第19話 ウルズ×推理
宿の2階の部屋に戻ると、ウルズは箱をサイドテーブルに置き、包装紙を外しにかかった。
「開けても良いの?」
北側に置かれているベッドに座って、アイシャが心配そうに尋ねる。
「かまへんかまへん。どうせ依頼の箱とちゃうんやし」
ウルズはそう言うと手際よく封をといて、躊躇いもなく箱の蓋を開けた。
2人で箱の中を覗き込んで見れば、そこには大きめの木製のオルゴールがあった。深いセピア色の、シンプルで落ち着いたデザインである。
大人受けしそうなオルゴールではあるが、男達が血眼になって捜す程の代物には到底見えず、
「オルゴール本体に、価値が有るんやろか……」
ウルズは小首を傾げた。
大男達の話からすると、大金と交換出来る代物の筈なので、入れ物以外の何かに違いない。ウルズはそれを確かめようと、箱からオルゴールを取り出そうと持ち上げたところ、
コトッ
傾けた弾みに、何かがぶつかる音がした。
振ってみるとコトッコトッと、返事をする様に音が鳴る。
この大きめのオルゴールには高さ8㎝ほどの引き出しがあり、考えるまでもなくそこに入っているのが分かる。なのでウルズは引き出しを開けようとしたのだが、鍵が掛かっていて開かない。鍵を見落としたのかと思い箱の中や袋の中、包装紙の上や足元も探すが、鍵は見当たらなかった。なので、
「中、見たいんやけどなぁ……」
ウルズはアイシャに視線を送り、鍵開けを要求する。
鍵開けはシーフ科やシーフクラスの生徒が必ず身に付ける技術で、オルゴールにあるような簡単な造りの鍵なら、シーフクラスの1年生でも開けられるのではないかと思ったのだ。
切れ長の目で「開けて欲しい」と訴えられたアイシャは、抱いていたリュックサック熊を横に置いて大きな鞄から道具を取り出すと、オルゴールを受け取って引き出しの鍵外しに取り掛かった。
ウルズが思った通りアイシャは既に習っていたらしく、白い手を細かく動かして開錠を試みている。
カチャカチャと鍵をいじる音を聞きながらウルズが作業を見守っていると、不意にその音が止んで、「はい」とアイシャがオルゴールを返して来た。
早速ウルズが引き出しを開けてみると、中には値段がはりそうな手の平サイズ印章があり、
「なんやこれ、美術品か?」
ウルズは引き出しから印章を取り出して呟いた。持ち手は細やかな金細工が施されており、一般人が使う代物でない事は明らかだ。
「何書いてるんやろ?」
そう言ってウルズが印面の文字を読もうと裏返したところ、横から見ていたアイシャが「あっ!」という短い声を上げ、
「ウルズ、ちょっと貸して」
慌てた様子で手を差し出した。
「なんか知ってるん?」
ウルズが言われた通りに印章を渡すと、アイシャは食い入るような真剣な眼差しで調べ始めた。光に当て、角度を変えて、全体をくまなく確認する。そして、
「やっぱり……。これ、バーチの管理主様しか扱えない判子…印章だよ。しかも本物の」
アイシャは少し顔を強張らせて、印章をウルズに渡した。ウルズが改めて印文を読んだところ、たしかにバーチという土地名が刻まれている。
アイシャによれば、管理主の印章には偽物と見分けがつくよう幾つもの細工が施されており、手元にある印章は間違いなく本物だ–––との事で、
「それを押すと正式な書類になっちゃうから、管理主の印章を持つ人は、管理主の権利を持っているようなものなの。管理主の証と言っても良いぐらいの物なんだよ」
物珍しそうに印章を見ているウルズに、サンプの管理主の娘であるアイシャが説明する。
「ふーん……けど、これを持ってるからって、必ずしも管理主になれるわけやないんやろ?」
「それはそうなんだけど、とても難しいってだけで、手段が全くないわけじゃないから。だから、絶対に他の人の手に渡っちゃいけない物なんだけど、どうしてこんな所に……?」
アイシャは、バーチ管理主邸にあるはずの印章が目の前にある事に戸惑っているようで、困惑の表情を浮かべた。
