第15話 ウルズ×チェック村

 転けないと宣言したアイシャだったが、とにかく歩くのが遅かった。

「そんなんじゃ今日は野宿になってまうで」

 後ろを歩くウルズがそうやって急かせば少し速くなるのだが、暫くすると元のスピードに戻ってしまう。ウルズが指摘するのも一度や二度ではなかった。

「頑張るんちゃうんか」

「頑張ってるよ」

「普通の速さやし」

「速いもん」

「ほう……?」

 ウルズはそう言うと、アイシャが背負っているリュックサック熊の口にズボッと手を突っ込んだ。

「何するのぉ!」

 アイシャが驚いて振り返り、

「うぇってなっちゃうよ」

 と、リュックサック熊を庇うような目つきでウルズに訴えた。

「それが嫌やったら、言う事聞いて速く歩くんやな。やないとその熊がどうなるか……」

 背中のリュックサック熊を庇うアイシャに、右手の指をワキワキ動かしながらウルズが脅す。弟や妹、年下の従兄弟達を相手にコミュニケーションを取ってきたので、視点を合わせて話をするのはお手の物であった。

 それに対してアイシャが、「ダメ~」と首を横に振れば、

「なら大人しく言う事を聞くんやな」

 ウルズは、切れ長の灰色がかった青い目を更に細めて、悪役を気取ってそう言った。

 その脅しが効いたようで、アイシャは真剣な面持ちでコクコクと頷くと、スタスタと歩き始めた。そして、スピードを落とす事も転ける事も無く、夕方には無事にチェック村に到着した。


 チェック村は、観光客の休憩場所ともいえる村で、食事処が多い。歩いていると、『激安』や『お持ち帰り』と書かれた看板が目に付く。

 日が暮れてきたのでウルズ達はまず宿を探し、荷物を預けてから夕食を食べに行く事にした。

 見つけた宿は、シティン国立冒険者学校の提携施設で、生徒に対して割引サービスを行なっている。よく生徒が利用しているらしく、「依頼、頑張って下さいね」と応援してくれた。

 因みに依頼中に掛かった宿泊費用は、値が張る宿でなければ実質タダだ。依頼終了後に学校に申請すれば、補助金がおりる仕組みとなっている。ただし上限があり、それを超えた分は自腹となるので注意が必要だ。


 夕食を食べられそうな店を探して歩いていると、はぐれないようにウルズの服を握っていたアイシャが不意に立ち止まり、ウルズがクイッと後ろに引かれた。

 アイシャが見ていたのはドアを全開にしている酒場で、中に篭った熱気と共に、食器の音や人の声、美味しそうな料理の匂いが外に流れ出ていた。

「どしたん?」

「みんなが飲んでいるアレは何?」

 アイシャが指さしたのは、皆がよく知る定番の安酒、泡が立っているアレだった。

「なんや、ビールやん」

 と、ウルズが呟けば、

「ビール?」

 アイシャが首を傾げる。

 貴族であるアイシャは知らなかったようで、名前を聞いてもピンと来ない様子。ウルズがビールの説明をすると理解し、納得して再び歩き始めた。


 飲食店が多く食べ損なう心配はないが、それはそれで別の悩みが出てくるというもの。これは見て回るより人に聞いた方が早いとウルズは判断し、道行く村人に『安くて美味しい店』の場所を尋ねた。

 村人は丁寧に道順を教えくれて、ウルズとアイシャは礼を述べて頭を下げた。そして、「行こか」

 というウルズの言葉を合図に、2人は教えて貰った店へと向かった。

 教えて貰った店は開店したばかりなのか客が少なく、ウルズとアイシャはすぐに席に通されて、渡されたメニューの中から食べたい物を選び始めた。

 アイシャもメニューを見るがビール同様知らない食べ物が多く、ウルズに質問しながら1品を選ぶ。

 そうして最終的にウルズは、2人合わせて10品の料理を頼み、注文を取りに来たウェイトレスと、1品しか頼んでいないアイシャを驚かせのだった。

 暫くして料理が運ばれて来てさて食べようとなった時、アイシャが祈りを捧げ始めた。

 シティン国民の中でも、大きな神殿を抱くサンプの住民達は特に信仰心が厚く、祈りが他の地域と比べて少し長い。となれば当然アイシャの祈りも長いわけで––––、ウルズは黙って終わるのを待った。

