第32話 ウルズ×仕上げ

 魔法が収まり、静けさを取り戻した草原。そこで動いているのは、魔法を放った張本人のウルズと、山賊達が乗っていた10頭以上の馬達だった。

 馬達が無事だったのは、乱闘を嫌って離れていたのをウルズが事前に知っていて、そこまで魔法が届かないよう範囲を絞ったから。

 呪文を唱え始めてからも近付く馬は一頭もいなかったようで、今は各々好きな様に過ごしている。

 そんな長閑な様子に、ウルズは微笑んでから寝転んだ。実は彼、動物が好きなのだ。特にネコ科の動物が好きだった。

 早くアイシャの元へ駆け付けたいが、倒れている男達の事もある。

(取り敢えず、ここをなんとかしやなな)

 ウルズはそう段取りを考えて、実行する為に身体を起こそうとした。

 ところが、疲れたせいで地面に根を張ってしまったらしく、起き上がる事が出来ない。身体が立つのを拒否して、動いてもただ横を向くだけ。

 こうなっては仕方がない。ウルズは、

(もう少しだけ休んどこ)

 アイシャに心の中で謝って、大の字になって全身の力を抜いた。


 草原を撫でる風に焦げ臭さが混ざっているのは、生えていた草や男達の衣服などが少し焦げたためだった。

 見た目こそ派手だったが威力を抑えて魔法を放ったので命に別状はない筈だが、気になって近くで倒れている男を目視したところ、胸はちゃんと上下しており、ウルズはホッとした。悪党や敵とはいえ、さすがに人間は殺したくないのだ。

 学校では魔法が人に当たっても事故にならないよう、強さを示す魔法語を真っ先に教えており、それが今回非常に役に立ったというわけである。

 また古代魔法は他の魔法に比べて難易度が高く、学び始めて数ヶ月の学生が放ったものと考えれば、少し火傷を負ったとしても気絶にとどめた今回の魔法は、大成功と言えるだろう。

「もし管理主の使いやったらごめんな。やけどこっちも大人しくやられるわけにはいかへんかってん。正当防衛ってヤツや」

 気絶している身なりの良い男に、ウルズが喋りかける。

 そうして汗も大分引き、そろそろ起き上がるか……と上半身を起こそうとした時、バーチ方面から馬の嘶きが聞こえてきた。


 馬の声を聞いて、またアイシャを乗せた馬車が戻ってきたのか……と視線を向けたが、こちらに向かって来ていたのは、アイシャを1人で追いかけていた小男だった。

 その小男はやって来るなり、

「一体どうしたってんだ……」

 予想だにしていなかった草原の光景に愕然とし、言葉を失った。

 呆気に取られた顔で馬から下りた小男と、離れた場所から様子を伺うウルズの目が合う。

 先に言葉を発したのは小男で、

「お前……」

 ウルズを指さして何か言おうとしたが、すぐに口を閉ざして止めた。

 どうやらこの状況を作り出したのはウルズだと悟ったようで、顔を引きつらせ、一歩、また一歩と後ろに下がっていく。

 そうやって恐れても、数日間追い求めていた印章の行方は気になるらしく、

「お前がオルゴールから判を抜き取ったんだろ? どこへやった?」

 と、ウルズに質問する。

 それに対してウルズは何も答えず、

「お前ももうすぐこいつらの仲間入りなんやから、聞くだけ無駄や。教えても取りに行けやんで」

 これから起こる事を示唆するような言葉を口にしながら、ゆっくり立ち上がった。

 灰色がかった青い目が、小男を真っ直ぐに見つめて離さない。そんなウルズに、

「ま、まて、俺を倒したらあのお嬢様と会えなくなるぞ。俺しか居場所は知らない、この意味、分かるよな?」

 小男は慌てて手を前に出し、近付くなと示す。

 その言葉にウルズはピクッと反応して、

「アイシャ? 誘拐したんか?」

 立ち止まって睨みつけると、小男は「そうだ」と頷いた。

「一緒にいた小さい熊もか?」

「熊……? あ、あぁそうだ。子熊も一緒だ」

 小男はその場しのぎで適当に言ったのだが、ウルズはアイシャが捕まったと聞いて、「そうか」と項垂れるようにして俯いた。

「お嬢様と可愛い子熊を無事に帰して欲しいだろう?」

 下を向くウルズを見て観念したと思った小男が、徐々に余裕を取り戻していく。そして、

「ここは取引といこうじゃないか」

 腕を組んで交渉を持ちかけた。

 それを聞いて、ウルズがゆっくりと顔を上げる。その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。

 小男は、瞬時に笑みの意味を理解したのだが後の祭りで、ウルズは小声で唱えていた呪文を完成させると、小男めがけて魔法を放ち、小男は逃げる暇もなく突進して来た雷に打たれて、『なぜ』と言いたげな顔をしながら気を失った。