「バーチの管理主ってどんな人なん?」
「バーチの管理主様はおじい様だよ。そういえば、後継ぎさんがなかなか決まらないって、父様から聞いたことがある」
「ふーん。で、その次期管理主って身内が継ぐもんなん?」
ウルズの続けての問いかけに、アイシャは首を横に振り、
「身内だからって必ずしも次期管理主に選ばれるわけじゃないの。場合によっては候補者にもなれなかったりするんだ」
完全な親族内承継ではない事を教え、更に、
「基本的には管理主が指名した人が後継者になるんだけど、国も審査をするから、候補者の中に素質のある人が何人も居る場合や、逆に居なかった場合にはなかなか決まらないみたい」
と、説明した。
「バーチは何人候補おるん?」
「何人かは知らないけど……、バーチの管理主様はお年を召しているから、ずっと前から後継者について考えていらしたみたい。それでもまだ次の人が決まっていないって事は、1人じゃないんだと思う」
「候補者の中には、どうしても管理主になりたい人ってもおるよな?」
「うん。勿論そういう人もいるよ」
ウルズが何度も質問をし、アイシャがそれに答えていく。他にも幾つか質問し、質問し終えたウルズは、
「何も知らんと……した……?いや、それはないか……。やっぱり管理主の館から……」
左手を顎に当てた状態で、ぶつぶつと呟き始めた。 左手を顎付近に持って行くのは、真剣に考えている時のウルズの癖だ。
そして、
「そういう事か……」
ウルズは何か分かったらしく、アイシャを見た。
「分かったの!?」
アイシャがビックリして尋ねると、
「あくまでも、“多分”やけどな」
ウルズは頷いて、推理をアイシャに聞かせる。
それはアイシャにとって非常に驚くべき内容であったが、彼女が持つ管理主に関する知識と照らし合わせてみると、その可能性が一番高かった。
その推理が当たっているのかは分からないが、男達が取り戻したがっている物が何なのかは分かった。なので、
「とりあえず、これは返そか。依頼の箱も返して欲しいし」
と、ウルズは印章が入っていたオルゴールをポンポンと叩いて、男達に返すとアイシャに伝える。
「悪い人に渡すの?」
「オルゴールだけな。で、こっちはバーチの管理主に返すんや」
「私達で届けるの?」
「そ。発送はナシ。もしアイツらに見られたら、奪われる事間違いなしやしな。で、絶対に届け物の中身を調べられへんって言うんなら、役人に預けて届けて貰ってもええんやけど……」
「お役人さんが確認なしで引き受ける事はない……。そして、バーチの印章を見たらきっと……。そしたらバーチの管理主様は……」
アイシャは考えられる事を口にして、黙り込んだ。
「って事で、俺らが届けるってなったわけや。俺としてはちゃんと保管出来へんかった管理主にも責任があると思うから、役人にバレて処罰を受けてもしゃーないとは思うんやけど、もし推理が当たってたら、後味の悪い結果になりそうやしな」
ウルズはすっかり、『管理主邸に印章を届ける』という冒険をするつもりらしく、表情が生き生きしている。
そのせいで楽しみたいが為の理由付けにも聞こえるのだが、アイシャは僻んだ目で人を見ないので、ウルズの言葉を素直に受け取り両手をギュッと握った。
「ますます物語りみたいになって来ちゃったね」
無事に印章を届けられるだろうか––––。
そんな不安を抱えて顔を曇らせるアイシャとは対照的に、ウルズの表情は明るい。しかも、
「なんか面白くなって来たな」
と、今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気である。
そんなワクワクしているウルズを見て、依頼を忘れてしまわないか…と、少し心配になったアイシャであった。
続く。
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