為に話し合うと決めたらしく、大人しく歩き出した。

 護衛に連れて行かれるゴーシュの後ろ姿をアルトが眺めていると、

「アルト様! ゴーシュ様がそのような事をする筈がありません!」

 いつも物静かなハロルドが、声を大きくして強く抗議した。

 アルトはそんなハロルドに哀れみの眼差しを向けて、

「大切な幼馴染の犯罪を信じられないのは、無理もありません。ですが、事実は如何ともし難い……。私も胸が痛いのです」

 首を横に振って、沈痛な面持ちでハロルドに慰めの言葉を掛けた。しかし、

「いいえ! 絶対に何かの間違いです! アルト様はゴーシュ様の犯行だと、本気でお思いですか!」

 ハロルドは顔を赤くして、ゴーシュの擁護を止めようとしない。

 そんなハロルドに、

「ハロルド、私は無実だ。何もしていないのだから堂々と調べを受ける。大丈夫、きっと分かって貰えるさ」

 ゴーシュは振り返って笑みを向けた。

 それは、ウルズとアイシャが初めて見る、彼の優しい笑顔だった。

「事実は、彼らの口からハッキリさせられるでしょう」

 アルトは山賊全員を見渡した後、

「ゴーシュ・トウハクが依頼人……。そうですね?」

 と、静かに問いかけた。

 山賊の頭は、アルトを見つめてから観念したように大きく息を吐くと、

「もう隠しきれませんね。その通りです。俺達に判を隠し頃合いを見て持って来いと依頼したのは、トウハク家の長男、ゴーシュ・トウハクですよ」

 そうハッキリ答えたのだった。



続く。

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