第29話 ウルズ×戦士?魔法使い?

 巨体のゾロを倒し、次の相手は……と顔を上げたウルズは、

(なっ!?)

  視線の先に無いはずの物を見て、目を丸くした。

 その『無いはずの物』とはアイシャを乗せた馬車で、何故かこちらへと戻って来ている。

 バーチはこの広い草原を抜けた先にあり、時間はあまり掛からない。町に到着していてもおかしくない頃合いなのだが、それは叶わなかったようだ。小男も、小判鮫の如くくっ付いて並走している。

(くそっ)

 苦々しい表情を浮かべるウルズ。

 少なくともここにいる山賊達は、アイシャがサンプの管理主の愛娘だと知っている。更にアイシャのリュックサック熊には、全員が手に入れたがっている印章が隠されていた。

 絶対にここに来させてはいけない––––。そう思ったウルズは、

「あほ!! バーチに行かんか!! 戻ってくんな!!」

 馬達を睨みつけて、腹の底から怒鳴りつけた。

 すると、言葉を理解したのかウルズの迫力に気圧されたのか、馬達は慌てて馬首を返して反転し、再びバーチに向かって走り出した。小男も急いで馬の向きを変えて、馬車を追いかけて行く。

 もし小男の他に馬車を追走する者が出たら……とウルズは心配したが、山賊達の馬は離れた場所に移動していたので出来なかったようだ。

 その事にホッと安堵していると、

「やぁっ! 止まらないよぉ!」

 という今にも泣き出しそうなアイシャの声が、風に乗って聞こえて来た。

 そんな声を耳にして、

(頑張れ、バーチに着いたら止まるから。 …………多分)

 ウルズはかかって来る男達をあしらいながら、なんとも無責任な事を心の中で呟いたのだった。


 ゾロのおかげで数人倒す手間が省けたが、それでもまだ相当な人数がいる。

 中には離れた場所からウルズ達の様子を伺いながら、話をしている者達もいた。実際の所はどうなのか分からないが、高みの見物に見えるその態度も、ウルズの癪に触った。

 その者達は、バーチ管理主が寄越したのかもしれないとウルズは思っているが、それはあくまでも予想。

 何にせよ確かめる術がなく、あちら側から敵ではない証拠を見せてもらわない限り、他の男達と同様の扱いをするしかなかった。

 鎧を着ている者達は流石に太刀筋が良く、山賊達のように簡単に隙を見せない。長くなってきた交戦に疲れを感じ始めたウルズは、

(そろそろ何とかしやなな)

 と、目を細めた。

 戦士を目指しているウルズとしては剣だけで片を付けたかったが、やはり無理そうだ。

 そもそもゾロが出てくる前に魔法に頼る事になると分かっていたのだから、ゾロが暴れている間に魔法を使っておけば良かったのだ。

 ゾロの奇行に気を取られて絶好のチャンスを逃してしまったのは、完全にウルズの落ち度であった。


(さて、どうやって隙を作ろか……)

「あっ!」と声を上げて明後日の方向を指さす……などといった幼稚な手は、山賊が引っかかったとしても、他の男達は引っかからないだろう。

 手間をかけることなく、周りの者達の動きを止める方法––––。そう思案し始めてすぐに、

(あ……)

 ウルズはある方法を思い付いて、眉毛をハの字に開いた。

 が、瞬く間に眉間にシワを寄せて、そのシワもまた一瞬にして消し去る。

 そんな風に表情をコロコロ変えたウルズが思い付いたのは、自分の目を使う事。

 ウルズの切れ長の目は冷たい印象を抱かせる時があるようで、単に目が合っただけなのに睨まれたと陰口を叩かれたり、後退りされるなどの経験が幾度となくあった。

 ウルズとしては睨んだつもりは全くなかったので、そういった反応は心外であり、それを利用すると思い付いた時には不本意に感じて一瞬眉根を寄せたのだが、こういう時にこそ活用すべきだと思い直して、眉間のシワを解消したというわけである。

 峰打ちをする為に逆に握っていた剣を、正しく持ち変える。

 それからグッと眉間に力を入れて、切長の目で射抜くように周囲を見渡してみれば、ウルズの狙い通りに男達は警戒し、攻撃の手を止めて神妙な面持ちで武器を構え直した。

 その隙にウルズはこれから使う魔法を想像し、呪文を小声で唱え始める。

 鋭い目付きで睨み付けながら、ブツブツ独り言を言い出したウルズを怪しんで、男達は少し距離を取って様子を伺う。

 そうして注目される中、ウルズの剣が呪文に呼応して青白い光を放ち、魔法の発動を予告した。

 だがこの場には、彼が魔法を使えると知っている者はおらず、また、剣の光が魔法の発動のサインだと気付く者もいなかった。

 それもその筈、剣を扱える魔法使いがいるなど、聞いた事がなかったからだ。魔法使いは非力で体力がなく、重い武器は扱えない––––。それが世間で知れ渡っている、魔力持ちの人間の特徴だった。

