第14話 ウルズ×森の中にてごめんなさい


 ガラス工房の角を曲がり大通りをまっすぐ行った所に、サンプの南門がある。

 その南門を抜けたウルズとアイシャの2人は、チェックという村を目指して森の道をひたすら歩いた。

 森の道では馬車が行き交い、後から来た行商人や観光客が2人を追い抜いて先を行く。

 2人が抜かれてしまうのは、アイシャの歩くスピードが遅いからだ。

 そのアイシャの荷物は、冒険者には欠かせられない武器のショートソードと大きめのショルダートートバック、それからモコモコした茶色の熊のリュックサックだった。その熊の口は開いていて、アイシャの歩みに合わせて手足が揺れている。

(お嬢様でもこんなん使うんやなぁ……)

 伯爵家となれば高級品に囲まれて暮らしているだろうに、この熊のリュックサックは高級品には見えない。

 ウルズがそう思っていると突然リュックサック熊が後ろへ––––アイシャからすれば前へ––––と倒れていった。

 地面から出ている木の根に足を引っ掛けたらしく、ウルズが咄嗟に手を伸ばしてアイシャが転けるのを防ぐ。

「ありがとう」

 助けられてニコニコ笑いかけてくるアイシャを見て、ウルズはクラスメイトのカミューの言葉を思い出した。

『自分は貴族で伯爵家と親しくしており、その伯爵家には妹の様に可愛がっている女の子がいる』という、あの妄想だ。

 普段のカミューの様子から誰一人としてその言葉を信じなかったのだが、彼が挙げた妹の特徴と、目の前のアイシャにはいくつもの共通点があった。

 例えば、『赤毛青目でよく転ぶ』だ。この3点に当てはまれば、高確率で同一人物だろう。恐らく、『冒険者学校の生徒でよく転ぶ』で該当するのも、アイシャ1人だけに違いない。兎に角、『伯爵』が霞むぐらいの転び具合だった。

(そういえば、あの執事もアイシャのことをシアって呼んでたなぁ)

 カミューが伯爵令嬢を『シア』と呼んでいた事と、執事がアイシャを『シア様』と呼んでいた事を思い出す。

 アイシャを見つめながら色々考えていると、彼女は「何?」と首を傾げて青い瞳で見つめ返してきた。

「なぁ、カミューって知ってる?」

 ウルズがカミューのことを尋ねる。すると、

「お兄さん? 知ってるよ。お兄さんがどうしたの?」

 と、不思議そうに聞き返されてしまった。

 憧れの人物の姿を真似てグッズを集める、そんな学生寮暮らしのオタク貴族なんて居るはずが無い––––。そう言ってウルズ達はカミューを散々からかってきたのだが、嘘や妄想話ではなかったようだ。

 ウルズは、

(カミュー、ごめんな、変な奴扱いして)

 しんみりと心の中で謝罪した。

「いや、アイシャの話してたん思い出してな」

「私の? どんな?」

「よく転ぶって」

 そう説明するとアイシャが、

「お兄さんまで……」

 と、ショックを受ける。そこに、

「しゃーないって、ホンマの事なんやから」

 そう言ってウルズがわざと追い討ちをかけたものだから、アイシャは更にショックを受けて立ち尽くした。そんな予想通りの反応にウルズは心の中でクスクスと笑う。

 ショックから立ち直ったアイシャは、からかわれたと気付く事なく、

「が、頑張るもん」

 と気合いを入れて、再び歩き出した。

 しかし、歩くスピードは依然として変わらない。そんな後ろ姿にウルズは苦笑いを浮かべた。

 そうやってアイシャの後ろを歩くウルズだったが、アイシャの揺れる赤髪を見ながら、

(やけど、なんか他にもあったような気がするんよなぁ……。なんやったっけなぁ……)

 と、左手を顎に当てて考え始めた。

 少しの間、思い出しそうで思い出せないを繰り返すが、結局思い出さないのだから大事な事でないのだろうと結論付ける。

 が、一旦そう結論付けたものの、そうとは言い切れない何かがあり––––。ウルズは、モヤモヤしながら森の道を歩いた。



続く。

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