第28話 ウルズ×多勢に無勢

「そのままバーチに行け!!」

 ウルズが馬車に向かって大声で叫ぶ。

 今は混乱しているが、あの賢い2頭に賭けるしかない。

 ウルズは、自分を囲みつつある馬の足の隙間から、遠ざかって行く馬車を祈るように見つめた。

 しかし馬車の後ろには2騎の山賊の姿があり、くそっと拳を握る。

 アイシャを追い掛けている山賊の1人が小男で、

(なんとか管理主んとこに行ってくれ)

 ウルズはアイシャの無事を願った。


「諦めて判を出すんだな」

 山賊達が、ウルズを捕まえる為に馬を降りていく。

 山賊だけでなく謎の一団も、ウルズ達の元に集まって来た。

 ウルズが腕に力を入れて、上半身を起こしながら周囲に目を配らせていると、

(何やアレ)

 また別の一団が遠くからやって来るのが見えた。

(あの集団は……? いや、考えた所で同じ事か。それより……)

 視線を目の前に戻す。

 近くに居る謎の一団は、山賊を捕らえる気はないようだ。それはウルズが推理した通り彼等は首謀者の兵士で、山賊と手を組んでいるから捕まえる必要がないのか、それとも、

「判を渡せ!」

 と、口々に叫ぶ山賊の言葉を聞いて、印章の確保を優先したからなのか––––。

(その気になったら山賊なんて、簡単に捕まえられそうやもんな……)

 ウルズがそうやって考えを巡らせていると、印章を渡すよう要求する男達の声に紛れて、

「そこの金髪!」

 と、恐らくウルズの事を言っているのだろう声が聞こえて来た。声の様子から、離れた場所から叫んだと分かる。

 地面に片膝を付けて素早く声の主を確認すると、馬車が去って行った方角から馬で駆けて来る1人の山賊がいた。アイシャを追いかけていた、小男ではない方の山賊だ。

 戻ってきたその山賊は、ウルズを囲む輪の外から、

「あの女は判を持っていないし、知らんと白状したぞ。これ以上白をきろうとしても無駄だからな」

 と、ウルズに向かって言い放つ。

その発言に対して、ウルズが片膝をついたままで黙っていると、

「こちとらテメェを拷問にかける事も出来るんだ。そうなる前に渡した方が、苦しまなくて済むぜ?」

 余裕たっぷりの山賊が、勿体ぶるように馬を闊歩させて近付いて来た。

 そうしてウルズの手が届く距離まで山賊が接近してきた時、ウルズの腕が俊敏に伸び、山賊の足をガッシリと掴む。そして、

「観念するんはそっちや!」

 と、一気に馬から引きずり降ろした。

「一緒に馬車追いかけてた、ちっさいオッサンはどうしたんや? あっちには判は無いって聞いたんやろが」

 地面に尻餅をついている山賊に、上から剣先を突き付けてウルズが聞く。

 管理主の印章は、アイシャのリュックサック熊の口の中にある。その印章にしろアイシャにしろ、向こうはノーマークである方がウルズには都合が良かった。

「判の引き渡しも金になる仕事だが、サンプ管理主の愛娘も俺達には立派な金蔓なんでな、放っておくわけにはいかねーんだわ」

 山賊はそう言って鼻でせせら笑うと、身体を捻ってウルズの剣先から逃れ、立ち上がると同時にショートソードを抜いて、その勢いのままウルズに斬りかかった。

 ウルズは動きを読んでいたようで、冷静に後ろに飛び退き剣を構え直す。

「可愛がっている娘が捕まったとなれば、伯爵も言い値で取り引きに応じるだろうよ」

 ウルズが若いからと見くびっているのだろう。体勢を立て直した山賊の態度は余裕綽々で、再び攻撃を仕掛けて来た。

 しかしウルズは、幼い頃から鍛錬を重ねて来た努力家である。学んだものは剣術に留まらず、疲れていなければ、剣術を少し齧った程度の大人に負ける事はない。

 山賊らしい下衆な発言にウルズは軽蔑の眼差しを向け、再び剣を構え直した。そして襲い掛かって来た山賊の攻撃を、一合、二合、三合と刃を合わせて剣でいなしていく。

 全く反撃して来ないウルズを下に見て、問題なく勝てると思ったのだろう。山賊は隙を作らないよう小さく攻撃をしていたのに、急に大きく剣を振りかぶってウルズ目掛けて振り下ろした。

