第27話 ウルズ×馬馬パニック

 その時はすぐにやって来た。

 バーチに向かって馬車を走らせていると、後方から沢山の蹄の音が聞こえてきたのだ。

 音が入り混じっているせいで追っ手が何人いるのか推測出来ないが、大勢居るという事は分かった。

 対してウルズとアイシャは馬車だ、すぐに追いつかれるだろう。それでも可能な限りバーチに近付かなければと、ウルズは馬車の速度を上げた。

 当初の計画では途中で下車して身を隠しながらバーチまでやり過ごす予定だったのだが、御者が偽物に入れ替わったせいでその計画は中止となり、今は馬車を放置しての移動は自分達の居る範囲を絞られてしまい返って危険だろうと判断して、馬の足に賭けてそのまま乗り続けていたわけなのだが––––、

(この判断が吉と出るか、凶と出るか……)

 ウルズは目を細めた。


 予想通り、追いつかれるのに然程時間はかからなかった。

 追っ手の声が煩いボリュームとなりウルズが後方を確認したところ、いかにも山賊といった容貌の男達が、馬車1つ分の距離まで迫っていた。

 おそらくあの大男と小男の仲間だろう。その山賊達は各々に罵声を上げ、持っている武器を振り回している。

 ガンガンと馬車を叩く音と、入り混じる蹄の音。

 馬車は大きく揺れて、

「きゃぁっ!」

 と、アイシャが悲鳴を上げる。

 耐えきれずに倒れてしまったようで、格子を掴んでいた白い手が中へと引っ込んでしまった。

 これらはウルズの予想通りの事態であるが、馬車を引く2頭の馬にとっては唐突な出来事で、馬達は山賊達の蛮行に驚き混乱し、一気に乱暴な走りに切り変えた。

 そうして制御不能に陥った馬達は、恐怖から逃れるべく大きく左に曲がると、道をそれて森の中に入ってしまった。

 森の凹凸した地面が引っ切り無しに車輪に音を立てさせ、出っ張った石や木の根が時折馬車を跳ね上げる。

 アイシャはその度に悲鳴を上げ、ウルズはなんとかしようと懸命に手綱を動かすが、パニックに陥った馬達を鎮めるのは、容易な事ではなかった。

 せめてもの救いなのが、木が比較的にまばらで大破せずに済んでいる事だ。山賊達の馬車への攻撃が断続的なのも、木が邪魔で離れざるを得ない時があるからだ。

 とは言え、山賊達はすぐに追い付く。

 馬車は山賊に囲まれた形で走り続け、一刻も早く打開策を見出さなければいけない状況にあった。

 幸い––––、

「判をどこかに隠しているかもしれねーから、手に入れるまで殺すなよ!」

 今すぐ殺すつもりはないようで、命の保証はされている。……本当に手に入れるまで我慢出来るのか怪しいが。

 こういう時こその魔法なのだが、敵の行動に目を光らせながら馬を操り、更に魔法を発動させるという芸当は無理だった。

 呪文と想像によって生み出される古代魔法は、想像するに足りる環境と慣れが必要で、このような場面で使える代物ではなかった。


「馬車を止めろ! 俺達から奪った判を渡すんだ!」

 聞き覚えのある声がする。

 チラリと横目で見てみれば、例の小男が御者席の隣に馬をつけ、ウルズに短い手を差し出した。

 そんな小男にウルズは、

「どうせ渡しても、俺らを無事に帰らせる気ないんやろ?」

 と言い返し、小男が、「そうだ」といわんばかりにニィッ…と口角を上げる。そして、嫌味ったらしい笑みをそのままに、

「早く止まらんとヤバイんじゃないのか? まぁ俺達は止まりさえすれば、どんな止まり方をしても構わんのだがな」

 そう言って嬉しそうに視線を前に向けた。

 その視線の先––––まだ先ではあるが、馬車の進行方向に大木が生えており、このまま突進すれば馬車の大破は確実だった。

 馬車は現在、山賊達に囲まれて進路の変更を阻止されている。

 衝突を免れるには止まるしかない––––。小男の目は、そう言っていた。

 それでも諦めずに手綱を操るウルズだったが、山賊達が木の枝で馬を叩くなどの妨害をしてくるせいで、進路の変更が上手くいかない。

 そんなままならない馬車の様子に、山賊達から大きな笑い声が湧き起こる。底意地の悪い、下品な笑い方だ。

(あかん、このままやと木にぶつかってまう)

 機動力があり小回りの効く単騎であれば、強引に割り込んで突破する事も可能だが、2頭引きの馬車ではそうはいかない。

 そもそも馬車引きをする馬は気性が大人しく、他の馬にぶつかってでもルートを確保する気概はない。それに、これ以上スピードを出すのは無理だろう。

(…………。真似するんは癪やけど……)

 悪党の真似をするのは不本意であるが、背に腹はかえられない。

 ウルズはロングソードの柄を掴むとすかさず片刃の剣を抜き、右斜め前を走っている小男の馬に峰打ちを繰り出した。


 バシンッ!!


