第3話 ウルズ×シティン国立冒険者学校

 冬の間雪に覆われるチュード大陸。シティンはそのチュード大陸の中央に位置し、人々が外で活動し始めるのと同時に、船の行き来が激しくなる大国だった。

 そんなシティンの北側の国境沿いにはサンプと呼ばれる元首都の街があり、サンプは世界最古で最大と称される神殿の他、シティン国立冒険者学校という学校を有している。

 シティン国立冒険者学校は、姉妹国エイディナの協力を得て設立されたもので、山の中に建っている。沢山の建物を建てる広い敷地が必要だったのと、非常時の際に一般人を巻き込まないようにと配慮してのことだ。

 その為麓から通う生徒達には、少々きつい通学路となっていた。


 その学校へと続く朝の通学路では、談笑しながら坂道を登る生徒達や休憩を挟みながら登って行く生徒達の姿があり、あちこちから話し声や笑い声が聞こえて来る。制服の着用は常に––––という校則はなく、私服姿の生徒の方が多く見かけられた。


 そんな中、他の生徒達を追い越して駆け抜ける、一人の男子生徒がいた。

 灰色がかった青い瞳に少し伸ばした金色の髪。その後ろ髪はゴムで1つに束ねられ、前髪や後ろ髪の一部が汗で肌に張り付いている。目は成長と共に幼さが抜けて、今では格好良さが前面に出ている。元々人を惹きつける容姿だったが、益々磨きがかかっていた。

 そう、この男子生徒こそ、ホガッタ家の悪ガキ、ウルズ・ホガッタだ。

 祖父のアークに似たのか、15歳にして180cmに届こうとしている長身で、大人びた顔つきが実年齢より2歳ほど年上に見せる。

 細かった手足には、努力の結晶である筋肉が程良く付いていて、腰に提げている細身のロングソードが、走りに合わせて揺れていた。

 そんなウルズ、入学してから2ヶ月間体力作りにと走って通学しているのだが、学校まで走り切ったことが未だにない。今日も完走は無理なようで、限界を迎えた足を止めた。

 走って登り切る生徒も居ると耳にした事があるので、無理な話ではないはずだ。いつか自分も––––ウルズは、ハァハァと肩で息をしながらそう思った。

 走って来た道を振り返って見てみる。

 木の葉色に彩られた景色キャンパスに坂道を表す茶色の線。その一本の茶色の線がクネクネと畝って幾つものカーブを描いている。

 登り切れていないとは言え、ここまで走ってきた自分を褒めたくなる光景だった。


 さて、ウルズが通うことになったシティン国立冒険者学校は、その名の通り冒険者を育成する為に創られた学校で、卒業の際には卒業証書ではなく冒険者の証である『冒険者カード』が授与される。

 エイディナ国のエイデンにある『冒険者施設』なら、試験にさえ合格すればすぐに冒険者カードが貰えるのだが、ここは学校なので数年掛かる。それでもこの学校に学びに来る生徒が途絶えないのは、様々な利点があるからだ。

 その内の一つとして、“専門的な知識や技術を得られる”が挙げられる。

 特にモンスターや獣を扱う調教師や想像と古代語をフル活用する古代魔法は、独学で体得するのが非常に難しい。それらを体得したい者達にとって冒険者学校は、とても有難い存在だった。

 勿論、誰でも入学出来るわけではない。冒険者学校にも入学試験があり、受験者は冒険者に適しているのか、そしてどの職業に適しているのかの能力テストを受ける事となっている。

 そして育成を目的としたこの学校では、個人の希望より才能を伸ばすことを優先しており、入学試験で一番適していると診断された職業が主専攻科目となる。

 そうなると当然、

「俺、戦士科に行きたかったのに……」

 といった不満の声が上がる。

 これは希望の戦士科ではなく、魔法科に振り分けられてしまったウルズの声なのだが、この手の不満は彼に限った話ではない。

 このような個人の希望については、『◯◯兼戦士』といった形で、副専攻にて自分の希望も叶えられるようになっていた。

 また、希望する職業が主専攻に割り振られ、他に希望する職業が無い場合は、次に向いている職業が副専攻に当てられる。

 言い表し方は、主専攻が戦士で副専攻が薬師の場合、『戦士科薬師クラス』といった具合である。

 ちなみにウルズは、『魔法科詩人クラス』。自分の希望は全く通らなかった。


 では何故、ウルズは戦士クラスにも入れなかったのか––––。

 それは、魔力を持つ人間は体力と力が乏しく、戦士や剣士になるには致命的に不向きな体質だからである。

 魔法科には戦士クラスや剣士クラスは存在していないし、その逆も存在していない。現に魔法科で剣を扱えるのはウルズのみで、学校はイレギュラーのウルズに対応しきれなかったようだ。

