第25話 アイシャ×想い
学校のロッカールームにアイシャ宛の依頼紙が貼られた日から、アイシャは様々な体験をした。
市場で1人で買い物をしたり、人に追いかけられたり、脅されたり、布団を剥がされたり、提案された時は深く考えずに了承したが…知り合って間もない異性と同じ部屋で寝泊まりしたり、高い建物に飛び移ったり、思わぬ形で管理主の印章を手にしたり、そして……暴走馬車に乗ったり。
全てが普段の生活では体験出来ないもので中には緊迫した場面もあったが、それでも何とかやってこられたのは、ペアを組んでいるウルズのおかげだとアイシャは思っていた。
ウルズを初めて見た時は、戦士科の生徒で話しかけても反応が返ってこなさそうなクールな男子生徒というイメージを持ったものだが、実際の彼は戦士科どころか魔法科の生徒で、冷静ではあるが割と気さくといった、見た目と中身にギャップのある人物だった。
サンプの住民なのに、その地の管理主であり伯爵でもある『スノーマン』の名を知らなかった事にアイシャは驚いたが、それ以上に驚いたのは、そうだと知った後も彼の態度が全く変わらなかった事だ。
多くの人がアイシャを腫れ物扱いしてくる中、態度を変えずに居てくれた事が彼女にはとても嬉しかった。
そのウルズは今、御者席で手綱を手に何やら考えている様子。
アイシャが後ろの格子窓からその様子を伺っていると、
「はよ走る時は…」
という、ウルズの呟く声が聞こえてきた。
アイシャは乗馬をするので、多少の知識はある。なので、
「手綱の両方を鞭打つ様に打ちつけてみて」
ウルズにそう教えると、彼はアイシャの言う通りに手綱を動かした。
ゆっくり闊歩していた馬が、スピードを少し上げる。
ウルズは動作を繰り返して速度を調節した後、今度は「曲がるには…」と呟いた。
ウルズのその言葉に、「2頭引き馬車では合っているのか分からないけれど」と前置きしてから、アイシャが手綱の操り方の幾つかをウルズに教える。
「そうや、ウエイズ叔父さんもそうしてた。ありがとうな」
ウルズはどこか嬉しそうに誰かの名前を言ってから、アイシャに礼を言った。
「ウエイズ叔父さん?」
聞かない名前にアイシャが興味の視線を向けると、
「俺の一番若い叔父さん」
前を向いたまま、ウルズがそう答えた。
それを聞いて、
「一番若い?」
と、アイシャが首を傾げる。
アイシャが想像出来る“叔父さん”と呼べる人物は、『上の』や『下の』と言い表せる程度の人数なのだが、ウルズの“叔父さん”と呼べる相手は2人や3人どころではないようだ。
「そう。で、一番歳いってるんがライドの親父さん」
アイシャを見ようとして横を向いたウルズの表情がいつもよりにこやかなのと、再び初めて聞く名前が出てきたので、
「ライドさんって?」
アイシャは続けて質問した。
その質問に対してウルズは、
「ライドは俺の…」
そこまで口にして黙る。2人の関係性に当てはまる言葉を探していたようだったが、
「俺の、一番の理解者や」
他に適切な表現が見当たらなかったらしく、簡潔に答えた。
「一番の理解者?」
「そ、相棒」
ウルズはそう言うと、手綱を操り馬達を曲がらせた。
ウルズの一番の理解者であるライドとは、一体どのような人物なのだろうか。ウルズのように背が高い男性なのだろうか。
アイシャがそうやってライドという人物に思い巡らせていると、
「こいつらホンマに賢いな。操縦せんでもちゃんと行くで、多分」
ウルズがそう言って、馬2頭を褒める。
それから、
「で、そのライドが、エイデンでもうすぐ冒険者の資格取るんやってさ。ええよなぁ、冒険者。俺も早くなりたいわ」
と、話を元に戻した。
アイシャは先日、ウルズが違う大陸から来たと聞いていたので、
「卒業したら帰るの?」
そう尋ねてみたところ、ウルズは頷いて、
「帰ったらライドと冒険する約束なんや」
物凄く楽しみにしているのが分かる声の調子で答えた。
「仲が良いんだね」
アイシャがウルズの後ろ姿ににっこりと笑いかけると、
「まあな。一緒に大冒険するってのが俺らの夢で、俺がここに残って勉強してるんもその為。エイディナにも魔法を学べる施設があったら良かったんやけど、残念ながら…」
そこまで言うとウルズは肩をすくめて、無いことを示した。
そうやって将来の話をするウルズに感心する一方で 、彼が居なくなる日を想像してアイシャの胸は締め付けられた。
人には出会いと別れがあり、アイシャとウルズにも必ず別れの時が来る。そう理解していても、顔を合わせられるのは在学中だけだという事実に、寂しさを感じざるを得ない。
気分と共に視線も下がっていき、床の上に落ちているリュックサック熊と目が合う。
アイシャは、それを拾い上げて埃を払った後、ウルズには聞こえない小さな声で、
「ウルズ、卒業したら帰っちゃうんだって」
そうリュックサック熊に話しかけて、ギュッと胸に抱きしめた。
続く。
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