第5話ウルズ×ピンクの紙
ウルズが勢いよくロッカールームのドアを開けると、
「あ、来た来た」
「おはよう。パロに聞いたか?」
掲示板の前に集まっていたクラスメイトの3人が振り向き、ウルズにそれぞれ声をかけて来た。
ウルズは軽く頷くだけにして、大股で掲示板に近付く。
掲示板には予定や連絡事項が書かれた紙の他に、ピンク色の紙が張られていた。
そのピンク色の紙は『依頼紙』と呼ばれるもので、これに名前を書かれた者は校長室へ行き、そこで仕事を言い渡される手筈となっている。
依頼内容は様々。とはいえウルズはまだ入学したての一年生なので、大した依頼内容ではないだろう。兎に角依頼は、冒険者を目指している生徒ならテンションの上がる実地訓練だった。
紙を摘み、ピンから千切り取る。
その紙にはしっかり、
『魔法科詩人クラス 一年
ウルズ・ホガッタ』
と、ウルズの名前が記されており、
「よしっ!」
と、左の拳を握る。
戦士科としての参加でないのは残念ではあるが、目標であるアークに笑われないよう頑張ろうと意気込む。
ウルズは基本的に冷静な性格であるが、幼い頃からの夢が絡むと、少々熱くなる節があった。
それから戦士といえば、一緒に戦士を目指している従姉妹のライドから、もうすぐ冒険者テストを受けるという知らせがあった。
ライドは女の子なのだが、幼い頃のアークの面影がある上に背が高い事もあり、『アークの生き写し』や『プチアーク』と言われることがある。しかも能力もアーク譲りで、戦士の素質があった。
それは共に稽古をしてきたウルズが一番知っているので、ライドの合格を確信している。
ライドが自分達の夢に向けて、大きな一歩を踏み出したのだ。自分も頑張らなくては––––。
茶目茶髪の相棒を思い出し、ウルズがそう気を引き締めていると、
「2人以上で行動だろ? あとは誰だろうな」
ミオンと共にロッカールームに戻って来たパロが、ウルズの依頼紙を覗き込んで言った。
「あれ? 他誰も貰ってへんの?」
「このクラスではお前だけだぞ」
「ほな、他のクラスか違う学年か……」
「他の科の子も有り得るな」
ウルズの後にそう続けたのは、口髭を生やした中年男性のロッヂだった。
「可愛い子だといいな。あ、そうだ、ロッヂさん、女の子だったら紹介してもらったらどうです?」
パロが年上のロッヂに向かって冗談を言い、そばで聞いていたミントがすかさず、
「だ~めだめだめ~」
と、歌う様な口調で否定した。
ミントはウルズより5歳年上なのだが、童顔のせいでウルズと同い年に見える。低い背丈がその一端を担い、一見可愛らしい男の子といった風貌だ。
しかもミントにはその自覚があるらしく、低い身長を含めて自分の容姿を武器にしている節があった。
「女の子は好みにうるさいから、イマイチ冴えないおじさんのロッヂを選ぶぐらいなら、ウルズを選ぶだろうね。そう思わない? ほら、カミューだって頷いてる」
ミントは、可愛い顔に似合わずずけずけと物を言う。それ以上に愛敬のある性格だから嫌われずに済んでいるが、愛嬌がなければただの嫌な奴だ。
そしてそのミントに聞かれてつい頷いてしまったのが、黒髪のカミューだった。
タレ目が特徴の彼は、憧れのヤン・クエイントを真似て髪を腰まで伸ばし、金髪を黒く染めている。
しかし髪を降ろしっぱなしというのは何かと邪魔なようで、後ろ髪を1つに束ねていた。
ヤンに憧れてそのような事をしているのは、カミューに限っての話ではない。
ウルズのクラスではカミューしかいないが、魔法科では古代魔法復活という偉業を成し遂げたヤンを尊敬し、憧れを抱く者が数多く居る。そして憧れからあやかりたくなり、若かりしヤンのように髪の毛を伸ばしたり、ヤンの杖のレプリカや似た形の杖を購入したりするのだ。
その内の1人であるカミューは、自慢げに腕を組んで、
「でもまぁ、一番可愛いのはシアだけどねぇ」
と、一人の女の子の名前を挙げてはウンウンと頷いて、長い黒髪をサラサラ動かした。
そして全員が、『はいはい』と受け流す。
カミューは普段から、自分は貴族で伯爵家とは親しい間柄であると公言し、更には実在する伯爵家の令嬢を「シア」と愛称で呼んで、妹のような存在であると主張する癖があった。
伯爵令嬢の方は「お兄さん」と呼んでカミューを慕っているらしいのだが、彼女がカミューに会いに来たことがない上に、クラスに連れて来いと言っても断るばかりで、証拠となる物を全く提示してこない。
証拠はない、ヤンのコスプレをしてヤンのグッズを集めている、貴族と言うわりに学生寮に住んでいる––––。そんな男が、「実は自分は貴族で、伯爵令嬢と親しくしている」と言ったところで、誰が信じるだろうか。
『カミューは妄想が激しい奴』
それがカミューに対するクラスメイト達の認識だった。
わいわいと話をしているクラスメイト達を背に、ウルズは自分のロッカーに荷物を中に入れて、校長室に向かう準備をする。
そんなウルズにクラスメイトの全員が、
『ま、帰って来たら女の子に会わせてくれ』
と、声をハモらせて頼んだ。一緒に行くメンバーが男子生徒の可能性を排除している模様。
「全員希望者かよ」
ウルズが準備の手を止めてそうつっこめば、笑い声が返ってきた。
「じゃ、頑張れよ。可愛い子だと良いな」
「可愛い子だったら絶対に紹介しろよ」
「別に依頼メンバーの子でなくても良いから、教室に可愛い子を連れてこい」
と、やたらと『可愛い子』を連発しながら、ウルズの頭や背中を軽く叩いたり、括ってある後ろ髪を掴んだりして部屋から出て行った。
「……ったく」
ドアが閉まり、段々と話し声が遠ざかっていく。ロッカールームがあっと言う間に静かになった。
(ま、邪魔にならんかったら、どんな人でもええんやけどな)
それは自分にも言えることだった。
足を引っ張るようなことはだけは絶対にしたくない––––。
ウルズは、乱された髪の毛を手早く整えてからロッカーに鍵をかけ、校長室や職員室等がある本館へと向かって歩き始めた。
校舎の外壁に備え付けてある時計を見てみると、針は8時10分を指していた。
(ひょっとしたら今回の依頼仲間、もう校長室に行ってるかも知れへんな)
ウルズのクラスメイト達は全員寮住まいの為、登校するのが早い。もし相手も寮住まいなら、もう校長室にいるかもしれない。
(……走るか)
ウルズは、校長室に向かって軽やかに走り出した。
続く。
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