 剣で打ちつけた音が鳴り、小男の馬が足を早める。

 勝ち誇ってすっかり油断していた小男は、ウルズの不意の一撃に反応出来ず、引っ張られるようにして前方に駆けて行った。

 そうやって出来た空間に馬車をねじ込もうと、ウルズが目一杯手綱を動かす。

 馬達も木に突っ込むのは嫌だったのだろう、今度は言う事を聞いて強引に押し入った。

 馬車は紙一重で衝突を免れ、大木のスレスレの位置で通り過ぎて行く。

 木の根による酷い揺れさえ、今は嬉しく感じた。

 ただし、これはあくまでも衝突を回避しただけで、問題が解決わけではない。大木を避ける為に離れた山賊達はすぐに戻って来て、ウルズ達を威嚇し続けた。


 どれぐらい森の中を走っただろうか。

 ウルズの粘り強い抵抗に痺れを切らした山賊の一人が、

「おい、死ななきゃ良いんだよな?」

 怪我を負わす程度なら構わないのだろう?と、誰に言うともなく問いかけ、

「野郎は良いが、馬を刺すのはやめろよ、後で売るんだからな」

 馬車越しにそんな物騒な会話が交わされる。

 そしてその会話をきっかけに、ウルズに攻撃を仕掛けてくる者が現れた。

 と言っても、剣術を習っていない山賊達の攻撃は単純で、裁くのは楽だった。力と体力が乏しかったウルズは、他の人よりも体力を温存して戦わなければいけない為、受け流しに長けているのである。

 それだけでなく、今の会話で馬達に注意を払わなくても良いと分かったのも、ウルズを楽にさせた。

 しかも山賊達は間接武器を持っていないようで、攻撃を仕掛けて来ても2人だけ。ウルズは、自分が狙われている分には大丈夫だと踏んだ。


 そうして走行している内に、一行は開けた場所へと出た。

 そこは平原で、ずっと向こうにバーチらしき町影がうっすらと見えている。そして右手の離れた所には、バーチに続く道があった。

 森に突入した時はどこに向かっているのか心配したが、運良く方角は合っていたようで、

「頑張れ、もうすぐバーチや」

 ウルズは頼みの綱である馬達を励ました。


 山賊の攻撃をかわしながらバーチを目指して平原を進んで行くと、行く先に別の一団が現れた。

 遠くからでも別の一団だと分かったのは、山賊達とは違う空気が放たれていたからだ。気構えと表現すべきか、整列された一団からは山賊達にはない冷静さと規律性が感じられ、練兵を受けた集団であることは一目で分かった。

 ウルズは、バーチ管理主の命令を受けて出動した兵か、ウルズが推理した"主謀者"の兵のどちらかなのだろうと思った。

 20人くらいだろうか、一団は騎士のような身なりに背筋を伸ばして立っており、待ち構えるその凛々しい姿からは、やはり悪者の印象を受けない。

 ただしそれは第一印象の話で、ウルズはすぐにバナーが無い事に気が付いた。

 バナーとは、仕えている主の紋章が描かれた旗で、身分証明書のようなもの。本来は掲げておくべき物なので、ウルズはそこに違和感を覚えた。

(こっちも信用せん方がええな)

 ウルズの切長の目が、用心の色を湛える。

 身に付けている物に紋章が描かれている可能性もあるが、調べるには彼らの元へ行かなければならない。もし一団が敵だった場合、それは自殺行為に等しい。そもそも質問したところで、本当の事を言うとは限らない。

 よって、


––––どちらも敵––––


ウルズはそう定めて、計画通りにバーチまで突っ走る事にした。


 10人を超える山賊を引き連れて、馬車が一直線に駆ける。

 行く手に立ちはだかる一団に怯んだのか、山賊達の攻撃がいつの間にか止まっていた。

 それにより馬達が落ち着きを取り戻そうとしていたのだが、その気配を察した山賊達が再び嫌がらせを始め、馬車をまた暴走させた。

 そんな必死な様子の馬達を見て、山賊達が可笑しそうに笑い声を立てる。

 馬を弄ぶ姿は不愉快極まりなく、ウルズは山賊達をキッと睨み付ける。

 が、睨んだ直後、

「!!」

 ウルズは驚きでその目を大きく見開かせた。

 ガッ! という、何かに乗り上げた感覚が2回続き、その衝撃と共に馬車が大きく傾く。

 左手に手綱、右手に剣を握っているウルズには成す術もなく、囲いのない御者席から滑り落ち、そのまま外に放り出されてしまった。


 地面に落ち、転がるウルズ。

 それをアイシャが目撃して、

「ウルズーーッ!!」

 悲鳴まじりの声を上げた。

「よう、ボウズ。年貢の納め時ってヤツだな、ん?」

 そう言って、一人、また一人と山賊がウルズの元に集まって来る。

 そんな中ウルズは顔を上げて、

「そのままバーチに行け!!」

 馬車に向かってそう叫んだ。



続く。

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