第22話 ウルズ×苦戦
意識が引き戻されて、ウルズの目がゆっくり開く。
サイドテーブルにある灯りが、部屋の中を薄っすらと照らし出していた。
––––ライドの夢を見ていた。
夢の世界のどこまでが『ウルズの夢』で、どこまでが『ライドの夢』なのか。2人で楽しく領土争いをしていた。
「やから、こっからは俺のや」
「いいや、僕のっ。女の子には優しくするもんやで、ウルズ」
「女の子ぉ? ……。どこにおる?」
「目の前におるやろ!」
どこから持って来たのか、それぞれ大剣サイズの大きなクレヨンを抱えて、好き勝手に境界線を引いては主張するを繰り返していた。
そんなやり取りを思い出し、ウルズは途中で起きてしまったことを勿体無く思う。
ライドとならいつでも––––そう、例え夢の中でも楽しいのだ。
ウルズとライドは、相手を思い浮かべて伝えたい事を頭の中で言えば会話が出来る。
それならば、相手が出てくる夢を見た時に夢を共有していてもおかしくないのではないかと、ウルズは考えるようになっていた。
この不思議な通信手段に原因があるとすればウルズの魔力なのだが、彼の魔力がどのようにライドに影響を及ぼし、意識の共有に至っているのか、今でも全く分からない。
分かっているのは、離れている時間が長くなればなるほど伝わり難くなるという事だけ。ウルズはこの現象について、授業が進めば何か分かるかもしれないと少し期待していた。
寝返りを打つ。
その視線の先には、眠っているアイシャの姿があった。
しかしきちんと布団を被っておらず、それが気になったウルズが身体を起こす。
夏でも涼しいシティンの春の夜である。寒がりのウルズでなくとも寒い筈だと、布団を掛け直してあげようと思ったのだ。
アイシャに近付く。
すると悪夢でも見ているのか、アイシャは眉を顰めて魘されていた。
苦しそうな様子に一度起こした方が良さそうだとウルズは判断し、「アイシャ」と声を掛ける。だが、彼女は魘されたままで起きる気配がない。
魘されているとはいえ所詮は夢なので無理に起こさなくても良いのだが、寝顔が辛そうなので疲れないかと心配になる。なのでウルズは、アイシャの肩を揺すって起こすことにした。
片膝を床につけて、アイシャの肩に手を置く。
すると––––
アイシャが突然、ウルズの腕に抱きついて来た。
彼女が身体を横に向けたのを寝返りだと思ったウルズはあっさり捕まってしまい、思わず後ろにのけぞる。が、アイシャが力強くしがみついている為離れる事が出来なかった。
もう一度「アイシャ」と呼びかけても依然として起きず、アイシャの手を自分から外そうと試みたらみたらで、今度は外そうとしたその手をぎゅっと握られてしまった。
それをまた反対側の手で外そうとすると、今度はその手を握られてしまう……の繰り返しで、当然手を振る程度では外れなかった。
ウルズは、全く想像していなかった形でアイシャに苦戦を強いられてしまい、
(マジかよ)
と、ため息を吐いて前髪を掻き上げる。
が、握った事で安心したのか、アイシャが穏やかな表情でスースー寝息を立てている事に気が付き、もしかすると今なら起きるかもしれないと再度声をかけてアイシャの肩を揺すってみるも、相変わらず目を覚まさない上に力も強いまま。
だからといって、力尽くで彼女の指を外すわけにもいかず––––、
(……ま、いっか)
ウルズは逃れるのを諦めた。
手を握って魘されずに済むのなら、それで良いと思い直したのだ。ホガッタ家の小さな子達にしてあげていた添い寝と何も変わらない……と。
布団をかけ直してあげながらアイシャの様子を伺うと、
「あ……」
ウルズはある事を思い出した。
それは数年前、まだノースで暮らしていた頃の話だ。珍しくライドから離れて、父親の行商について行ったことがあった。
その行商先で赤毛の女の子と楽しく遊んだ事があったのだが、その女の子の名前が『シア』だったのを思い出したのだ。
(やから引っかかったんやな、あの時)
思いがけない形で森の中で引っかかっていたものを思い出し、スッキリする。
そうやって清々しさに似た感覚を味わっていると、今度は眠気が襲って来て欠伸が出た。
(寝るか……)
今のアイシャなら多少の揺れや物音では起きそうにないが、そーっと静かに自分ベッドに手を伸ばし、掴んだ布団を手繰り寄せ、アイシャと手を繋いだままで床に座り込んだ。
布団で体を包み込み、アイシャのベッドにもたれかかる様にして目を閉じれば、布団が優しくウルズを温めてくれる。
ウルズが再び眠りに就くのに、そう時間はかからなかった。
続く。
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