 狙いは、ウルズの剣を叩き落とす事。武器さえ無くなれば、流石に降参するだろうと考えたのだ。

 ブォンと剣が空を切る。

 刃と刃がぶつかってカッ! と高い音が鳴った。

 山賊は上手く行ったとほくそ笑み、勝利宣言を発しようと口を開いたのだが、それと同時に奇妙な感覚が腕を伝い、ゾワッと鳥肌を立てた。

 変だと思って手元を確かめてみれば握っていた筈のショートソードがなく、ウルズの剣の代わりに自分のショートソードが宙を舞っている。それを見て山賊が愕然としていると、

 ガッ!!

 横面に強烈な痛みが走った。

 痛いがそれでも倒れるものかと踏ん張っていると、今度は顎に衝撃が走る。

「蹴り……とは……卑怯……な……」

 剣だけでやり合うつもりだった山賊は、戦闘スタイルをガラリと変えたウルズを恨めしそうに見た後、白目を向いて地面に倒れ込んだ。

「卑怯やって言われても、剣で闘い続けやなあかんってルールはないし」

 山賊に卑怯者扱いされて心外だと言うウルズに、

「こいつ、調子に乗りやがって!!」

 山賊達が敵討ちとばかりに襲いかかる。

 仲間が倒されて完全に頭に血が上ったようで、「死ね!」「殺す!」と叫んでいる者達がいた。

 森の中では、印章の在処を聞き出すまでウルズを殺すなと言っていた筈なのだが、逆上してすっかり忘れているようだ。

 そして物騒な言葉に煽られたのか、取り囲んで見ているだけだった謎の集団の男達も、武器を手にし始めた。


 次々と相手をしていくウルズ。

 ガッチリと刃を合わせず、深く斬り込むこともなく、ウルズは峰打ちでの気絶を狙って敵を倒していく。

 大勢に囲まれていたが他の者達が邪魔らしく、一度に仕掛けて来る人数は限られていた。

 そんな感じなのでウルズはどうにか捌けているわけなのだが、敵は大人数、体力を考えるとこの方法で戦い抜けるわけがない。当然ウルズも分かっており、

(こう人が多いと、隙が出来た時に魔法を使うしかないな。問題は、どうやってその隙を作るかや)

 と、攻撃をかわしながら次の手を考えていた。

 すると––––、

「ゾロ! お前の馬鹿力で倒せ!」

 と、どこからか命令する声が聞こえて来た。

 それに続いてゾロと呼ばれた男が、「おう!」と、威勢の良い大声で答える。

 横目で声の主を探ってみれば、あのゴリラに似た大男が少し離れた場所で、雄叫びを上げて気合いを入れている。

 その雄叫びは野獣のソレで、全員の視線が一瞬にしてゾロに集まった。

 ゾロは、周りの男達よりも身長が高く身体が大きいため、離れた所に居てもすぐに見付けられた。彼はウルズを取り囲む輪から出て来くると、握り締めた拳を勢いよく振り下ろし、攻撃を繰り出した。

 ガゴッ!!!

 重く、鈍い音が鳴る。

「この……野郎ぉっ…」

 そう言って地面に倒れ込んだのはウルズ。ではなく、ゾロの仲間だった。

「馬鹿っ! そいつじゃないっ!」

 ゾロに命令していた男が、叫んで叱る。

 怒鳴られ慌てたゾロが次に狙ったのは、またしてもウルズ以外の男。次も、その次も、手当たり次第といった感じで、ウルズ以外の男達を殴っていった。


 ボコッ! ドスッ! バコッ! ドゴッ!


