第21話 ウルズ×箱交換

 朝、ウルズは完全に布団の中に潜り込んでいた。

 寒い日の朝はいつもこうで、布団の暗闇の中で寝返りを打つ。

 暖かいフロッグ大陸で生まれ育ったウルズには、この大陸に住む人々の『春になって暖かくなったね』という挨拶を実感出来ずにいる。今日も寒い空気が布団の外で待ち構えている事だろう。

 しかし、いつまでも布団に包まっているわけにはいかない。ウルズは覚悟を決めて身体を起こし、髪を括ろうと頭に手をやった。

 すると、手に伝わる髪の毛の感触がいつもよりサラサラしており、思わず手が止まる。

 アイシャが乾かしてくれたからだとすぐに思い当たったが、だからといって見習おうとは思わない。着る服といい、ウルズは自分に対して面倒くさがる面があった。


「アイシャ、アイシャ」

 着替え終わったのでアイシャを起こそうと、ウルズが声を掛ける。

 しかし眠りが深いのかアイシャは起きず、ウルズは体を揺すってみた。

 流石にこれには気が付いたようで、青い目がゆっくりと開く。

 それを見てウルズが朝の挨拶をしようと口を開いたのだが、「おはよう」を言い切る前にアイシャの目が閉じてしまい、

「寝るなぁっ!」

 バサーッ!と勢いよく、伯爵令嬢であるアイシャの布団を容赦なく引き剥がした。

 靡く金髪に、逃げる布団の空気。

 アイシャの目はバチッと見開かれ、

「キャーーーッ!!」

 悲鳴を上げて、ガバッと起き上がった。そして、

「何するのぉ!」

 とベッドの端に寄って、強くウルズに抗議する。

「何って、起こしただけやん」

「………」

 ケロリとした様子で答えるウルズと、言葉を失うアイシャ。

 伯爵家の面々が見ていたら大騒動になりそうな場面でも、大家族で育ったウルズには普通の光景だったようで、

「そんな事より着替えてな」

 悪びれもない態度で洗面所へと向かった。


「おまたせ」

 先に準備を済ませて待っていたウルズに、アイシャが声をかける。

 厚着のウルズとは違いアイシャは淡い色の春物の服に身を包んで、管理主の印章が隠されたリュックサック熊をいつも通りに背負っていた。

「ほな行こか」

「うん、気をつけていこうね」

 このように普段と変わらない空気が流れているが、ウルズ達は間違いなく追われる身。徒歩だけの移動は依頼の件を含めて色々と都合が悪いので、2人は宿を出ると、馬車の乗り合い所に向かった。思わぬ展開に心を弾ませているウルズでも、危険に晒される時間は短い方が良いと考えたのだ。


 道を歩いていると、予想していた通り後方から追っ手が現れた。

 やって来たのはゴリラに似たあの大男で、ウルズ達が逃げない様にと小男に注意されたのか、何も言わずに小走りで向かって来た。

 ただし重たい足音はそのままなので、

「昨日の大きな人、来てるよ」

「みたいやな」

 このように、努力虚しく気付かれてしまったが……。

 ウルズがチラッと後ろを見てみたところ、大男の姿しかなく、

「大きい方だけやな、ラッキー」

 薄い唇の口角がニッと上がる。

 ウルズ達にとって神経質な小男より深く考えない大男が来てくれた方が好都合で、大男1人で来ているのは幸先の良いスタートと言えた。

 ウルズは、大男が側に来た時点で立ち止まり、アイシャを後ろに隠して大男と向き合う。そうして対峙した大男の開口一番の言葉は、

「持って行った箱を返してくれ」

 だった。そして前に突き出した左手を上下に揺らして、引き渡しを急かしている。

(人聞きの悪い。間違えて持ってったん、そっちやろ)

 元々渡すつもりでいたものの、あの様な言われ方をされると気分が悪い––––。ウルズはそう思いながらも、言われた通りに箱を渡した。

 すると、大男は中身を確認することなく左手を引っ込めて、今度は右手を前に出した。

 差し出されたその手には、依頼の箱が入った袋が握られており、

「お前達のだ」

 大男は、ウルズに受け取るように言う。

 手に持って確かめなくても、包装紙が皺くちゃなのが分かる。しかも適当に包んだらしく、合わせ目がずれて包装紙の裏が見えていた。テープも適当に剥がした物をそのまま使っているので、引っ付いていない。

(それにしても……や)

 ウルズが、ゴリラのような大男を見つめる。

(こいつ、賊に向いてへんのとちゃうか?)

