第7話 アイシャ×校長
授業が始まるにはまだ早いこの時間、登校して教室に向かう者もいれば、自主訓練のためにトレーニングルームへと入っていく生徒もいる。
4つの校舎に囲まれた中庭では、朝の日差しを浴びながら友人と話をしている生徒達の姿がちらほら見かけられた。
校長室のある本館は、剣士科校舎の北出口の右斜め前にある。
アイシャは本館に入り校長室の前まで行くと、髪の乱れを整えてから扉をノックし、
「どうぞ」
おそらく校長だろう男性の声が返って来てから扉を開いた。
「失礼します。剣士科シーフクラス1年、アイシャ・スノーマンです。依頼紙を見て参りました」
そう挨拶をすると、ソファーに腰を掛けていた校長が立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべてアイシャを迎えた。
校長は現在68歳。歳の割に若く見え、黒髪がふさふさしている。小太りの、人当たりの良さそうな人物だ。
アイシャは校長の前に移動してから依頼紙と生徒手帳を差し出し、校長はそれらを受け取って確認し終えると、生徒手帳だけをアイシャに返した。
アイシャはそれをポケットに収めて顔を上げるなり、
「今回の依頼内容についてですが」
と、早速依頼について尋ねた。逸る気持ちを抑えられない程アイシャはワクワクしているのだが、
「依頼……ですか……」
校長の反応がとても鈍い。歯切れが悪い上に、
「依頼は断っても良いのですよ?」
”不安”の2文字が浮かんで来そうな顔つきで、そう提案して来た。
それに対してアイシャは首を横に振り、
「大丈夫です。頑張ります!」
表情を引き締めてやる気を示したのだが、校長から返ってくる言葉は、
「依頼は受けなくても……」
といった消極的なものばかり。どうやら彼は、アイシャを依頼に派遣したくないようだ。
しかしそれも無理のない話である。というのもアイシャの父ラディー・スノーマンは、サンプの管理主だけでなく、このシティン国立冒険者学校を管理している皇太子カイン・ゴードネスの補佐的な役割を担い、冒険者学校の運営にも関与している人物だからだ。
アイシャの粘り強い説得により彼女はこうして学校に通えているが、ラディーは元々アイシャの入学を快く思っていなかった。その事もあり校長は、依頼にアイシャを行かせたくないのだ。
校長のこの様子では、出席日数さえ足りていれば成績がどうであれ卒業可––––とまで考えていそうだ。
アイシャは、
「特別にして貰う必要はありません。それよりも依頼内容を教えて頂けませんか?」
依頼を免除して貰う必要は無いと、ハッキリと告げた。
その様子に校長は諦めたのか、物言いたげな目をそっと伏せて、
「依頼内容については、もう1人の生徒が到着してから話しましょう。それまではそこにかけて待っていて下さい」
不安顔のまま、3人掛けのソファーを薦めた。
アイシャは校長のその言葉に、
「分かりました。ありがとうございます」
と了承して、後ろに下がってから黒い革張りのソファーに腰をかけた。
(誰が来るのかなぁ……)
校長の話からすると、今回の依頼は2人で行うようだ。そして、自分のクラスの女子生徒ではない。
アイシャは以前、メンバーの組み合わせは余程重要な依頼でない限りくじ引きだという噂を耳にして、担任にこっそりと聞いたことがあるのだが、否定も肯定もされなかった。だが、アイシャがこのように選ばれたという事は、その可能性は0ではないようだ。
(優秀な人だといいなぁ……)
これから来るパートナーが男なのか女なのかすら分からない状態なのに、アイシャは目を付けている生徒達を思い浮かべた。アイシャ好みの男性を––––ではなく、このサンプもしくはシティン国の力となりそうな優秀な人物をだ。その点は、管理主の娘らしい思考と言えた。
知らず知らずの内にその人物が入ってくるだろう扉を、期待を込めた眼差しで凝視する。
余程見つめていたのだろう、
「パートナーの事が気になりますか?」
と、校長に問いかけられた。
それに対してアイシャが、
「はい……、まぁ少し」
と返事をすれば、
「良いパートナーだと良いですね。緊張は? していますか?」
そう校長は話を続けた。
アイシャは笑顔で首を横に振って、
「いえ、そんな事はありません。楽しみにしています!」
と、ブルーアイを輝かせる。この学校に通わなければ一生出来ない経験なので、その言葉に嘘偽りはなかった。
彼女の素直な感想に、校長が少し頬を緩める。そして、何かを言おうと口を開いたその時に、扉をノックする音が割り込んできた。
校長はアイシャと同時に扉に目を向けて、
「入りなさい」
扉の向こうの人物へと声をかける。
すると、
「失礼します」
高くも低くくもない若い声が返ってきた。パートナーは男子生徒だったようだ。
どんな生徒が入ってくるのだろう?
アイシャは好奇心いっぱいの瞳で、扉が開かれるのを待った。
続く。
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