第12話 ウルズ×旅立ちの前に

 時々立ち止まっていたのは、通学路を歩いたことが無くて物珍しかったから––––と説明するアイシャ。何かを見付けては気を取られて足を止めていたと言う。行動だけではなくその喋り方からも、彼女のおっとりした性格が伺えた。

(それにしても戦うアイシャの姿、想像しにくいなぁ)

 アイシャの腰にはショートソードがあるが、冒険者という印象を全く受けない。下山の様子からしても、よっぽど自分の方が剣士や戦士に向いているのではとウルズは思った。

 しかし、剣士科に通っているということは、アイシャの剣の腕を学校が認めているということだ。

 なので、

「なぁ、アイシャは剣士科を志望して剣士科に入ったん? それとも違うのやりたかったのに、剣士科が一番合ってたってパターンなん?」

 ウルズは気になった事を尋ねてみた。

 それに対してアイシャが、

「う~んとねぇ……魔法科は魔力が無くてダメだったし、薬師科は学ぶことが多すぎて覚え切れそうになかったしぃ」

 と、一つ一つ指を折りながら答え始めた。

「調教科は可愛い動物もいるけど可愛くないのもいるし、モンスターはちょっとぉ……だったのと、詩人科は詩を考える才能がなくて諦めたの」

 詩人科か詩人クラスを狙っていたらしく、その表情はどこか悔しそうだ。

「で、戦士科は学ぶ武器が多くて大変そうだったのと、シーフ科と踊り子科は父様が絶対に駄目って言うから選択肢にはなくて……」

 以上の理由から希望の科目を剣士科にして試験を受けたところ、能力テストでも剣士が一番適しているという評価が出たので、剣士科で入学することになったと言う。

 親からNGを出されていた話を聞いて、ウルズは親の金で通う以上希望通りにいかない場合もあるのだろうと同情する一方で、自腹で学校に通っているにも関わらず戦士科にも戦士クラスにもなれなかった自分からすれば、羨ましい話だ––––とも思った。



 ザッカリー討伐後は、他のモンスターに出会うこともアイシャが転ぶこともなく、2人は無事に下山して町に出た。

 サンプは大きな町で、町の端から端までかなりの距離がある。その為、サンプのみを行き来する馬車が頻繁に道路を走っていた。

 そうやって沢山の馬車が行き来する大通りを歩いていると、

「着いたら教えてくれるって言ったのに……」

 後ろを歩いていたアイシャが、通学路で交わした約束について触れてきた。

「あー」

 そう言われて思い出したウルズ。クルリと後ろを振り返って、

「せやな、転けずに山下りたんやからな」

 と言うと、アイシャは大きく頷いてワクワクした青い目を向けた。

 ウルズは、

「グサーッと剣を刺してやな、電撃系の魔法を使って、剣からビリビリ~って電気を流したんや」

 と、身振り手振りでザッカリーを倒した時の状況を説明する。

 しかしアイシャは納得いかないようで、「何も無かったよ」と眉毛をハの字にさせた。

 アイシャが想像する魔法とは違い、ウルズが放った魔法は地味で目に見えなかった為、魔法を使ったようには見えなかったらしい。

 そう言われても、ウルズにはそれ以上の説明のしようがなく、

「そら体内で発生させたからな。俺も見てへん」

 そう言って、話を切り上げた。


「俺ここで曲がるけど、アイシャん家どこ? ここからどれくらいかかるん?」

 曲がり角を指差してウルズがそう尋ねると、アイシャは驚いて目を丸くした。

「何? まさか、自分の家どこにあるんか分からへんとか言わへんよな?」

 重ねて質問すると、「神殿の正面」という返事が返って来たので、ウルズは場所を思い浮かべて、

「少し遠いんやな……」

 と呟いたのだが、その言葉でアイシャは益々驚き、

「私の家、知らないの? スノーマンだよ?」

 不思議そうに訪ねた。

 そう言われてウルズは考えてみたが、どうしても思い出せない。どこかで聞いた事があるような……という程度だった。


 アイシャの家が少し遠いと聞いたウルズは、スッと手を上げて馬車を呼び止めて、御者がドアを開けるのを横目で見ながら、

「乗って」

 とアイシャに乗車を促した。それから御者に行き先を伝え、財布を鞄から出す。後払いの料金を先に支払おうとしているのは、箱入り娘感満載のアイシャが、料金を支払わずに降りてしまうかもと危ぶんだからだ。

