第20話 ウルズ×熊

「どうなるかやなんて悩んでてもしゃーないし、とりあえず今日は休もら。明日また向こうから来るやろ」

 ウルズはそう言うと靴を脱ぎ、ベッドの上に寝転がった。

 アイシャは荷物の整理をする為に着替えなどが入った大きめの鞄を開け、今度はリュックサック熊の背中のファスナーを下げた。そして市場で買った小物を次々と取り出し、それらを大きめの鞄に詰めていく。

 リュックサック熊の腹が萎み、そろそろ出す物がなくなって来たかという頃に、小さな熊のぬいぐるみが出てきた。しかも、1つ、また1つと、合計3つもの熊のぬいぐるみが出て来たので、

「ホンマに妊娠してたやん」

 ウルズが指をさして笑う。

 そうやってウルズが小さな熊のぬいぐるみについて触れると、

「可愛いでしょ?」

 アイシャが三つ子を並べて、ニコニコと同意を求めてきた。

 しかしウルズはそういう物に興味がないので、

「俺に聞かれても……」

 と、手を横に振る。そんな彼の素っ気ない反応に、

「可愛いよぉ」

 アイシャは拗ねた風に言い、その三つ子も大きな鞄に仕舞った。

 荷物の整理が終わったのを見届けてからウルズは、アイシャにシャワーの使い方を教え、先に使うよう勧めた。

 それからベッドに戻って、視界に入ったリュックサック熊を眺める。

(口に小さい熊入れたら、ビックリするやろな)

 リュックサック熊の口から、小さなぬいぐるみの下半身が出ているのを想像し、鞄の中に片付けられたのが残念だと思う。

 そんな事を暇つぶしで考えているとある考えがウルズの脳裏に閃き、反射的にバッと上半身を起こした。そしてベッドから離れてアイシャのリュックサック熊を手に取ると、今度はサイドテーブルに顔を向けて、印章を持った。

 そんなウルズがまず行ったのは、リュックサック熊の口に印章を入れることだった。

 口の中に手を突っ込んだ事があるので、中が袋状になっているのは知っている。そして思った通り、印章は口の奥に収まった。

 次にウルズは自分の鞄からソーイングセットを取り出し、リュックサック熊を裏返して喉を縫い始めた。

 隠す目的もあるが、何かの拍子に印章が落ちてしまわないように……と考えてのことだ。

 大家族のホガッタ家で育つと、ボタンの取り付けやちょっとした綻びなら繕えるようになる。ウルズは手際良く縫い終えると、

「これで良し」

 リュックサック熊の頭を軽く叩いた。

 リュックサックの熊の口の中に、管理主の印章が隠されているとは誰も思わないだろう。もし大男達に捕まったとしても、注意深く探さなければ見付からないはず。

 ウルズは、嘘をつくのが苦手そうなアイシャにも秘密にしておくことにした。


 リュックサック熊を元の位置に戻して次に取りかかったのは、印章の代わりとなる重りを探す事だった。

 窓を開き、勉強中の浮遊術で石をいくつか拾い上げる。

 覚えたばかりの浮遊術は人に使うには心許なく、先程の騒動では使わなかったのだが、石なら失敗して落ちたとしても人に当たらなければ問題ない。

 そうしてウルズは、印章の重さに近い石を選び、それをオルゴールの引き出しの中に入れてベッドに寝転がった。

 そして暫くして部屋に戻ってきたアイシャに、「鍵閉めて」とオルゴールを渡し、引き出しの鍵を閉めてもらう。それからオルゴールを箱の中に戻し、包装し直していった。

 印章と石のすり替えはいつか必ずバレるが、せめて渡す時にはバレないようにと、ウルズは折り目だけではなくテープの位置もしっかり合わせて、元の状態に戻した。

 作業を終えてウルズが顔を上げれば、アイシャがリュックサック熊を抱いてこちらを見ている。

 アイシャはリュックサック熊の密かな妊娠に気付いていないようで、上手くいったとウルズはほくそ笑んだ。


 何もする事が無くなったのでウルズもシャワーを浴びに行き、手早く済ませてサッサとバスルームから出た。

 部屋には寝る前の祈りを捧げているアイシャの姿があり、

(寝る前も祈るんか)

 ウルズは初めて見る習慣に目を向けながら、自分のベッドに移動した。

 無宗教のウルズにはそのような習慣はないので、長い手足を放り出してベッドに横たわる。

 すると、

「お祈りしないの?」

 アイシャが不思議そうに声をかけてきた。

「何の宗教にも入ってへんからな」

 ウルズが目を閉じてそう答えると、

「あ、そうだったね」

 アイシャは納得し、口を閉じる。が、

「髪乾かさなきゃグチャグチャになっちゃうよ!」

 今度はウルズの濡れた髪の毛が気になったようで、信じられないという風に声を上げた。

「かまへんって。いつもこうやって寝てるんやから」

 ウルズは構わずそのまま寝ようとするが、

「風邪引くよ?」

 アイシャはどうしても気になるようで、また声をかけてきた。

「そんなに気になるんやったら、勝手に乾かしといて」

 目を開ける事すら面倒臭い今、髪の毛を乾かす気にはなれない。ウルズが欠伸混じりにそう言うと、

「良いの?」

 と、アイシャは首を傾げた。

 小さく頷くウルズ。

 そうして了承を得たアイシャは、タオルと櫛を持ってベッド脇からウルズの髪を乾かし始めた。

 ゆっくり梳かす櫛のリズムと、アイシャの手の温もり。

 疲れていたらしくウルズは、スーッと簡単に眠りに落ちていった。



続く。

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