第11話 ウルズ×ハラハラとワクワクとドッキリ
行く先にある盛り上がりの輪郭を捉えた途端に、ウルズの頭の中にとあるモンスターの名前が浮かんだ。
(ザッカリーや)
ザッカリーというのは、大きな口を持つ大型のトカゲ型モンスターで顎の力が強く、毒の息を吐く。
保護色で周りの色と同化すると見分けが付きにくくなり、その状態で戦われると非常に厄介な相手なのだが、大人しく横たわっている時は眠っている場合が殆どなので、触りさえしなければ安全に通り過ぎることが出来る。
しかし––––
避ければ何の問題もないそれを、事もあろうかアイシャは蹴ってしまったのだ。
「どアホぉ!!」
思わず叫ぶウルズ。
蹴られたザッカリーは当然目を覚まし、体の色を本来の色に戻しながら、体を捻って周囲を見渡した。
そして、間近くに立っているアイシャを確認するやいなや、口を開けて飛びかかったのである。
やられた!
目を背けたくなる光景を想像して、思わず横を向く。
しかしだ、ウルズの予想に反してアイシャは、ヒラリと身軽に躱したのである。
しかも、躓いたり転んだりしていた人間の動きとは思えない身のこなし方で、次の攻撃も、その次の攻撃もヒョイヒョイと避けていく。
しかし、避けているだけでは拉致があかない。それにザッカリーは、いつかは毒の息で攻撃を仕掛けてくるだろう。広範囲に広がる毒はさすがに避けようはなく––––。そうなる前に……とウルズは叫んだ。
「よけれるんやったらそのまま逃げ!」
そう指示を出すと、アイシャはそれに従って通学路を下りて行った。
もう戦闘は避けられない。ウルズは、目の前のモンスターと戦う事にした。
ザッカリーも新たな敵、ウルズへと頭を向ける。
心地良い睡眠の邪魔をされて相当に頭に来ているのが、ザッカリーの全身の動きからヒシヒシと伝わって来た。
怒り心頭に発しているザッカリーにはウルズを逃す気は無く、こうなってしまった以上ウルズもザッカリーを倒す他ない。ウルズは、勝つ為の作戦を立て始めた。
ザッカリーの表皮は厚くて固い。ウルズの力と細身の片刃剣で2回や3回斬りつけても大したダメージにはならないだろう。
その上ザッカリーは相当苛立っているので、すぐに毒の攻撃を仕掛けて来てもおかしくはない。
ウルズは、
(ここは手短に仕留めるしかないな)
そう判断して倒し方を頭の中でシミュレーションすると、それを試してみる事にした。
依頼の箱が入った鞄を道の脇に置いて、スラリと剣を抜く。
先に動いたのはザッカリーで、ジャンプで体当たりを仕掛けて来た。
ウルズはそれを横に避けて、素早くザッカリーに身体を向ける。
ザッカリーとの距離は、2歩有るか無いかの近さだ。
そして、ザッカリーがのそっと肢体を起こしたタイミングでウルズは大きく踏み込み、力一杯に剣を突き立てた。
普段の生活で体験することのない感覚が、両手にズッシリと伝わってくる。ザッカリーの表皮と筋肉の固さが伺えた。
案の定深く刺す事は出来なかったが、簡単に外れない程度には突き刺すことが出来た。
ウルズは剣から手を離すと、予め使おうと決めていた魔法を想像しながら早口で呪文を唱えた。
外目には分からないが、剣から高圧の電流が発生し、次から次へとザッカリーの体内に流れ込んでいく。それらは血液のように体中を走り、遂には心臓を直撃した。
こうなっては一溜まりも無い。ザッカリーは小刻みに身体を震わせた後、口から泡を吹いて斜面をゴロゴロ転がり落ちて行った。
ウルズはその後を追いかけて斜面の途中で落ちていた自分の剣を拾うと、汚れを拭いてから鞘に収め、鞄の元へと戻り始った。
剣のみで倒せなかったのは残念だったが、計算通りに事が運んだのは素直に嬉しい。ウルズの口角が自ずと上がる。
だが、離れた場所で見守っていたアイシャは違うようで、何やら浮かない様子。なので鞄を肩に掛けてから彼女の元に行った時に、
「なんやねん、俺が勝ったんが嫌なんか?」
と尋ねてみたところ、
「魔法じゃなかった……」
アイシャからそう返事があった。
どうやら魔法科のウルズの戦闘に、派手な魔法を期待していたらしい。
ガッカリしているアイシャに魔法は使ったと教えると、彼女は確認出来なかったと酷く残念がった。
流れで共に下山を始めた2人だったが、ウルズが歩くスピードを緩めても、彼が少し前を歩く形になった。
相変わらずゆっくり歩くアイシャに我慢し切れなくなったウルズが、
「なぁ、なんでそんなに歩くん遅いん?」
足を止めて振り返る。
その時だ。
「!!」
ウルズの鳩尾に、衝撃が走った。アイシャの頭が突っ込んで来たのである。
アイシャがまた躓いたようで、振り返ったウルズを直撃してしまったのだ。
モンスターに快勝したウルズだったが、このまさかの不意打ちには膝を折ってしまい、一通り咳き込んだ後、
「何さらすんや!」
と、鳩尾を押さえながら強く抗議した。
そんなウルズに、
「ごめんなさぁい」
アイシャがしゃがんで申し訳なさそうに謝る。
しかし、その程度でウルズの苛立ちが収まるわけもなく、
「だいたい、あんなに敵の攻撃避けれるのになんで転けんねん!」
と、立て続けに怒った。
「分かんない……。どんな魔法だったのかなーとか色々考えてたら、躓いちゃった」
「なら考えんな!」
「だって気になるもん」
少し拗ねたような口調でアイシャが呟く。
ウルズはその様子に小さくため息を吐き、
「そんなに知りたいんか?」
そう聞くと、アイシャは大きく頷いた。
「分かった。じゃあ、転けずに俺の後をしっかりついて来たら、町に着いた時にでも教えたる」
ウルズはそう言うと立ち上がり、服に着いた土を払った。
アイシャも嬉しそうに頷いてからスクッと立ち上がり、
「頑張ってついてく!」
と、両手を握りしめて意気込む。
そのアイシャの瞳は期待でキラキラと輝いているが、ウルズの心はどんよりと暗く、
(ただのお使いで良かったかも……)
ため息を吐いた後に見上げた空は、彼の心とは真逆の、澄み渡った青い空だった。
続く。
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