 思い返せば、ウルズも小さい頃は非力で体力がなく、『魔力症候群』と呼ばれる、魔力持ちの人間が必ず体験する、病気の様な症状を繰り返していた。そう、例の原因不明の高熱である。

 魔力症候群は幼い頃に発症するものなので、魔法を使っていた祖母のセシルも幼い頃に罹っていたはずだが、彼女は仲間のヤン・クエイントに指摘されるまで魔力持ちの人間だと気付いていなかったので、魔力保有者の特徴を全く知らなかったと思われる。もし知っていたのなら、ウルズが倒れた時に家族に教えていただろう。

 そもそも魔力持ちの人間は少なく、自ら情報を集めないと耳にする機会がない。ウルズも冒険者学校で初めて知ったぐらいだった。

 自分に魔力があるなど露ほども思わなかったウルズは、英雄の祖父のような強い戦士を目指して、幼い頃から訓練に励んでいた。

 ノースから離れた後はライドとの約束を果たそうと、益々訓練に力を入れたものである。

 今ではその努力が実り、大剣……とまではいかないが、魔力持ちには無理と言われている武器を操れるようになっている。

 能力テストで魔法使いの方が向いていると評価されたウルズだったが、彼の目標は変わらない。こうやって通学路を走って体力作りをしているのも、戦士としてライドと冒険をする為だった。


 ウルズを含め徒歩で登校する生徒が多い中、馬車で登校している生徒もいた。

 少人数だが学校には貴族も通っており、馬車で登校している生徒がそうなのだろうと、多くの生徒達は思っていた。

 そして、いつもこの時間に通る馬車があり、

(そろそろやな)

と、ウルズは思う。

 もうすぐ来るだろう馬車は、施された装飾だけでなく馬車を引く馬も素晴らしく、商家生まれのウルズはつい値踏みしてしまうのだ。


 ガラガラガラ……


 車輪の音を立てながら、後方から近づいて来る馬車がある。

 貴族が乗っているのだろうその馬車は、道の脇に咲いている花を揺らして、ウルズの横を通り過ぎて行った。

(またすぐに戻ってくるやろ)

 あの馬車は、毎日正確に行き来する。時計を持っていないので測った事は無いが、体感でそれは分かっていた。

 そしてウルズの予想通りに馬車はすぐに降りて来て、再びウルズの横を通過して行った。

 特に何がというわけではないが、何気なく目で馬車を追う。その後は、前日に習った魔法語を頭の中で復唱しながら、坂を登った。



 校舎は科ごとに別れて全部で8棟あり、他には科に適したトレーニングルームが3ヶ所と校長や教師達が使う本館、それから学生寮の計14ヶ所の建物があり、中庭やグラウンド、薬師科の薬草を栽培している花壇などがある。

 学生寮は毎月家賃を払えば誰でも入居可能であるが、ウルズは現在一軒家で一人暮らしをしている。学生寮に入らないのは、家賃と自分のライフスタイルを考えてのことだった。

 校門をくぐった生徒達が、専攻している科の校舎に入って行く。

 魔法科の校舎は、校門を通ってすぐ右側にある薬師科の校舎の裏にあるので、ウルズは校門を抜けて薬師科の前を通ると、身体を右に向けて脇道に入っていった。

 魔法科の生徒は少ない。そのため薬師科の校舎を過ぎると、一気に人影が減った。

 ウルズは1人で魔法科の校舎に向かい、中に入ろうとドアノブに手をかけた時、

「おはよう」

 後ろから男性の声がかかった。

 聞き覚えのある声に振り返ると、すっかり禿げ上がった頭の老人が、笑顔でこちらへと歩いて来ている。一見やり手の教師に見えるが、ウルズのクラスメイトのミオンだ。

 魔法科は特に年齢層が幅広く、見かけで判断出来ない場合がある。そしてこのミオンも、その内の1人だった。

「おはよう」

 挨拶を返してからドアを引く。年老いたクラスメイトを先に入らせ、ウルズも中に入った。

 校舎の中は静かで、ドアを閉める音が響く。生徒がいないわけではないのだが、今のところ誰も見当たらない。

 魔法にも種類があり、生徒は古代魔法、闇魔法、精霊魔法から学びたい魔法を選択する。そしてそれを元にクラス分けが行われるのだが、1学年にそれぞれ1クラスあれば良い方。教師も1クラスに1人とギリギリの人数しかおらず、時には生徒が1クラスに1人か2人しか居ない––––ということも有るぐらいだ。

 人影がなく、全く空気が温まらない廊下。

 ウルズはミオンと共に、自分達の教室のある2階へと向かった。



続く。

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