 よって青白く光る剣を目の当たりにしても、剣が杖の役割を果たしているという発想に至る者はなく、「何が起きている?」と訝しんだ目をウルズに向けるだけで止めようとしなかった。


 青白い光に照らされながら、ウルズが剣を振りかざす。

 その時に立ったヒュンッという音に続けて、呪文の最後の一文を力強く発声した。

 そうして呪文が締め括られた直後、今有る筈のない光で、辺り一面がカッと照らし出された。

 そして、ウルズの頭の中で描かれた魔法が、彼の足元で現実の物となって現れ始める。

 先程、この一帯を照らし出した赫々たる光を、“今有るはずのない光”と表現したがその言葉の通りで、光自体はこの世に存在している。そしてここに居る全員、一目でそれが何なのかを理解した。

 それは、台風などの悪天候の際に現れるアレで–––。不意に出現した脅威に、男達は全身を強張らせた。

 勿論、ただ光るだけでは終わらない。

 全員の足元がうっすらと白く照らし出され、ウルズを円で囲むようにして、いくつもの細い電気の筋が、地面を出たり入ったりしている。

 その筋は全体的に眩しく中心が白で、赤や青で縁取られている。

 それを見て男達が、間違いない……と唾を飲んだ。

 その細くて眩しい電気の筋は、地面から現れるとジグザグに動き、枝分かれしながら地面から地面へと移動していく。

 それらはどんどん大きくなってゆき、瞬く間に手の幅まで太くなった。

 細かった時は地面の中に戻っていたが、太くなりだしてからは上へと伸びてゆき、ピシッピシッと恐怖を掻き立てる音を発しながら、ウルズの周りをグルグル回っている。

 これがショーであれば、電気の噴水と名付けられそうな演出に拍手をする所だが、今は交戦中。男達から出るのは拍手の音ではなく、汗だった。

 身の毛もよだつ光景に男達は、

「こ、こいつ……魔法使いだったのか……」

 顔を青くして後ずさりし、

「こんな物持っていたら……」

 と、あちこちで武器を捨てる音が鳴る。

 勿論我に返り逃げ出そうとする者が現れたが、ウルズがそれを見逃すはずもなく–––、

「逃がすか!!」

 剣を真横に薙ぎ払って、魔法を解き放った。


 ウルズが使ったのは雷の魔法で、逆さ雷となったいくつもの稲妻が、螺旋を描いて爆音と共に駆け抜ける。

 そのスピードはとんでもなく早く、稲妻を追う形で土がほとばしり、辺り一面を茶色く染めた。

 絶えない地面の振動が男達の足を取り、雷の恐ろしくも激しい轟音が、男達の悲鳴を掻き消す。

 雷は、人に当たるとふちの色を朱色に変えて、より一層衝撃的で明るい光を放った。

 巻き上げられた土と発生し続ける雷によって闇と光が入り混じり、晴天の空の下で混沌たる世界が繰り広げられる。

 こうして––––

 草原に立っているのは、ウルズ1人だけとなった。

 魔法で生じた風が徐々に収まってゆき、巻き上げられていた服と髪がスーッと降りていく。茶色く染まった空気も、元の色を取り戻していった。

(もう少し、抑えた魔法にしときゃ良かった…)

 適した魔法を考える時間が無く、学校で使った事のある魔法を使ってみたのだが、疲れが出始めた頃の派手な魔法には、流石にウルズも疲れてしまい、その場にストンと座り込んで肩で息をする。

 体中が汗に濡れていて、額や首に髪の毛がへばり付いていた。

 そんなウルズを労うかのように背後から風が吹き、それを感じようと目を閉じる。

 いつもなら寒くて身を縮めているところだが、今はとても心地良かった。

 そうやって風に癒されていても、案じるのはアイシャの身。無事にバーチの管理主邸に到着していれば良いのだが……。

(ちゃんと印章見付けてや。いつもみたいに擬人化して考えたらすぐ分かるからな)

 心の中でアイシャに語りかける。

 ウルズは閉じていた目を開いて額の汗を拭うと、バーチがある方角に顔を向けた。


続く。

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