第33話 ウルズ×管理主邸

 ウルズとアイシャが拘束されていく男達を眺めていると、管理主のリッチに管理主邸に来るようにと声をかけられ、共に馬車に乗ってバーチの管理主邸に向かった。

 アイシャは元々リットと面識があった他、身分を証明できる物を生徒手帳以外にも持っていたらしく、伯爵令嬢として丁寧に対応されている。

 ウルズはというと、ずっとアイシャと行動を共にしていた事と、シティン国立冒険者学校の生徒という身元の誤魔化しようのない立場から取り敢えず信用して貰えたようで、使者と同等の扱いを受ける事となった。

 屋敷に招き入れられて最初に通された部屋は、ダイニングルームだった。事情聴取よりも、ウルズの腹の訴えが先に聞き入れられたようだ。

 程なくして美味しそうな匂いと共に食事が運ばれて来て、

「どうぞ遠慮なく召し上がって下さい」

 主のリットがそう勧める。

 そして、少しずつ食べ進めるアイシャの隣で、ウルズは猛スピードで次々と平らげていった。

 その食欲とスピードにリットは驚き、もっと料理を持ってくるようにと指示を出す。

 遂には専属のようにウルズの隣りにメイドが2人も付き、彼の為に料理を取り分け始めた。

 当然だが、家庭料理とは異なり盛り付けも味付けも上品で、料理が得意なウルズでも作れないと思う品が何品も出て来た。そこから分かるように、ウルズは速度こそ早いがしっかり味わって食べていた。

 そして最後は、口溶けの良い甘さ控えめのバニラムースと甘味によく合う紅茶で締められ、ウルズの戦争のような食事は終わったのだった。

「いかがでしたか?」

 笑顔でそう尋ねたのは、いつもリットに付き添っている若者だった。名前はハロルドと言い、馬車の中でリットの孫だと紹介された。アンバー色をした髪と目がよく似合う、穏やかそうな若者だ。

 そんなハロルドの問いかけに、

「空腹だった腹が落ち着きました」

 ウルズが満足そうにそう答えたものだから、

「落ち着いた……ですか」

 ハロルドは苦笑いを浮かべた。約10人前も食べてのその台詞なのだから、当然と言えば当然の反応である。

 話によるとハロルドは、リットが足を悪くしたのを機にリットの1人娘である母親と共にこの屋敷に移り住み、それからはリットの身の回りの世話をするようになったのだと言う。

 ハロルドは10代後半の容姿をしているが実際は20歳を超えており、顔付きだけでなく体つきも少年っぽい。物腰の柔らかい人物だが、男達の身柄を拘束した際にはてきぱきと卒なく指示を出していた。といっても命令口調ではなく、『こちらをお願いします』と丁寧に話しており、貴族らしからぬその姿がウルズには印象的だった。


 ハロルドがリットの孫だと言っていたので、ハロルドが次期管理主になるのかとリットに尋ねたところ、

「僕は未熟者ですから、管理主にはなりません。仕事は覚えていっていますが、僕は管理主となる方にお仕えするつもりです」

 ハロルド本人がそう答えた。

 リットはそんなハロルドの意志を尊重し、血の繋がりのない者から次の管理主を決めるつもりだと言い、ハロルドも、

「次期管理主の候補は、トウハク家のゴーシュ様とエイリン家のアルト様です。お二方とも甲乙つけ難い有能な方です」

 と、どちらも管理主に適した人物だと笑顔で説明する。

 だが今回の印章紛失事件は、管理主の座を狙っている者の犯行だとウルズは睨んでいるので、心の中で、

(内面もそうやとええんやけど……)

 と呟き、リットとハロルドの仲の良さそうな姿を見ては、自分の推理が当たるという事は裏切り者がいるという事なので、推理が外れていますようにと願った。


「ところで……」

 話にひと段落がつき、リットはウルズから事情を聞こうと、姿勢を正して本題を切り出した。

「大体の経緯はアイシャ様よりお聞きしました。そして、貴方もシティン国立冒険者学校の生徒さんだとか」

「はい」

 ウルズは生徒手帳の個人情報が載っているページを開き、身元の確認をしてもらう。

 リットが聞きたかったのは、沢山の男達が倒れていた理由だったようで、ウルズはどういう状況でどのような魔法を使ったのかを話し、襲われた上に敵味方の区別が付かなかったため、全員に向けて使うしかなかったと説明した。