「必ず、無事にお送り致します」

 御者は緊張した面持ちでウルズにそう伝えると、アイシャの為に開けたドアを閉めて、御者席へと移動した。見てみれば、手綱を持つその手が微かに震えている。

「彼女を送り届けたら、ここに戻って来てくれませんか?」

 予約が出来る馬車だったので予約をしてみたところ、御者は即答で応じてくれた。

 しかしその顔は青白く強張ったままで、

(大丈夫やろか?)

 ウルズは不安の眼差しで、走り出した馬車を見送った。



 家に帰るとウルズは急いで準備をすませ、しっかりと戸締まりをしてから大通りに戻った。

 先ほどの御者の様子から大丈夫かと心配したが、無事にアイシャを送り届けたらしく、別れた場所で先ほどの馬車が待っていた。御者の顔色も今は悪くない。

 その様子に安心したウルズは、御者に4箇所の行き先を伝えてから馬車に乗り込んだ。


 まずは鍛冶屋。ウルズの剣に古代文字を彫ってくれる唯一の店で、行ってみれば今日も鍛冶屋の主は汗を流しながら働いていた。

 この店主は大の世話好きで、一人暮らしのウルズをいつも気にかけてくれている。

 ウルズも用がなくても顔を出す程度にこの店主を気に入っており、2人は親しくしていた。

 何も言わずに何日も顔を出さなければ、ここの店主は酷く心配するだろう。ウルズはそう考えて立ち寄ったのだ。

 そして髭面の店主に「暫く顔を出せない」と依頼について説明すると、仕事もハートも熱い店主は声を大にして「頑張って来い!」と激励し、ウルズを気持ち良く送り出してくれた。


 そうやって次に向かったのは、鍛冶屋から少し離れた場所にある食堂屋だった。

 そこはウルズのバイト先で、娘に物凄く甘い店主が店を切り盛りしている。

 その娘もシティン国立冒険者学校に通っており、ウルズを雇ってくれた理由も「娘と同級生だから」。

 ウルズはそんな店主に事情を説明して、依頼の間の休みを貰った。


 ウルズは食堂屋を出て馬車に乗り込むと、次の行き先である酒場ジェシカに向かうよう御者に頼む。

 セリョ・ル・シード神殿のそばにあるその酒場もウルズのバイト先で、元傭兵の店主が経営している。

 店主は客と一緒になって飲み明かすタイプの人間なので、この時間帯は決まって眠っている。

 少々礼儀に欠くが、あの店主なら分かってくれるだろうと、経緯と休暇を願う手紙を書いてドアに挟んだ。

 そうして一通りの挨拶を済ませたウルズは、待ち合わせ場所のセルシオへと馬車で向かった。

 酒場ジェシカは神殿のそばにあるので、すぐにセルシオに到着する。

 ウルズは料金を支払って馬車を降りた後、外から店の中を覗いた。しかし、アイシャの姿は見当たらず、

(アイシャの家近いし、もう来てると思ったんやけどな)

 女の子だから準備に時間が掛かっているのだろうかと、ウルズはアイシャが来ても分かりやすいように、店の前で待つことにした。


 そして待つ事数十分。

 ウルズは、寒空の下で居心地の悪い思いをしなから立っていた。

 容姿が良い分余計に目立つのだろう、セルシオの前から全く離れないウルズに、今までに感じた事のない視線が注がれる。

 今は何時かとガラス越しに店内の時計を見てみれば、店員達がウルズをチラチラ見ながら話をしているのが目に入った。

 待ちぼうけを喰らっている惨めな男、といったところだろうか。セルシオは観光客やカップルといった複数人による利用が殆どなので、一人で立ち続けているウルズは明らかに浮いていた。

 誰もが知っている店だからこの店を待ち合わせ場所に選んだのだが、こんな事になろうとは……。

(頼むから早よ来てくれ)

 ウルズはあまりの居心地の悪さに、祈るような気持ちでアイシャを待った。



続く。

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