第9話 ウルズ×校長の……
校長室に辿り着いたウルズが、扉を軽くノックする。
すると「入りなさい」という男性の声が返って来た。
恐らく校長だろう。そう思いながら、
「失礼します」
と扉を開くと、校長とおぼしき黒髪の男性と赤毛の女子生徒が、ソファーに腰をかけてウルズを見ていた。
とりあえず依頼紙と生徒手帳を見せようと、ウルズが校長の元へと向かう。
しかし、
「!」
ウルズは、そこである事に気が付いた。
(確か校長は70歳ぐらいやったはず。やのになんで校長の頭、こんなに髪の毛フサフサなん?)
校長を近くで見たのは今日が初めてで知らなかったのだが、校長の髪の毛が70歳前後にしてはあまりにも若々しいのだ。
魔法でもかかっているのか?と問いたくなるような髪質と毛量で、ウルズの思考は一瞬にして校長に支配された。
(ひょっとしてズラか? ズラなんか? いや、ズラやろう)
校長と歳が変わらないミオンの禿げた頭を思い出す。そうすると、校長の頭が益々カツラにしか見えなくなり、ウルズの中で一度カツラであると断定される。
だが、髪質や生え方が自然で、なんだかスッキリしない。
その疑念が眉間のシワとして現れそうになった時、
(あぁ、自己紹介しやな)
ソファーから立ち上がった校長と目が合って、ウルズは我に返った。
そして、
「ズ……い、いや、魔法科詩人クラス1年、ウルズ・ホガッタ。依頼紙指名により参りました」
「ズラですか?」と、校長の頭について触れそうになるのをなんとか堪えて、自己紹介を済ませる。
そうやって差し出された依頼紙と生徒手帳を受け取り校長は、アイシャの時と同様に確認する。
校長の方が背が低いので、俯けば頭頂部が丸見えだ。ウルズはそれを良い事に、校長の髪の毛を真剣に観察し始めた。
しっかり見てもカツラには見えないが、70歳近くで20代に見られるような髪質と毛量はやはり不自然である。校長が実年齢より若く見えるとしても、さすがに20代30代は無理があった。
そうやってなんとか見極めようと灰色がかった青い目を凝らすも、
「はい。では君も座って下さい」
校長が顔を上げて生徒手帳を返してきたものだから、観察を中断するしかない。
(チッ、ここまでか)
ウルズは生徒手帳をポケットに仕舞い、勧められたソファーに腰をかけた。
隣には今回の依頼の仲間である女子生徒が座っていて、「はじめまして」と挨拶すると、相手も同じように「はじめまして」と笑顔で返して来た。
その女子生徒は、パッチリした青い瞳に長い赤髪の、いわゆる『可愛い女の子』だった。その上スタイルも良い。
(これは……。あいつら知ったら、絶対に会わせろって言うやろな……)
クラスメイト達の顔を思い出す。『可愛い子だったら紹介しろ』そう言って見せたあの目付きは、半分以上本気だ。
「ホガッタ君、彼女は剣士科シーフクラス1年のアイシャ・スノーマンさん。スノーマンさん、聞いていたと思いますが、彼は魔法科詩人クラス1年のウルズ・ホガッタ君。2人は今回の依頼のパートナーです」
カツラ疑惑が解けない校長が、改めて2人を紹介する。
そのせいで、校長の頭から離れたウルズの視線が引き戻されてしまった。
(あ、あかん……)
ジロジロ見てはいけないと分かっていても、どうしても止められない。
あの頭には不思議な力がある––––。ウルズがそうやって葛藤に苦しんでいる中、
「今回あなた方にやって頂きたい仕事ですが……」
校長はソファーから立ち上がり、フサフサの黒髪を軽やかに揺らしながら、校長の机へと移動した。
そして、机の横に置いてある袋の中から1つの荷物を取り出して戻って来ると、
「これをアポロの貴族街に住む、マリー・ユークリッドと言う人物に届けて欲しいのです。コレが町に入ってからの地図です」
校長は、2人に今回の依頼内容を説明し、荷物の箱をウルズに、その届け先までの簡単な地図をアイシャに渡した。
箱は縦横20cmぐらいのサイズで包装されており、重くはない。この箱が移動の邪魔になることは無さそうだが、それよりも––––
(なーんや、ただ荷物を届けるだけなんか。たしかに、大した依頼やないやろうとは思うてたけど……)
1年の初めての依頼である以上、大きな依頼内容で無いことはウルズも予想していた。それでも少しは冒険らしい依頼であることを期待していたので、言い渡された内容に落胆する。
みるみる気持ちが凋んでいくのを自分でも感じて、
(いや、途中で何起こるか分からん。それが冒険や)
ウルズは自分にそう言い聞かせて、モチベーションが下がるのを食い止めた。
「報告は、1週間後の19時までに済ませて下さい。最近はあちこちで山賊が出没していると聞いていますので、用心を怠らず注意して行って下さいね。あー……準備もしっかり、いいですね? 兎に角安全第一、馬車を使っても良いので、安全に依頼をこなして下さい。当然、危険な事は避けて下さいね、分かりましたか?」
矢継ぎ早に言葉を並べる校長。
規則では原則徒歩となっているの筈なのだが、馬車での移動を勧めている。
一番多いのは、アイシャに対する「本当に断っても良いのですよ?」という言葉で、ついには、
「報告なんて遅れても全然構いませんから、無理をせずに無事に帰って来て下さい。本当に……あぁ……」
と、成績に関わる大事な報告を、『なんて』扱いし始めた。
そんな校長を生徒であるアイシャが、「大丈夫ですから」を連呼して安心させようとしている。
ウルズがそのやり取りを不思議そうに眺めていると、
「くれぐれも危険の無い様に! お願いしますよ!」
校長がいきなり身体の向きを変えて、ウルズに詰め寄ってきた。
間にテーブルが無ければ、くっ付かれていたに違いない。そう思わせる程にオーラを迸らせて懇願する校長を、今度はウルズが「分かりましたから」を連呼して宥める。
途切れない校長の念押しにいい加減ウンザリしてきたウルズ。今ではカツラ疑惑などすっかり忘れて、切り上げるタイミングをはかっている。
そして、校長の次の言葉が出るよりも先に勢い良く立ち上がり、
「依頼に行ってきます!」
と力強く告げると、アイシャも取り残されまいと急いで立ち上がり2人で頭を下げて、逃げるようにして退室したのであった。
続く。
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