 ウルズに気絶させられた男達よりも、痛ましい姿でのびている犠牲者達。殴られた際に吹っ飛んだ者もいるので、呻き声があちこちから上がっていた。

 近くで倒れている男を横目で観察してみると、鎧にゾロが掴んで出来たと思われるへこみがあり、もし自分が掴まれていたら……とウルズは想像して、

(こわっ!)

 小さく顔を横に振った。とんでもない怪力である。

 仲間の無惨な姿を目にして、周りの男達がササーッとゾロから離れる。

 波が引くより素早い退却にウルズとゾロが取り残され、ゾロが不思議そうにキョロキョロ辺りを見渡した。そんな彼に、

「いい加減にしろ! その背の高い金髪の男だ!」

 という何度目かの叱責が飛び、金髪の男達が更にゾロから遠ざかる。

 この状況なら、流石に自分に向かって来るだろうとウルズは身構えたが、

「背の高い奴なんてどこに?」

 ゾロは、心底分からないといった風に首を傾げた。2mを超えるゾロからするとウルズはまだ低く、彼のイメージする『長身の男』とウルズは結びつかないようで、ゾロは「はて?」と不思議そうな表情を浮かべている。それを見て先程から命令している男が、

「あほぉ! 目の前の奴だ! お前と箱を交換した奴っ!」

 確実にウルズだと分かる言葉でゾロに教えた。

 それでようやくウルズを認識し、

「あぁ、お前か。悪かったな、お前の事を言ってるって思わなくて。ところで、元気だったか?」

 と、牙を……ではなく、歯を見せてウルズにニッと笑いかけた。

 そうやって呑気さとボケを発揮したゾロだったが、

「挨拶をしてどうする! そいつが大切なブツを持って行きやがったんだ! つまり敵だ! とっとと取り押さえろ!!」

 ストレスMAX状態の男に強くがなり立てられ、

「すまねぇな、命令にはちゃんと従えって言われているんだ」

 と謝って、ウルズへの攻撃を開始した。


 ゾロは意外と拳を繰り出すスピードが早いが、モーションが大きいので避けやすい。ウルズがヒョイヒョイ躱していると、

「頼む、大人しく殴られてくれ。お前を殴らないとまた怒られてしまうんだ」

 ゾロが攻撃を仕掛けながら、申し訳無さそうに頼んできた。その願いに対してウルズはすかさず、

「なんちゅー物騒な頼み事をしてくるんや。嫌や、あいつらみたいになりたない」

 とキッパリハッキリお断りする。当然の結果だ。

 そして、ウルズはただ躱すだけでなく反撃のタイミングを計っていたので、絶好の攻撃チャンスを見つけるや否や、

「今や!」

 と思いっきり踏み込んで、力いっぱいに峰打ちを繰り出した。

 ゾロの肌とウルズの剣がガツンとぶつかる。

 明らかに入ったと分かる音が鳴り響き、峰打ちを決めたウルズの右腕にも、確かな手応えがあった。

 綺麗に入った––––と、ウルズが笑みを浮かべる。

 峰打ちを食らった他の者達と同様にゾロの膝の力も抜けて、ガクッと地面に膝をついく。

 それを横目で確かめたウルズは背中をゾロに向けて、他の男達に向けて剣を構えた。

 しかし、

「いっってぇぇっ!!」

 という叫び声に反応して、慌てて後ろに向き直す。

 そこには峰打ちされて痛がるゾロの姿があり、痛さで立ち上がれずにいるものの、倒れてはいなかった。

 倒したと確信していたウルズは、痛がるゾロを見て「げっ」と声を漏らし、慌てて3発連続して峰打ちを打ち込む。

 ちなみに2発目で気絶したので最後の1発は要らなかったのだが、サービスだ。

 そうしてようやくゾロは、ドサッと重い音を立てながら、その巨体を地面に横たわらせたのであった……。



続く。

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