第35話 ウルズ×アイシャで犯人探し

 ゴーシュは、タイトなシルエットの黒スーツに臙脂のネクタイといった服装をしており、瞳は翡翠色、金の髪は軽くウェーブがかっている。

 笑顔を浮かべれば好印象間違いなしの容姿だが、今は腰の剣を抜きそうな程に不機嫌さを隠そうともせずに苛立っていた。

 一方アルトは、とても落ち着きの払った男だった。

 茶色の髪に茶色の瞳、品の良いベージュのスーツを着こなす姿は典型的な貴族といった感じで、言葉・表情・仕草から育ちの良さが伺える。

 ゴーシュと同じく剣を持っているが、アルトの剣は柄にも装飾が施されており、あまり実用的な物ではないようだ。

「とにかく落ち着いて下さい。説明は僕がしますから、おじい様をお責めにならないで下さい」

 ハロルドがリットを庇うようにして間に立つと、ゴーシュは目を閉じて息を深く吐き出し、

「すまないハロルド、取り乱した。申し訳ありません、リット様」

 そう言って深々とリットに頭を下げる。

 それに対してリットは気にしていないとゴーシュの非礼を許し、その様子を見守っていたアルトが微笑ましいといった感じで、

「ゴーシュ殿はお若いから使い分けは難しいでしょうが、適材適所でその気質を使い分けられるようになれば、きっと素晴らしいリーダーシップを発揮するでしょうね」

 と、若いゴーシュをフォローした。

 ゴーシュからはまだ硬い空気が感じ取れるが、2人の人生の先輩から優しくされて落ち着きを取り戻したようで、リットがそれを確認して頷くと、

「さて、ゴーシュ殿も落ち着かれたようなので、紹介させて頂きましょうかな」

 そう言って一同を見渡し、

「アルト殿、ゴーシュ殿。こちらはサンプ管理主、スノーマン伯爵家の御息女アイシャ様と、ご学友のウルズ・ホガッタ様です。アイシャ様、ウルズ様、彼がエイリン家のアルト殿、そして彼がトウハク家のゴーシュ殿です」

 リットが手で示しながら、それぞれを紹介していく。

「初めまして、アイシャ・スノーマンと申します」

 アイシャが会釈すると、アルトが笑顔で挨拶し、

「アルト・エイリンと申します。噂通りお美しい。事が落ち着きましたら、是非我が屋敷にも御招きしたい」

 そう言いながらアイシャの手を取った。

 ウルズはネロのメモの事があって、アイシャの様子を窺う。

 ウルズと従姉弟のライドは、他の人にはない通信手段を持っている。なのでアイシャが危険を察知する特殊な体質だと知っても、特に変だとは思わなかった。

 ただアイシャの事はよく知らないので、そんな自分に違いが分かるのか……という疑問はある。

(明らかに様子が違うんやろか?)

 そんな事を考えながら目の前の光景を見ていると、今度はゴーシュが前に出て、

「見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。ゴーシュ・トウハクと申します。アイシャ様、お会いできて光栄です。今回の件に居合わせたとお聞きしましたが、御怪我などされていませんでしょうか?」

 頭を下げて挨拶をし、気遣いの言葉も掛けた。それは先程の荒くれた言動からは想像出来ない程の丁寧な言い回し方で、アルトが「使い分けが出来れば」と言ったのも納得だった。

 ウルズが観察した感じでは、アイシャはアルトよりもゴーシュに対して自然な笑顔で接している様に見える。

 しかし「気のせい」と片付けられる程度の僅かな違いなので、これで判断出来そうになかった。

 そうして4人が挨拶を終えると、リットが全員で食事でもどうかと提案し、「是非」と全員が同意した。

「では皆様、こちらに」

 ドアを開けたハロルドに広間へと案内され、その移動中にアルトとゴーシュは、ハロルドからこの後の予定と段取りについて簡単な説明を受ける。そして広間に着くとハロルドは、「食事の準備の為に」と言って、その場を離れた。


 アルトはアイシャにソファーに座るよう勧め、アイシャは一緒に座ろうとウルズの手を取って誘う。

 アルトとゴーシュが先にソファーに座り、ウルズはアイシャに腕を引かれて「ここに」と、アルト達の向かいにあるソファーに座らされた。その隣にアイシャも座ると、彼女はアルトとゴーシュに、

