第18話 ウルズ×大男と小男
ウルズとアイシャが踊り場からこっそり様子を伺っていると、大男とは対象的な背の低い小柄な男がやって来た。
その男はズカズカと大男の前まで行くと、
「何をやっているんだ!! アレはどうした!!」
細い腕を振り上げて、大男を怒鳴りつけた。
「それが急にいなくなって……」
「お前は追いかけることすら満足に出来ないのか! いや、そもそもどうして箱を取り間違えたりしたんだ! あれが無くちゃ金が手に入らないんだぞ! それに中身がバレたら、金が手に入らないどころの騒ぎじゃない! 分かるか? この大馬鹿野郎!!」
小男が、矢継ぎ早に言葉を並べて怒鳴り散らす。だが大男に萎縮する様子は見られず、頭をボリボリ掻きながら、
「まさか同じ箱があるだなんて思わなかったんだよ。それに自分で置いた方の荷物を持った筈なんだ」
と、言い訳し始めた。
その大男の悪びれもない態度が益々小男を苛立たせ、
「い・い・か・ら・さ・が・せ!」
小男は、顔を真っ赤にしてヒステリックに命令した。
不明な点は沢山あるが、小男は大男よりも立場が上で、2人共まっとうな人間でないという事は分かった。
大男と小男は、ウルズとアイシャが隠れていないか物陰を調べながら、表通りに向かって進んで行った。
そして、2人組があと数歩で脇道から出るとなった時、
「くしゅんっ」
なんとも可愛らしいくしゃみが、脇道に鳴り響いた。言うまでも無い、アイシャのくしゃみだ。
立ち止まり振り返る大男達。
ウルズと大男と小男の視線が、アイシャに注がれた。
「お約束やな」
そう言うウルズに、
「ごめんなさい、我慢していたんだけど……」
アイシャが申し訳なさそうに謝る。それに被せるようにして、
「あそこにいる! 捕まえろ!」
小男が声を張り上げて大男に指示を出し、大男はそれに応えてウルズ達の元へと駆け出した。
「上に行くで」
ウルズがアイシャを立ち上がらせて、階段を上り始める。
途中で下から派手な音が聞こえて来たが、確かめるのは屋上に着いてからだと最上階を目指す。そして階段を上り切ると手摺に寄りかかり、覗き込むようにして下の様子を伺った。
すると、ウルズ達が隠れていた階段の踊り場に、ポッカリ穴が空いているのが見えた。どうやら大男の体重に耐え切れなかったようで、抜けた床の下でモゾモゾと動く人影が見える。
「ご苦労さん!」
よろつきながら路地に出てきた大男に、ウルズが笑って声をかける。それからアイシャを連れて、階段の踊り場から屋上へと移動した。
「追いつかれない?」
不安そうにウルズを見上げるアイシャ。
ウルズは何も答えず、登って来た階段の反対側にある、隣の建物を1人で見に行った。
ノースにいた頃ライドと悪戯をしてよく2人で逃げ回っていたのだが、今と同じ様に屋上へ逃げ込んだ事が何度もあった。なのでこのような事態に多少慣れている。
見ると隣の建物はこちらよりも少し低く、今居る建物と同じ柵のない屋上だった。
一見離れている様に見えるが、この建物との距離は1mもない。勇気さえ出せば問題なく飛び移る事が出来る距離だ。ウルズは、
「アイシャ」
と、建物の中にある階段を見ているアイシャに手招きをして、自分の元に呼び寄せた。それから隣の建物を指さして、
「あっちに行くで」
と、簡単に説明し、
「ええっ!?」
と、アイシャを驚愕させる。
そんな彼女を尻目に、
「俺が先に行くから」
ウルズはそう言って後ろに下がると、助走をつけて怯む事なく建物から飛び出した。
後ろに括った金色の髪の毛と服を靡かせながら、地上約20mの高さで跳躍する。
もしアイシャ以外の目撃者がいれば、悲鳴が上がって大騒ぎになっていただろう。だがこの奇行を目撃したのは、アイシャ1人だけ。ウルズの軽やかな着地音が聞こえるぐらいに辺りは静かだった。
思った通り、難無く隣の建物に移動する事が出来て、次はアイシャの番だとウルズが顔を上げる。
そして、怖がりながら建物の高さを確認しているアイシャに、
「シーフクラスやろ?数十センチぐらい大丈夫やって。軽い軽い」
造作もないという感じでウルズは明るく声をかけ、
「落ちる心配は全然無いけど、落ちへんようにちゃんとフォローするから」
と、笑顔で励ました。