「小さい熊は鞄や、生きてへん」

 ウルズは、小男の言っている事が本当なのかを調べる為に、リュックサック熊について質問をしたのである。

 そして小男の返答からアイシャは捕まっていないと分かり、それなら小男に何をしても問題はないと考えて、容赦なく雷の魔法を使ったのだ。

 これで、ウルズが把握している男達全員が地面に伏せた事になる。

「あとは調べて捕まえるだけやな」

 そう呟いて、ウルズは剣を鞘に収めた。


 どうやって小男から逃れたのか分からないが、アイシャは事故る事なく安全な場所に居ると確信出来たウルズ。

「急がんでもええな」

 救出する必要がなくなり折角時間が出来たのだから……と、辺りを見渡した。

 管理主と会うのなら、事件の解決に繋がる物を入手してからの方が良い。ウルズはそう考えると、屈んで足元で倒れている男に手を伸ばした。

 そうやってポケットの中身や武器などの所持品を調べていくが、身元が判明するような物が何一つ見付つからない。

 同様に他の者も調べてみたが、同じく手掛かりとなる物は一切出てこなかった。

  6人目を調べ終えたウルズが、ため息をつく。

「徹底してんな……」

 ここまで何も無いと返って不自然で怪しさ満点なのだが、何も無いので何の手掛かりも掴めない。

 もしかすると他の者達から何らかの証拠が出て来るかも知れないが、それがいつになるのか分からないので、まずは男達が目を覚ましても身動きが取れないよう対処する事にした。

 左手を口元に当て、どのように拘束しようかと考え始める。

 すると、小男がやって来た方角から馬車が数台、こちらに向かって来るのが見えた。

(やっぱりな)

 先頭を走る立派な馬車を見て、ウルズの口の端が上がる。予想した通り、アイシャは無事に管理主邸に辿り着いていたのだ。

 一番前の馬車が止まり、中から赤毛の少女が飛び出す。ウルズは、こちらに走って来るアイシャに手を振って迎えた。

「なんや、また戻って来たんか」

 弾ける笑顔で駆け寄って来たアイシャにウルズがそう声をかけると、アイシャはウルズの無事を確かめるように、彼の周りを何周も歩いた。

「怪我はない?」

 心配そうな眼差しで見上げるアイシャに、ウルズは頷き、

「見ての通り元気や。それよりアイシャこそどうなんや? 怪我してへんか?」

 暴走した馬車に振られて、さぞかし身体のあちこちをぶつけただろう。そう思って尋ねると、

「少し痛いけど、大したことないよ。あ、そうだ、大きな穴に落ちそうになった所を、小さな山賊さんに助けてもらったの」

 アイシャは、小男に助けられた事をウルズに報告し、小さい山賊と聞いたウルズは、後ろを振り返った。

 そこには、あちこちに焦げを作って失神している小男の姿があり、ウルズの視線を辿ったアイシャは「あ」と短く声をあげ、ウルズが「見たらあかん」と横に移動して、アイシャの視線を遮った。

 アイシャの話を聞いて思わず心の中で謝罪しそうになったウルズだったが、アイシャを誘拐しようとした結果の救出だったのだと思い直し、謝罪を止める。

 ウルズはアイシャは無事だろうと思っていたが、実際に元気な姿を目にすると心から安心して、一気に緊張が解けた。

 緊張が解れると忘れていた感覚が瞬く間に甦ってきて、はぁ……とため息を吐く。それから「疲れた……」とアイシャに訴えた。

 朝からの逃走に、暴走に、乱闘に、魔法を使うこと2回。これで疲れていないと言ったら嘘になる。それに朝食を食べていないので、かなり腹が空いていた。

 何にせよ、取り敢えず終わった。

 そう一区切りをつけた途端に、

「ギュルルルル〜」

 ウルズの腹は盛大に鳴ったのだった。



続く。

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