 大男の良く言えば素直、悪く言えば考え無しの性格が、この短いやり取りで十分に伝わってきた。心配する義理は全く無いが、ウルズは大男の居る環境を想像して、無意識に眉を顰めた。

 そんなウルズを見て、大男は依頼の箱の中を気にしていると勘違いしたらしく、

「そんなに疑うな。中は壊していないし、違う物とすり替えてもいない、本当だぞ」

 と、箱の中身は無事だと教える。それから安心させようとしたのか、歯をむき出してニカッと笑った。

 アイシャはその笑顔に益々ウルズの後ろに身を隠し、ウルズはオルゴールに入れた石を思い浮かべながら、

(俺はすり替えたけどな)

 と、心の中で舌を出す。

 そしてそれをおくびにも出さずに、

「ならええけど」

 素知らぬ顔で依頼の箱を受け取るのだから、どちらが悪者なのやら。

 大切な荷物がそんな事になっているとは露知らず、箱を交換し終えた大男は晴れやかな笑みを浮かべて、

「よし。これからは気を付けるんだぞ」

 ウルズを指さしてそう注意すると、クルリと体の向きを変えて、来た道をご機嫌な足取りで戻って行った。

 最後の最後で謂れのない注意を受けたウルズ、

「気を付けるべきなんはそっちやろ!」

 と言いたいのをグッと堪えて、ただただその陽気な後ろ姿を睨みつけた。


 そうやって大男を見送るのもそこそこに、

「行くで」

 ウルズはアイシャを連れて、馬車の乗り合い所へと向かった。

 乗り合い所に着くとバーチ方面のエリアから、

「バーチ方面、もうすぐ出発します。あと3席空いております。ご利用のお客様はお急ぎ下さい」

 という案内が聞こえて来たので、ウルズとアイシャは急いで御者の元へ行き、2人分のチケットを購入した。

 既に3人の乗客が居たので、頭を下げて馬車に乗る。

 そして、ドアを閉める御者からバーチに着くのは3〜4日後になると聞いて、

「やっぱり報告日に間に合わへんか」

 ウルズは席に座りながらそう呟いた。その隣でアイシャも「報告日…」と呟き、

「その場合、どうなるの?」

 心配そうに首を傾げた。彼女の赤い髪の毛が、サラサラと肩から滑り落ちる。

 その点については、アイシャが出発の準備をしている間に調べたので、

「生徒手帳には、サボっていたわけではありませんよーって証明してくれる第三者のサインと、それまでの経緯を書いた報告書を期日内に学校に出せ……って書いてたで」

 と、教える。

 そんな話をしていると、出発を知らせる笛が鳴り響き、それを合図に馬車が走り出した。

 どこまで追っ手を撒けるだろうか––––。ウルズは、ワクワクした目を窓の外に向けた。


 馬車に乗った初日は、大男達はオルゴールの細工に気付かなかったのか、何事もなく過ぎ去った。

 2日目は、例の2人組とは違う不審な男達を何度か目撃したが、身を隠すなどしてやり過ごし、割と平和な日を送った。

 そして3日目の今日、特に何も起きなかった。

「……。なんか、平和やな……」

 シャワーを浴びた後、ベッドに寝転んだウルズが不満そうに呟く。思わぬ大冒険の予感に胸を弾ませていた分、連日の長閑な馬車の旅にガッカリしていた。

 その愚痴を聞いて、

「平和で何よりでしょ?」

 ウルズの髪の毛を乾かしに来たアイシャが、首を傾げる。

 ウルズは、灰色がかった青い瞳をアイシャに向けてから、

「そうなんやけど、ちゃうねん」

 とため息を吐き、それから、

「明日はバーチ。期待してるからな」

 そう言って右手を強く握る。

 これはアイシャに向けられた言葉ではなく、2人を捜している怪しい男達や、恐らく居るだろう首謀者に向けられたもので、それを聞いたアイシャは櫛を持った手を止めて、

「ウルズって面白いよね」

クスクスと笑った。



続く。

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