立ち尽くしていたアイシャだったが、このままでは駄目だと踏ん切りが付いたのだろう。少し表情を引き締めて後ろに下がると、タタタと駆け出し力いっぱいにジャンプした。
ウルズの言う通り、建物の高ささえ気にしなければ何ともない距離で、アイシャも無事着地する。
「本当! 大丈夫だった!」
飛び移りに成功して、アイシャが興奮で頬を紅潮させる。そんな彼女に、
「やろ?」
と、ウルズは笑いかけた。そして休む暇もなく、
「次はあっちや」
そう言って、2人は次の建物に向かった。
次に目指した建物は、アパートだった。共用スペースとおぼしきバルコニーはあるがその位置は高く、先程のように飛び移るのは無理そうだ。
他に何か無いかと目を凝らして見てみれば、非常用なのか点検用なのか、壁の左端にパイプ梯子が有るのを見付けた。
すぐさま梯子に駆け寄ってウルズが手を伸ばしてみたところ、なんとか掴むことが出来た。ただし足場は狭く、アイシャに至っては手すら届きそうにない。
ウルズは少し考えた後、長い足を伸ばしてパイプ梯子に移動すると、振り向いて最初の建物の屋上を見た。
そこには建物内の階段を使って屋上に出た小男が、ウルズ達を探してキョロキョロ見渡しているところで、2人を見つけるなり、
「いたぞ! 隣の建物だ!」
と指をさして叫んだ。
ウルズもすかさず、
「早くこっちに!」
と声を張り上げて、アイシャに手を伸ばす。
それを見た小男は、慌てて建物の中に入り、見せたばかりの姿を消す。ウルズ達のように飛び移る勇気は無かったようだ。
ウルズは、小男の姿が見えなくなってからアイシャに「戻るで」と言い、彼女を後ろに下がらせる。
そして足を伸ばしてアイシャの元に戻ると、彼女の肩をポンポンと軽く叩いて、
「あと1回で終わるから頑張れ」
と励まし、外付け階段があった最初の建物へと向かう。
それからウルズはへりに立ち、最初の建物の縁に手を付けると、塀を登る要領で移動した。それからアイシャに手を貸して、無事渡らせる。
アイシャが軽かったのもあるが、授業で身のこなし方を教わっているのだろう。アイシャを引き上げるのは割と楽だった。
そうしてウルズとアイシャは、小男が往復した階段を使って表通りに出て、人混みに紛れて怪しい2人組から離れて行ったのだった。
短い出来事の様に感じたが、空は夕焼けを僅かに残すだけとなり、灯された街の明かりが道や行き来する人々を照らしている。
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったね」
アイシャは隣を歩くウルズを見上げてそう言うと、ニッコリ笑いかけた。
ウルズ自身、ライドと逃げ回った経験がこんな形で役立つとは思っていなかったので、先程の出来事を思い返すとつい口元が緩んでしまう。なので、
「楽しかったな」
という言葉が口を衝いて出てしまい、
「楽しんでたの!?」
アイシャが、今日何度目かの驚きの声を上げた。
「アイシャは楽しくなかったんか?」
「追いかけられていたんだよ?」
「せやな」
「追いかけられる理由が無いのに、だよ? それでも楽しかったの?」
アイシャは、心底分からないといった感じでウルズを見つめた。
「箱って言うてたから、それちゃうか?」
箱と言われて思い当たるのは、校長に渡された依頼の箱だけ。
そんなウルズの言葉に、
「でも、あれはただのお届け物でしょ?」
と、アイシャは眉を顰めた。
アイシャの言い分は正しい。だが目的が間違いなくあの箱だと分かった今、ウルズには思い当たる節があった。市場で昼食を摂っていた時に、箱の位置が少し変わっていたのだ。
それに気づいた時は、箱が食べ物で汚れないように無意識の内に離したのだろうと気にも留めなかったのだが、その時には既に入れ替わっていたらしい。空腹で食べる事に集中していたため、大男がいた事に全く気が付かなかった。
また、依頼の箱を半透明の袋に入れて持ち歩いていたのだが、どこにでもある袋だったので、あの男達も同じ袋に入れていたようだ。つまり今回の出来事は、偶然が重なって引き起こされたものだったのである。
話を纏めてアイシャに説明すると、
「なんか……物語みたい……」
アイシャは狐につままれたような表情で、素直な感想を述べた。
続く。
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