「ゴーシュ様、アルト様、彼は私と同じ学校に通っていて、今回は学校の授業の一環で、一緒に旅をしています」

 そう言って改めてウルズを紹介する。それを聞いたゴーシュはウルズの顔を見て、視線を下げてからウルズと目を合わせると、

「君も剣を使う者の手をしている。という事は……、もしかして我が兵達は、君に挑んで負けたという事なのだろうか?」

 怒るかと思いきや意外にも興味を持ったようで、ゴーシュは純粋に疑問を投げかけてきた。

「お2人の使いの方達には悪い事をしました。ですが、あの時は敵味方が分からず、また、使いの方達からは、俺は山賊の仲間だと思われていたようなので仕方なく……」

 そうウルズが事情を説明すると、ゴーシュは首を横に振って、

「いや、事情が分かればいいんだ。興奮してあのような発言をしてしまい、失礼した」

 そう言って執務室での発言を詫び、アルトはウルズの活躍を褒めてその場の雰囲気を和ませた。

 そんなちょっとした談笑の合間も、ウルズは3人に注意を払って観察していた。

 現在アイシャの正面にはゴーシュ、ウルズの正面にはアルトが座っており、アイシャから一番遠い位置にアルトが座っている。

 この席順は作法に則ったものなのか、偶然なのか、アイシャの意思が反映されたものなのか––––。ウルズがそれらを判断しかねていると、アルトが手洗いにと言って、部屋から出て行った。

  3人になったので、ウルズは理由を付けてソファーから離れてみる事にした。

 中庭を見る振りをして、アイシャとアルトの様子を盗み見る。

 アイシャは少しウルズを目で追っただけで、ゴーシュと笑顔で話を続けていた。

 そこに配膳ワゴンを押したハロルドがやって来て、

「まだ昼食までに時間がありますので」

 と、運んで来た紅茶とケーキをテーブルに置き始めた。後に控えている昼食を考えてか、ケーキは小さめだ。

 そして配膳し終えて部屋を出ていこうとするハロルドを、ウルズが「あの」と呼び止めた。そして足を止めたハロルドに駆け寄り、

「少しの間、ゴーシュさんを部屋から呼び出して欲しいんですけど」

 アイシャとゴーシュに聞こえないよう、声を潜めて頼む。

 そんな意図の分からない頼み事にハロルドは不思議そうに、

「ゴーシュ様を?」

 と返す。ウルズにつられて小声だ。

「ちょっと確かめたい事があるんで」

「もしかして、ゴーシュ様を疑っていらっしゃるのですか?」

 少し驚いた表情を見せるハロルドに、ウルズは首を横に振り、

「いや、そうじゃなくて、やってみたい事があって……」

 どう言えば良いのやらと、言葉を探す。

 全てを説明するわけにはいかず要点の掴めない話になってしまったが、ウルズの真剣な様子からハロルドは何かを察したらしく、

「分かりました、では後ほど参ります」

 頷いて了承した後、部屋から出て行った。

「どうかしたのか?」

 席に戻ると、ゴーシュが探る様な眼差しでウルズに質問してきた。ウルズは何でもないといった風体で笑い、

「俺大食いなんで、昼食を大盛りでとお願いしたんですよ」

 と答えると、アイシャが、

「ウルズの食欲は凄いもんね」

 と、ゴーシュにウルズのモンスター的食欲エピソードを語り、そのおかげでウルズは、それ以上追求されずに済んだ。


 それからアルトが部屋に戻って来て、ハロルドも直ぐにアルトの茶とケーキを運んで来た。

「ありがとう」

 微笑んで礼を述べるアルトにハロルドは軽く頭を下げ、それからゴーシュの方を向くと、

「ゴーシュ様、少し宜しいでしょうか?」

 と、伺いを立てた。

 ゴーシュはそれに頷いて、

「少し失礼します」

 そう断りを入れてから席を立ち、ハロルドは約束通りに彼を部屋から連れ出してくれた。

 閉まる扉に視線を向けていたアルトは紅茶を口に含んでから、

「彼らは幼馴染みでしてね、まるで兄弟の様に仲が良い。ハロルドさんは剣の使い方から始まって、色んな事をゴーシュ殿に教わったそうですよ」

 と2人について触れ、

「いつも一緒にいるので、妙な噂が流れた事もある程です」

 少し声を立てて笑い、その後は差障りのない話題へと移っていった。

 ゴーシュは、使いの者達と山賊達を倒した経緯や方法について質問をしてきたが、アルトは社交界や貴族間の流行についての話題が殆どで、アイシャが笑顔で応対する。

 ウルズはその様子を観察した後、

(さて、もう一度)

 と、ゴーシュの時と同じく離れた場所から観察しようと立ち上がろうとしたのだが、結局それは出来なかった。

 アイシャがウルズの上着を握りしめて、離そうとしなかったからだ。

(もしかして、アルトさんに拒否反応示してるんか……?)

 ウルズはアイシャの横顔を見てから、穏やかな笑みを浮かべているアルトに視線を移した。



続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る