第24話 ウルズ×馬車
激しく揺れる馬車の中、
(もしかして……)
ウルズはある事に思い当たり、御者席の背後にある小窓に近付く。
それは格子窓で、格子の間から御者の様子を伺えば、思った通り見知らぬ男が御者席で馬を操っていた。
ウルズと言葉を交わした御者は、頭の天辺から爪先まできっちり身なりを整えた人物だ。後頭部だけでも十分別人である事が分かった。
御者に変装し、人を連れ去ろうとする輩が真っ当な人間のはずがない–––。ウルズはこの男を追っ手の1人と確定し、次の行動に移ろうとした。
ところが、そのタイミングで男は手綱を大きく動かし、馬達を右に曲がらせる。
馬車が激しく振られ、アイシャは倒れまいとウルズの腰にしがみついた。
ウルズといえば、アイシャにしがみつかれた状態で倒れるのを堪え切ってから、小窓を開けて男の頭頂部に手刀を繰り出した。そう、言わずと知れたチョップである。
不意打ちを食らった男は驚いて、
「なっ⁉︎」
と慌てて振り返り、ウルズが腕を伸ばしてその首を掴む。そして、
「お前、誰やねん?」
と、凄んで聞いた。
普段から睨んでいると誤解されやすい目つきのウルズだが、今は誤解ではなく間違いなく男を睨みつけている。
そんな男2人を尻目に馬2頭は激しく走り続け、再び勢い良くカーブを曲がった。
ウルズは倒れないようにもう片方の手と足を使って耐えたが、上半身を捻っていた男はそうはいかず、バランスを崩してあれよあれよと言う間に御者席から滑り落ち、たちまちにその姿を見えなくした。
それに対してウルズが、
「チッ、なんも聞けんかった」
と、悔しそうに舌打ちをする。
が、操縦者不在で暴れ馬ならぬ暴れ馬車と化した今、悔しがっている暇などない。
「このままやと危険やな」
ウルズは御者席に移動すると決めるとアイシャの腕を自分の腰から外し、
「床に座るか横になって、椅子の間で身体を固定してなぁ。椅子に座ってるよりマシやろ」
とアイシャを床に座らせてから、ドアの窓を開けてそこから身を乗り出した。
ガタゴトと馬車が小刻みに揺れる中、ウルズは落ちないよう気を付けながら屋根に登り、慎重に前へと進んで行く。そして道がまだ曲がらない事を確認してから、御者席に飛び降りた。
御者席への移動は無事成功し、手綱を持って御者席に座る。
しかし、
「……」
ウルズはなかなか手を動かせずにいた。実は馬車の操縦の仕方を知らないのだ。親達と幌馬車に乗って行商に行く事はあったが、馬車を操るのは大人の役目だった為、操縦の経験がなかったのである。
馬車が猛スピードで走っていなくて広い場所であったなら、試しに手綱を引くなりして反応を調べるところだが、今は真逆の状況。流石にここで試すのは無謀に思えた。
「とりあえず……アイシャぁ、バーチってさっきの町からどっちの方角にあるか調べられる?」
可能なら地図を見てくれないかと、ウルズがアイシャに声を掛ける。
すると––––
暴走していた馬車が、徐々に徐々にと速度を緩め始めた。
荒々しく地面を蹴っていた足が次第に軽やかなものへと変わってゆき、遂には落ち着いた様子で走行するまでになった。
突然の変化にウルズが2頭をしげしげと眺めていると、
「ウルズ、馬車を操れたんだぁ」
立ち上がったアイシャが、格子越しに感心した声を上げた。
「いや、操れやん」
そうキッパリ否定するウルズに、アイシャは不思議そうな顔をして、
「操ってるよ?」
と、首を傾げて馬達を見る。
「馬らが賢いんやろ。もしかしたら、地名とか簡単な言葉を理解してるんかもな」
身なりが整えられ、丁寧に頭を下げてくれた御者を思い出す。その姿から馬車だけでなくこの馬達も大切に扱っていたのだろうと、簡単に想像がついた。よって、頻繁に声を掛けている内に馬達が覚えたという可能性は十分にあった。
「賢いねぇ。けど、ご主人様落ちちゃったよ?」
もう見えないが、アイシャは偽物の御者が落ちた方角を振り返って見る。それに対してウルズが、
「アレは偽者」
と教えた。
「じゃあ本物の御者さんは?」
「多分、あの乗り合い所のどこかでのびてるんちゃうかな……」
ウルズは本物の御者が置かれている状況を想像して、形の良い眉をしかめた。偽物が着ていた服は同じ物だった。つまり御者は、寒がりのウルズにはとても耐えられない状況下にあるというわけだ。
「でもあの人、御者さんの制服だったよね?」
「盗ったんやろ、本物の御者から。こんな寒い中で可哀想に」
その説明でアイシャも状況を把握し、
「大変」
と、再び振り返った。
「この馬ら可愛がられてたみたいやし、早く御者に返しちゃらな可哀想やな。……管理主に頼むか」
それだけでなく印章の件に関する費用の全てを、ウルズは払って貰うつもりでいた。大食い貧乏学生の財布事情は、貴族には想像つかない程厳しいのだ。
ウルズもアイシャも2頭の馬もすっかり落ち着きを取り戻して、少し遅めのスピードで森の中を進んで行く。
途中で別れ道はあったがたまにある標識が、きちんとバーチに向かっている事を教えてくれる。
アイシャは自分達を連れて行ってくれている馬達に、
「本当にお利口さんだね」
と微笑みかけ、前に続く森の道に目をやっては、
「このまま無事に管理主様の元へ行けたら良いんだけど……」
と、祈るような気持ちで独り言を呟いたのだった。
続く。
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