 ノースで生まれ育ったウルズにはそのような習慣は無く、手を組んで目を閉じているアイシャをぼーっと眺める。それから何となく周りを見渡せば、アイシャと同じように祈りを捧げている人達がいた。

 そうやってノースとは異なる食卓風景を眺めている内に、ウルズは故郷を懐かしく思い始めていた。

 ホガッタ家は、50人以上にもなる大所帯なので食卓は毎回賑やかで、この様なゆったりとした時間は決して流れない。例え祈る習慣があったとしても、心の中では虎視眈々と、お目当のおかずを狙っている筈だ。

「………」

 おかず争奪戦の中、ライドがあれもこれもと料理をウルズの皿に盛っていた事を思い出す。

 自分の分を取らずにそうするものだから、逆にウルズがライドの皿に食べ物を盛ったものだ。

 それなら自分の分を自分で取れば良いのではないかと指摘された事もあったが、乗せ合いっこが楽しくてついやっていたのだ。ライドの皿に食べ切れそうにない量を乗せようとして、「やめーっ!」と止められる、そんな些細なやり取りが楽しかった。

 そんな事を思い出していると、妙に里心が芽生えてきた。

 大家族で育ったウルズは現在1人暮らし。バイトから帰ると家の中は真っ暗で、挨拶を交わす相手が居ない。居たとしても、庭に遊びに来る野良猫や野良犬ぐらいだ。

 自分でサンプに残ると決めたとはいえ、ちょっとしたホームシックである。

 ふと気が付くと、祈り終えたアイシャがウルズを心配そうに見つめていた。

「あ、ごめん。ちょっと家族の事思い出してて……」

 そう言って苦笑いを浮かべると、

「ご家族? 思い出すって、一緒に暮らしていないの?」

 アイシャが家族について尋ねてきた。

 ウルズは、自分はフロッグ大陸にあるエイディナ国のノースという町の生まれで、ノースでは大人数で生活していたが母方の事情でサンプに引っ越しす事となり、現在は学校に通うために1人でサンプに残っている––––という話をした。

 アイシャは相槌を打ちながら話を聞き、

「そっかぁ。冒険者学校で学ぶ為に1人で頑張ってるんだぁ。凄いねー」

 感心してそう言った。


 感傷に浸っていても、ウルズは大いに食べた。見た目は細いが、実は大食いなのである。1食3人前は当たり前で、その気になれば10人前だってペロリと平らげられる。

 その為、ウルズのバイト代の殆どが食費に消えていた。外食をする際に『安い店』である事は、ウルズにとって欠かせられない条件なのである。

 注文したすべての料理を綺麗に平らげて満足すると、支払いを済ませて店から出る。

 外はすっかり暗くなっており、空には沢山の星が輝いていた。

 宿へと戻る道は、酒に酔った村人や観光客達の話し声で、あちこち賑やかだ。

 帰りもウルズの服を握って歩くアイシャだったが疲れたのだろう、口数が少ない。

 ウルズは、アイシャに合わせてゆっくり歩く事にした。


 宿では部屋を2つ取っており、宿に戻ってからそれぞれの部屋で寛いだ。

 すぐにシャワーを浴びようか、それとももう少しこのまま寝転がっていようか。ウルズがベッドで寝転がりながらそんな事を考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

 何事かと思いドアを開けると、アイシャが申し訳なさそうな顔で立っていた。聞けば、屋敷のシャワーとは仕様が違い、シャワーの出し方が分からないとの事。

 ウルズはアイシャの部屋に行き、出し方と止め方を教えてからすぐに自分の部屋に戻った。

 そうして再びベッドの上で寛ごうとした時、またアイシャがやって来た。今度は寝床についての質問で、

「ベッドにお布団が無いんだけど」

 と、困り顔で訴えて来た。

 実際はちゃんと布団はあったのだが、毎日ふかふかのベッドで眠るアイシャには、宿が用意した布団はマットの類にしか見えなかったらしい。ウルズがこれが布団だと教えると、

「お布団にも色々あるんだね」

 戸惑いながら、納得ともフォローとも取れる言葉を口にして、ウルズを笑わせた。

 その後もアイシャは、ポツリポツリと質問しに来ては去っていくを繰り返し、ウルズがシャワーを浴びたのはアイシャが寝静まった後だった。


(こんなんやったら、一緒の部屋に泊まった方が楽やんか)

 アイシャの意見を聞いてからになるが、もしOKが出たら今度からは一緒の部屋に泊まろう。ウルズは、そう思った。



続く。

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