「山賊は、何者かに依頼されて印章を運んでいたみたいです」

 山賊達とやり合う中で知り得た情報を提供すると、リット達の表情が険しくなり、これから捕まえた男達を厳しく調査する流れとなった。

「あの……、俺達が乗っていた馬車ですが、山賊達に奪われたせいで所有者不明の状態なんです。物凄く可愛がられていた馬らしいので、御者を探して返して欲しいのですが」

 ウルズが、頑張ってくれた馬達と馬車の事後処理を頼む。それから準備が出来次第ここを出発すると伝えたところ、リットに首を横に振られ、まだ滞在するようにと止められてしまった。

 ウルズの身元は確かであるが、一時的にしろ管理主の印章を持っていた事もあり、事実関係を調べないわけにはいかないと言うのだ。

 無実を証明する確固たる証拠がない以上、犯人が誰なのか分からないこの状況下で、ウルズ達を帰すことは出来ない––––という事らしい。平たく言うと、「ウルズは容疑者の1人なので帰せない」というわけである。

 少しの滞在で済みそうにない話に、ウルズとアイシャが顔を見合わせる。

 それにやはりウルズの事は全面的に信用されていないようで、ウルズは心の中でため息を吐いた。

 しかし、ウルズは納得の行かない事に唯々諾々と従う性格ではなく、それならば……と姿勢を正して、リットに向き直す。

 そして、

「ご意向は分かりました。では、その代わりと言っては何ですが、俺達を犯人探しに加えてくれませんか? それと、依頼の遅れについてのサインを頂きたいのです。サインを頂いて報告の手紙を書かないと、成績に響いてしまいますので」

 と、交渉に入った。

 容疑者なのに捜査に参加させろと言うのはかなり強引ではあるが、万が一誤解されたり犯人にされてしまっては堪らない…と考えての、ウルズからの申し入れだった。

 もしウルズの推理が当たっていれば、首謀者は先ほど聞いた2人の内のどちらかとなる。そしてそのどちらもリットと親交が深く、仕事の手伝いをしにこの管理主邸を頻繁に出入りしているらしい。

 つまり、その気になれば首謀者に繋がる証拠を隠蔽し、ウルズ達に罪を被せる事が出来る––––というわけである。

 それに庶民が体験する事のない権力争いと、そこから来る陰謀及びその解明は、学校の依頼よりも心が弾むものがあり、正直とても興味深い。よって滞在となるのなら、少しでも事の成り行きを見届けたいと思ったのである。

 快諾ではなかったが、アイシャが頭を下げた事で調査協力の許可が下り、更にウルズが催促するまでもなく、これまでにかかった費用の全額を支払うと告げられた。

 そしてウルズ達はリットのサインと書状を受け取ると、用意された部屋に案内されたのだった。


「ごゆっくりお寛ぎ下さい。御用がございましたら、何なりとお気軽にお申し付け下さい」

 案内してくれたメイドが、深々と頭を下げて部屋を出て行く。

 風呂や飲み物まで用意されたこの部屋は至れり尽くせりで、犯人かもしれない男に提供するには豪華なものだった。

 ウルズはここ数日の疲れを風呂で癒し、身体が沈むフカフカのベッドに寝転んだ。

(あー、こんな布団で毎日寝てたら、宿屋の布団をマットやって勘違いするわな)

 初日の宿でのアイシャの訴えを思い出して、ウルズがプッと吹き出す。

 するとそこに、訪問者がやって来た。噂をすれば何とやらで、ドアをノックしたのはアイシャだった。

 部屋に通すなりウルズの濡れた髪の毛を見て、

「寒がりなんだから、ちゃんと乾かさなきゃだめでしょ」

 と言って、ベッドで横になったウルズの髪を乾かし始めた。

 そしてアイシャから離れ離れになった後のウルズの行動や、どうしてリュックサック熊に印章を隠したのかなどの質問をいくつもされ、それに対してウルズが1つ1つ答えていく。

 使った魔法の話になると、ずっと派手な魔法を見たがっていたアイシャが、

「どうして私が居ない時に、そんな凄い魔法を使うのぉ?」

 と、物凄く悔しがった。

「魔法なら、カミューに言えばいつだって見せてもらえるやろ?」

 他の科の生徒を、魔法科のトレーニングルームに入れてはいけないという決まりはない。アイシャが頼めば、カミューは喜んで色んな魔法を見せてくれるだろう。

 そうウルズに指摘されたアイシャは俯き、

「それはそうなんだけど、魔法科に関する場所って、なんだか怖くて近寄り難いんだもん……。ぶつぶつ言っている人が多いし、雰囲気も……」

 滅多に人を悪く言わないのだろう、モゴモゴと言いにくそうに話す。

 アイシャのその発言に対して、ウルズは反論する気になれなかった。というのも、アイシャが指す生徒達は、ウルズの目にも異様に映っていたからだ。

「トレーニングルームなら大丈夫やって」

 精霊魔法や闇魔法は契約で使えるようになるのでさほど練習しなくても良いらしく、放課後のトレーニングルームを使用するのは、主に古代魔法を選択した生徒達だった。

「じゃあ今度、今日使った魔法を見せてくれる?」

 期待に満ちた眼差しを向けるアイシャ。その質問にウルズが頷くと、アイシャはパアァァッと明るい笑顔を浮かべて、

「やったぁ! じゃあ早く解決して、早く帰らなきゃ!」

 ご機嫌のままウルズの髪を乾かし切った。


「それで、どうやって犯人を見つけるの?」

 乾いた髪を括ろうとウルズが上半身を起こしたので、アイシャは邪魔にならないようにベッドの脇にある椅子へと移動する。

「取り敢えず、忠誠心なんてなさそうな山賊らに依頼主を吐かせようかと考えてる」

「山賊さん素直に言うかなぁ?」

 髪の毛を括るウルズの整った横顔を見つめながら、アイシャは首を傾げた。

「自分の身が一番可愛い奴らやから、可能性は有ると思うんや」

 あまり情報を持っているとは思えないが、ウルズはまず大男のゾロに話を聞いてみるつもりでいた。頭の悪い男であるが、それ故に綻が出そうな事をポロッと口走りそうな気がする。

 それに山賊を雇った者が居るとリットに話した事で、囚人と首謀者がコンタクトを取れないよう対策が施されるはずだ。

 首謀者からの連絡が無く先行きが見えない状況下で、山賊達はいつまで主謀者について黙っていられるか––––。という点にも期待を寄せている。 

 ウルズはそういった観点から、事件解決の鍵となるのは山賊達だと睨んでいた。

「じゃあ明日、リット様に頼んでみようね。まだ早いけど今日は朝から大変だったし、もう休もう。おやすみなさい」

 そう言ってアイシャは椅子から立ち上がったのだが、

「あ、ごめんなさい」

 慌てた様子で床に顔を向けて謝った。

ウルズはポケットに入っていた物をテーブルに置いていたのだが、立ち上がった拍子にアイシャの服に引っ掛かり、落ちてしまったのだ。

 アイシャが慌てて拾い上げているのを「かまへん、かまへん」と言いながらウルズも手伝い、

「おやすみ。明日はちゃんと起きてや」

 と、からかい混じりにアイシャを送り出した。


 ドアを閉め、改めて部屋を眺める。

 ランプの灯りに照らされた豪華な部屋は、より一層重厚感を増している。

 ウルズは部屋を見渡しながら、

(アイシャと知り合わんかったらこんな所で寝るやなんて、一生無かったやろうな)

 と感じ入る。そしていつか、ライドやノースの家族達に自慢してやろうとニヤついた。

 そうやって部屋を眺めるのにも満足して、眠る前に水を飲もうとテーブルに視線を移した時、

(何や?)

 生徒手帳から少しだけ紙がはみ出しているのを見つけた。

 挟んだ覚えはないので、落ちた拍子に破れたのかと思い、パラパラと頁をめくっていく。

 すると途中で、半分に折り畳まれた一枚の紙が、スルリとテーブルの上に滑り落ちた。



続く。

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